2019年11月11日

俳句日記 (543)


難解季語 (43)

目貼(めばり)

 昔の住宅は隙間だらけだった。第二次大戦の敗戦直後のバラック住宅などはひどいものだった。最近の地震、台風などに襲われた人たちの仮設住宅は昭和20年のバラックで過ごした身からすれば豪華住宅に見えるが、何くれと無く行き届いた住宅から避難して来た人たちにとってはやはりあれこれ不自由をかこつ住まいなのであろう。
 それはさておき、木造建築は建てた当座は扉や窓と柱はぴったり合わさり、ぴしゃりとしているが、年と共に材木が乾燥し、痩せて来るに連れて隙間が出来る。夏場は風通しが良くてむしろ都合が良いのだが、冬場になると隙間風が吹き込んできて大変だ。
 暖房と言っても昔は、田舎では囲炉裏、都会では炬燵に火鉢、裕福な家でストーブといったところだから、この隙間風というものが悩みの種だった。首筋や背中に隙間風が当たると、年寄りや幼い子供はたちまち風邪を引いてしまう。
 昔の家屋の大敵は「雨漏り」と「隙間風」だった。雨漏りを防ぐ為に村では屋根の修繕・葺き替えを順繰りに共同で行う「組」を作った。隙間風防ぎはそれほどの大工事にはならないので、それぞれの家が家族ぐるみで壁と柱の隙間に紙を貼り付ける「目貼」をした。東北、北陸、山陰など厳しい冬を過ごす地方では目貼は初冬の必須の作業だった。
 これに加えて、豪雪地帯では窓の外側に板を打ち付けて覆ってしまい、さらにその外側に吹雪を防ぎ止めるための柵を設けた。こうした防寒対策が施された東北北陸地方の人たちは12月から3月頃まで、暗い冬をじっと蹲って過ごした。だから、お日様が照って、雪が溶け、窓を開けることの出来る春は大いなる喜びである。「目貼剥ぐ」という春の季語には、北国の人たちの喜びがはちきれんばかりに籠もっている。
 しかし、今や日本全国住宅は完全暖房、コンクリート造とサッシ建具の普及で機密性の高い住宅になって、「目貼」の出番は全く無くなった。今日この頃、若い女性に「めばり」と聞けば、睫毛や目の回りにぎとぎとと塗りたくる墨のことかと言われてしまう。

 首の骨こつくり鳴らす目貼して    能村登四郎
 目張して空ゆく風を聞いてゐる    伊東 月草
 出稼村いよいよ無口目貼して     仲村美智子

 ひもじいよ目貼の糊を舐めてゐる   酒呑洞水牛
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2019年11月10日

俳句日記 (542)


酔吟会第143回例会は「短日」と「切干」
24名参加の大盛況

 11月9日(土)午後1時から東京・内神田の日経広告研究所会議室で第143回酔吟会が行われた。立冬の翌日、澄み切った空の気持の良い日和で、19人が出席、投句参加5名の締めて24名、投句総数120句という、酔吟会始まって以来の大盛況だった。
 酔吟会は昔ながらの句会運営方式。すなわち、参加者が会場に入ると短冊を5枚渡され、それに本日の兼題の「短日」と「切干」と当季雑詠合わせて5句を書き込み提出する。欠席投句者の句は幹事が短冊に書いて投句する。投句全てが集まると、幹事がそれを出席者の人数に合わせて振り分ける。出席者は渡された短冊をC記用紙に清書する。それが済むと、自分の句が正しくC記されているかどうかを点検するために、C記用紙を順繰りに回す「空回し」が行われる。これで準備万端整い、それぞれ自分の所に回って来るC記用紙に書かれた句の中から良いと思った句を選句用紙に書き留める「選句」作業が始まる。出席者全員の書いたC記用紙を全て見終え、句を選び終えると、いよいよ、それぞれが選んだ句を発表する句会のヤマ場「披講」になる。全員の披講が終わると、本句会の最高点以下高得点句が紹介され、「合評会」で順々に感想を述べ合う。
 日経俳句会や番町喜楽会など姉妹句会は参加者が膨らんだために投句を3句に絞り、さらに事前投句・選句表事前配布方式を取って、句会はいきなり披講で始まり、すぐに合評会に移るメール利用の現代的句会になっている。これに対して酔吟会は旧態依然方式だからかなりの時間がかかる。もともと酔吟会は10数名の句会だったからこれで良かったのだが、伝統的なのんびりした句会の良さが伝わって入会希望者が増え、徐々に人数が増えて、ついに25,6人になった。しかも投句は5句と以前のままである。否応なしに句会の時間は延びて、午後1時に始めて4時前に終わっていたものが、9日の句会は4時半になってしまった。後がつかえている人も居る。というわけで、途中退席者が続々現れることになり、句会の雰囲気が傷ついた。投句数を減らす、欠席投句は認めないことにする等、あれこれ対策を講じなければなるまいと思う。
 今回の句会で人気を集めた句は以下のとおり。
「短日」
背表紙のかすむ古書市日短か    廣田 可升 (6点)
短日や余生まことに長長し     須藤 光迷 (5点)
日みぢかもの食ふ音はわれの音   金田 青水 (3点)
昼席のはねし木戸口日短し     徳永 木葉 (3点)
短日やありふれた日のまた過ぎて  片野 涸魚 (3点)
「切干」
切干や昔の母は子沢山       今泉 而云 (4点)
切干や脇役ばかり五十年      須藤 光迷 (3点)
友が来て母の切干平らげし     向井 ゆり (3点)
「当季雑詠」
コスモスは年長組の眼の高さ    大澤 水牛 (5点)
あるだけの福を担ぎて一の酉    玉田春陽子 (5点)
流木を中洲に残し冬千曲      堤 てる夫 (5点)
独り言湯舟に浮べ冬に入る     玉田春陽子 (4点)
ああ首里城虚ろな丘の冬の月    堤 てる夫 (3点)
行く末は成り行き任せ木の葉髪   大沢 反平 (3点)
白菜や尻を洗いし孫の事      須藤 光迷 (3点)
台風禍めげぬ最上の芋煮会     岡田 鷹洋 (3点)
瓜坊の落柿あさる上州路      須藤 光迷 (3点)
 この他に水牛が感心した句は以下の4句。
檻の大鷲短日にはばたけり     星川 水兎
穭田の株から株へ黄鶺鴒      堤 てる夫
食べて寝る人の営み花八ッ手    嵐田 双歩
短日や勝鬨渡って灯の街へ     大沢 反平
 切干の句では「切干の陽の匂ひして煮上りぬ」を「出来た」と自信満々で出したのだが、零点だった。切干大好きで、しかるが故に兼題にも据えた水牛は、しょっちゅう切干を煮ている。切干の特徴と言えば、何と言ってもあの日向臭さである。切干嫌いはこの臭いが大嫌いなのだが、切干好きにはなんとも懐かしい。分かって呉れる人が居るかなあと期待していたのだが。
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2019年11月06日

俳句日記 (541)


難解季語 (42)

蚯蚓鳴く(みみずなく)

 秋の夜長、闇の底からジージーと単調で連続的な鳴声が伝わって来る。これを古人は蚯蚓の鳴声だと言った。実際は螻蛄(けら)が鳴いているのだという。しかし、ケラの鳴いている姿を見た人はそう多くないだろうし、ほんとかどうかよく分からない。蟋蟀(こおろぎ)に似た虫で前肢が大きく、モグラのように穴を掘るのが上手で、土中に棲んでいるから普段あまり人目に触れない。「蚯蚓じゃないよ螻蛄という虫が鳴いているんだよ」と言われれば、「ああそうかい」と答はするものの、それで完全に納得するわけでもない。それよりも、あの手足も目玉もなく何が面白くて生きているのか分からないミミズが鳴いているという方が面白い。そうして季語にしてしまったところが、実に傑作である。
 瀧澤馬琴編、藍亭青藍補筆の「増補改正俳諧歳時記栞草」には「三秋を兼ねる物」として「蚯蚓鳴」を載せており、「其の鳴くこと長吟、故に歌女と名づく。孟夏はじめて出、仲冬蟄結す。雨ふるときは先づ出、晴るときは夜鳴く」と解説している。これは寺島良安の「和漢三才図絵」(正徳三年・一七一三年刊行の図入り百科事典)から引いたものらしい。蚯蚓は鳴くものと一人合点して、それ故に歌女と名付けるとはこれほど強引なことはない。しかもその鳴き声たるや実に地味で、ただジージーッというばかりだから歌姫にはほど遠い。あるいはこれは哀婉たる美姫の感極まった忍び音ととったのか、つれない仕打ちを恨む溜め息と解釈したのか、とにかく江戸の文人俳人の想像は止まる所を知らない。
 ミミズという動物は全世界の土壌に棲み、何種類あるのか分からないという。環形動物門貧毛綱類に分類され、その下の「科」や「種」となると生物分類学でも正確に名付けられないものがいっぱいあって、未だに新種とされるものが続々発見されている。日本にも何百種類というミミズがいるようだが、一般に畑や森林、堆肥やゴミ溜めにいて釣り餌になるフトミミズ、シマミミズ、ドブの中などにいて金魚や熱帯魚の餌になるイトミミズなどがおなじみである。
 環形動物と言うように、身体中が沢山の輪を薄い皮膜でつないだ円筒形である。成熟したミミズには端の方に一部分太くなった「環帯」があり、環帯が付いている方の先っぽに口がある。その反対側の尻尾の先に肛門がある。円筒の中に長い腸管と血管が通っている。眼も耳も無いようだが、口の付近には視覚細胞があり、これで明暗を識別する。年中土の中にいて、一日に自分の体重ほどの土を食べ、長い身体の中を通過させながら土に含まれる有機物質や微生物を消化し栄養分を吸収、尻から粒状の糞をひり出す。この糞が植物の根を生やすのにまことに都合の良い団粒構造の土壌を作る基になる。ミミズは土を良くしてくれるというので、昔からお百姓にとっては愛すべき存在だった。同時にモグラやネズミ、小鳥やイノシシの大好物でもある。
 ミミズは雌雄同体で、環帯の前部にオスの生殖器、後部にメスのがくっついている。時至ると二匹のミミズが逆向きに寝て、自らのオスの物を相手のメスの部分に押し当て事を行う。両者同時に妊娠すると、それぞれ腹の外側に分泌液を出し袋のようなものを形成し、そこに受精卵を封入、自ら蠕動前進し、まるで運動会障害物競走の網くぐりのようにその袋から抜け出す。土中に残った袋からやがて子どもミミズがたくさん誕生する。というのだが、ミミズの愛情行動から二世誕生までを克明に観察するのも並大抵のことではあるまい。ミミズ研究家とは実に偉いものだ。
 漢方では昔からミミズを「赤龍」「地龍」と言い、乾燥したものを粉末にして煎じ、解熱剤や気管支喘息に処方した。最近の研究ではミミズには血栓を溶かす酵素が含まれていることが分かり、健康食品として売られるようになった。さらに研究が進んで、確実な効果をもたらす成分が抽出されるようになると医薬品として登場するかも知れない。
 とにかくミミズは大昔から人々の目に触れてきたのに、まだよく分かっていないところが多い生物である。
 たとえば、夏の暑い盛りに路上に無数のミミズが干からびて死んでいるのを見ることがある。まさに蚯蚓の集団自殺現場である。何故こんな具合になるのか。どうもよく分からない。「干からびて蚯蚓疑問符描きをり」という句を詠んだ。これは蚯蚓が「オレはどうしてこうなっちゃんだろ」とクエスチョンマークの形で干からび死んだのと同時に、私の疑問でもあった。その後、あれこれ調べてみたところ、生物学者の中にも疑問を抱いた人が結構いるらしく、いくつかの仮説が立てられて、研究が行われているようだ。その中で「多分そうではないか」と有力視されている説が、「土中の酸素不足からの脱出」らしい。蚯蚓には肺が無く、皮膚呼吸で酸素を取り入れている。大雨が降って土中の水分が飽和状態になると、蚯蚓は皮膚呼吸が十分に出来なくなり、少しでも乾いた上の方に伸び上がり、ついには地面に出る。そこへお天道様がかっと照りつけると、ぐずぐずして逃げ遅れた奴が干物になってしまうということらしい。
 「蚯蚓鳴く」などは荒唐無稽と言ってしまえばそれまでだが、恐らく昔の俳人たちにはそんなことは百も承知の上だったであろう。「たまには鳴くこともあるでしょう」と笑って空想の世界に遊び、句想を広げていたのではないか。秋の夜長に鈴虫、松虫、蟋蟀などを聞くのもいいが、地の底から湧き出して来るような「蚯蚓鳴く」声に耳澄ますのもまた趣深い。

 蓙ひえて蚯蚓鳴き出す別かな      寺田 寅彦
 蚯蚓鳴く六波羅蜜寺しんのやみ     川端 茅舎
 みみず鳴くや肺と覚ゆる痛みどこ    富田 木歩
 みみず鳴く引きこむやうな地の暗さ   井本 農一

 蚯蚓鳴く終電逃し夜道長し       酒呑洞水牛
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2019年11月05日

俳句日記 (540)


秋晴れの午後、第167回番町喜楽会
「立冬」と「七五三」を詠み合う

 11月4日(月)午後3時、東京・九段下の千代田区生涯学習館で第167回番町喜楽会が開かれた。夏も秋も滅茶苦茶な天気が続いていたが、ようやく落ち着いてきたのだろうか、この日は青空が広がり、白雲が浮かぶ上々の天気。しかもこの日は文化の日の振替休日ということで、昼間に句会開催。大方は昼間だろうが夜だろうが「暇と言えば暇、忙しいと言えば忙しい」という人たちばかりだから、出席16人、欠席投句4人と、いつもと同じようなサイズの句会である。
 いつも通り投句5句選句6句で句会を行った結果、最高点は玉田春陽子さんの「投げ上げる声も受け止め掛大根」の6点。続く5点は2句で嵐田双歩さんが「薄目開け犬のまた寝て今朝の冬」と「変な顔わざとして見せ七五三」で一人占めした。以下、4点3句、3点9句が続いた。
『立冬』
薄目開け犬のまた寝て今朝の冬      双 歩
立冬やカレー日和の神保町        冷 峰
韓国語消えて長崎冬に入る        百 子
立冬や青菜の畝の薄明かり        光 迷
朝刊のバイクの音も冬に入る       双 歩
閉館の時刻繰り上げ冬に入る       春陽子
『七五三』
変な顔わざとして見せ七五三       双 歩
ダウン児の晴れ着の笑顔七五三      白 山
七五三シングルママの凜々しくて     白 山
権禰宜が写真撮ります七五三       てる夫
祖父は元名カメラマン七五三       而 云
母と子の二人で生きて七五三       迷 哲
『当季雑詠』
投げ上げる声も受け止め掛大根      春陽子
どん尻に弾む笑顔や運動会        光 迷
冬ざるる流れ尖りて千曲川        てる夫
 上記の高得点句の中にはどうかと思われる句もいくつかあるが、これはまあ人気投票の句会の選句結果によくあることである。水牛がいいなあと思ってとったのだが、2点しか入らなかったのは次の3句。
猫用のこたつを出して冬が来る      満 智
湯冷めして二十数へしころ思ふ      命 水
耳うとき身にも沁みるや初時雨      斗詩子
 いずれも落ち着いて読めばいい句だと思うはずである。
 かく申す水牛の句は以下の5句。
台風のがらくた山や冬に入る
孫無くて参道よぎる七五三
柿食へば地震警報けたたまし
暖房はまだか夜寒の終電車
虫歯治療完了ですと秋うらら
 いずれも富士山の頂上で屁を放ったような塩梅の受け取られ方であった。今になって見直せばさもありなんという感じの、いい加減な句ばかりである。
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2019年11月02日

俳句日記 (539)


秋の種蒔き

 令和元年という年は何が原因か定かでは無いが天の神様が大いに機嫌を損ねた年であるらしい。そのせいで天候が大荒れ。冷夏、猛暑、長雨、台風のもたらした豪雨と、気象庁やお天気姐さんは、まともな予報などとても出来ずに、後から「どうしてこうなったのか」を説明するのが精一杯。こんなわけだから作物はひどい不作で、漁もひどい有様。大昔であればたった一年で改元というところである。
 わが菜園もひどい目に遭った。今年は梅雨が異常に長く、7月一杯続いた。その後はいきなり猛暑、と思うと二、三日急に冷え込む。こんな塩梅だから、毎年もう沢山と山の神が怒るほど生る胡瓜がさっぱりで、茄子も末生りばかり。菜っ葉類は害虫にやられてさんざん。
 というわけで、8月、9月は呆れ果ててほったらかしにしておいた菜園だが、やはり雑草の茂るままにしておくわけにもいかない。勇を鼓して10月下旬から雑草除去、耕しを始めた。そして本日11月2日、ようやく耕し終り、肥料を鋤き込んだわずか6坪に、冬野菜の苗を植え、種を蒔いた。本来、秋蒔きは10月中旬までの仕事なのだから、もう半月以上遅れている。さらに、菜園はまだこの4倍はあるのだが、全部始末がつくのはいつのことやらである。
 とにかく、今日のところは、サラダ菜、パセリ、子持高菜という珍しい野菜の苗を植え、正月用の「かつお菜」や水菜、大根の種を蒔いた。
 蒔いた跡を角材でとんとんと打って均して、そこに万遍なく水を撒いた。これは「無事に芽を生やし、育ちますように」との祈りと同時に、居付き猫のキタコが引っかき回さないようにとのオマジナイである。キタコは綺麗に均した畑が大好きで、すぐさま引っ掻いては嬉しそうに用を足すのである。水をかけて湿らせておくと何もしない。やはり猫もびしょびしょ濡れた所に尻を据えるのは気分が良くないのであろう。
  種蒔いて畝叩きをる秋の暮れ  水牛
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2019年11月01日

俳句にならない日記 (21)


札幌五輪マラソン決定

 11月1日に開かれた国際オリンピック委員会(IOC)、東京都、大会組織委員会、政府(五輪担当大臣)の4者会談は要するに、IOCが決定した「マラソンと競歩は東京ではなく札幌で行う」ということを、改めて「申し渡す」儀式で、日本国民を全くバカにしたものであった。
 「アスリートの健康を守るため」という理由は全く理解出来ない。東京の8月、9月が暑いのは最初から分かっていたことではないか。それを承知の上でIOCは東京開催を決定した。そして、大会組織委員会(森喜朗会長)は18年5月に東京都内の名所を巡るマラソンコースを決定し、国際陸上競技連盟もそれを承認した。そして今年9月15日には本番テストをかねて、五輪マラソンとほぼ同じコースで日本代表選手を決める選考会を行った。
 開催都市の東京都は東京五輪が正式決定して以降、マラソンコースの暑さを和らげるための遮熱舗装工事やミストシャワー装置をはじめ、320億円もかけて酷暑対策を行っている。
 国家予算、都予算合わせて東京五輪には途方もないカネが注ぎ込まれている。IOCが「暑いのは承知の上」で決めた東京五輪のメーンイベントを突如札幌に移すのなら、「それに伴う諸経費は全てIOCに払わせる」とどうして森喜朗や五輪大臣の橋本聖子は言わないのか。
 それより何より、何故、あのアベシンゾーがこの件に関して一言も言わないのか。ブラジルにまで飛んで、スーパーマリオの仕掛けから飛び出すという、一国の総理としてあるまじきはしゃぎぶりを見せ、東京オリンピック招致に狂奔した張本人が、このとんでもない事態に臨んで口をつぐんでいるのは絶対に許せないと思うのだが。
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2019年10月25日

俳句日記 (538)


愚の骨頂

 わずか五畳のわが書斎は本や各種資料で一杯。元々狭い部屋の壁ぐるりに造付け本棚や大型スチール抽出が並べてある上に、窓に面して書き物机があり、その右側にパソコン机、プリンターを載せるテーブルが並んでいる。その右端は水牛にとって命から二番目に大切な酒庫を兼ねたサイドボードがある。というわけで、パソコン机に向かう椅子を置くと、残りのスペースは二畳くらいになってしまう。
 本棚とスチール抽出はとっくに満杯で、溢れ出たものがそこかしこに積み上げられている。本棚の本を引っ張り出す時には、その前に積んである本や書類を脇にどけないと本棚の硝子戸が開かない。脇にどけると言っても、既にその場所には別の書類や本がかなりの高さに積まれている。その上に積むから、何かの振動で崩れる。そうなるとそこに新たな山が出来て、今度はスチール書棚の抽出が引き出せなくなる。
 こういう状態だから、何か書こうとして手元に必要な資料や参考書を集めるのが大仕事になる。時には積まれた本や書類の奥の奥に目指す資料があることを思い出す。それを引き出すだけで一時間かかったりするのもざらである。引っかき回しているうちに書類の山が崩れて、居眠りしている居付き猫のチビの上になだれ落ちる。「何すんのさっ」と怒ってギャアギャアわめく。
 近ごろはインターネットという便利なものが出来て、それを開いてマウスを動かせば、目指す情報がたちどころに出て来る。書籍類は国会図書館や公立図書館のホームページを探せば大概見つかる。問題はそれ以外の、何処の誰とも判らない人の発信している情報(たとえばこの「水牛のつぶやき」に類する随想ともなんともつかない読み物)である。こういうのに時々、これはと言うような面白い情報がある。しかし、大抵はその話の出典が書いてない。この情報を孫引きしたいのだが、何とかして出典を探り当てて確かめたい。「この話は昔何かで読んだことがある。どの本だったかなあ」と首をひねり、心当たりの本や資料をいくつか思い出し、それを探しにかかる。
 こうなるともう、一時間やそこいらでは済まない。「愚公山を移す、か」なんぞと独りごちながら、右の紙くずを左へ積み替える。かくして我が書斎は台風に壊された物置のようになる。適当に片付けて、歩く場所を確保し、見つけた資料をめくりつつ、ようやく本題の執筆にかかる。その頃には夜はすっかり更けており、五体はアルコールを求めて鳴き出す。一編の雑文が仕上がるころには空が白み始めている。

 資料探しも灯火親しむもののうち  酒呑洞水牛
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2019年10月21日

俳句日記 (537)


難解季語 (41)

ひつじだ(穭田)

 稲刈りがすっかり終わった晩秋、一望何も無い田圃の稲の切り株から芽が生えて、緑色の茎を伸ばし、秋風にそよぐ。まるで春に還ったかのような錯覚を覚えることがある。これを穭(ひつじ)と言い、再び早緑を取り戻した田圃を穭田と言う。
 穭田の稲はずんずん伸びるが、間もなく霜が降り、気温がぐっと下がるから、伸びるとは言ってもせいぜい一〇数センチで枯れてしまう。早生の稲だと早く刈り取るために、穭の伸びるのも早く、時には稲穂を出すものもある。しかし所詮は実が入らずじまいのシイナ(粃)ばかりである。こんなところから、穭田はきれいではあるが全く役立たずの、空しく枯れてしまう寂しさを歌う素材として、大昔から和歌に盛んに詠まれた。俳諧も俳句もその伝統を受け継いでいる。
 しかし、「ひつじだ」という言葉を知っているのは今日では俳人と歌人ばかりという状況になっている。稲作農家の人たちも全部が全部知っているわけでは無いようだ。第一に、私がいま使っている日本語入力ソフトでは「穭田」が出て来ない。「ひつじだ」と打ち込んでも「羊だ」「日辻だ」となってしまう。日本一売れてるソフトだと言われているのがこれだから、つまりはこの言葉と漢字を使う人がほとんど居なくなったということなのであろう。
 「穭」(漢音ではリョ、呉音ではロ)という字の偏の禾は稲という意味で、右側の旁(つくり)の魯は「おろか」とか「役立たず」の意味。すなわち穭は「役に立たないバカ稲」ということになる。
 と言うわけで役立たずの稲が生えそろって青々としている穭田は、緑が失われつつある晩秋に一時の賑わいを見せてくれるものなのだが、うら淋しい思いを掻き立てる。穭が出始める前の、稲を刈り取ったばかりの田圃が「刈田」という晩秋の大きな季語で、これは収穫の喜びを伝えるとともに、あっけらかんとした晴れ晴れした感じを与える。そこからなまじっか芽が生えると、再生の喜びではなく寂しさを感じるのは、これから厳しい冬へとなだれ込んで行く寂寥感がもたらすものなのであろう。
 ただ、何も無くなって広々とした刈田や穭田は、最後まで子孫繁栄の営みに頑張る虫たちが多く、落ち穂拾いもあって、野鳥の天国になる。また近隣の農家は鶏やアヒルを放つ。子供たちの大運動場になるといった塩梅で、現実には寂寥感どころか、吟行に来た都会の俳人たちが呆気にとられる賑やかさを呈することもある。「穭田に大社の雀来て遊ぶ 村山古郷」「穭田に真雁の声の揃ひたる 山田みづえ」「ひつぢ田に肩組み頭寄せ日の児たち 佐藤鬼房」などがそうした穭田のもう一つの景色をうたっている。

  ひつぢ田の案山子もあちらこちらむき   与謝 蕪村
  何をあてに山田の穭穂に出づる      小林 一茶
  穭田に鶏あそぶ夕日かな         内藤 鳴雪
  穭田に我家の鶏の遠きかな        高浜 虚子
  穭田に二本のレール小浜線        高野 素十
  
  穭田や邪推妄想切れ目なく        酒呑洞水牛
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2019年10月17日

俳句にならない日記 (20)


東京五輪が札幌五輪に

 来年八月の東京オリンピックのマラソンを札幌で開催することにしようという案が持ち上がっている。国際オリンピック委員会(IOC)という総元締めが言い出したことだから、そうなるのだろう。しかし、こんなバカなことがあっていいものなのだろうか。
 オリンピック大会は「都市」が主催する国際スポーツ祭典である。「日本オリンピック」では無く「東京オリンピック」なのである。会場設営の都合から一部を横浜など近隣に移すのは可としても、札幌まで飛んでしまっては「東京オリンピック」とは言えない。中でもマラソンは古代ギリシャの逸話を背負った、オリンピックのシンボルとも言うべき種目である。これで「東京オリンピック」と言えるのだろうか。
 オリンピック大会は商業主義に汚染され、どんどん派手になり、今では大国でなければ開催できなくなっている。前回のリオデジャネイロ大会はブラジル政府はかなり無理をして、あちこちに後遺症を残していると言われている。来年の東京五輪も対抗馬はスペインやフランスの諸都市があったが、国際オリンピック委員会(IOC)は初手から東京を好ましい候補地としていたようだ。日本でやればカネになることが世界的なスポーツマフィアの常識になっているのだ。しかし、最初から決めてしまったのではカネにならない。あちこちに対抗馬を立てて競わせ、日本を焦らす必要がある。
 まんまとはまった日本は、アベシンゾーという総理大臣がまるで吉本芸人のような格好をしてリオデジャネイロの招致イベントの舞台にスーパーマリオとなって現れるという馬鹿げた振る舞いをした。あまつさえ、「オモテナシ」と気持悪い発音でパフォーマンスのタレントだかなんだか分からない、最近環境大臣と出来ちゃった婚をした女性を繰り出して、「八月の日本はスポーツには最適」というデマまで振りまいた。八月の日本はスポーツには最悪の時期であることは常識である。しかし、IOCにとっては最大の金づるであるアメリカのテレビ会社が最も放映しやすい八月は動かせない時期なのだ。
 「東京五輪」の開会式に是が非でも総理大臣として臨みたい人物と、それを取り巻く有象無象が「八月、大いに結構」と呑み込んでしまったのである。何を今さら「都市開催」の原則を曲げてメインイベントのマラソンを他都市に移すのか。途中棄権が何人出ようが、たとえ死傷者が出ようが、それは承知の上で八月開催を決めたのではないか。もし東京マラソンで死者が出たら、いさぎよく総理大臣なり五輪担当大臣、そして東京都知事がはっきりとした責任を取ればいいではないか。
 思うに、つい先頃ドーハで行われたマラソン大会で棄権者が4割に上ったという事実を突きつけられ、これはまずいと日本オリンピック委員会(JOC)あたりが「IOC決定による開催地変更」を画策したのではないかと勘繰りたくもなる。
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俳句日記 (536)


日経俳句会第183回例会
「行く秋」「と「柿」を詠む

 10月16日(水)夜、千代田区内神田・鎌倉河岸のビル八階で日経俳句会十月例会(通算183回)が開かれた。台風15号が千葉県を襲って南房総一帯をめちゃくちゃにして、停電に悩む家がまだ残っているところへ、今度はさらに大きな19号。暴風被害はそれほどではなかったが豪雨禍が前代未聞のすさまじさ。関東から福島、宮城、長野まで12都県に甚大な被害を及ぼし、12日に吹き過ぎてから4日たった今日もさらに死者が増え80人を越えるありさまである。
 この二つの台風が来るまでの首都圏は大変な暑さで、十月に入ったというのに30℃を越えるとんでもない天気だった。ところが台風が過ぎたら晴はたったの一日、その後は長雨がしょぼしょぼ降り、朝晩は10℃前後にまで冷え込むようになった。「行く秋という兼題を出したのはまずかったな」と反省していたのだが、全く何と言う事か、「行く秋」を惜しむ間もなく冬になってしまった気分である。
 こんなキチガイ天気のせいか、偶然の為せる業か、この日の句会も前代未聞で、出席者がわずか13人。女性が一人も居ないという珍しい例会になった。欠席投句者が何と出席者の二倍の26人。合評会は高点順に取り上げていくことになっており、最高の9点句「菊人形大坂なおみの高島田」こそ出席していた中沢豆乳さんの句で面目をほどこしたが、次点の「行く秋や名もなき画家の絵を求む 阿猿」、三席の「陽の色に染まる軒先柿すだれ 操」「異国語の飛び交ふ村の吊し柿 明生」以下欠席投句者の作品ばかりで句会はすっかりシラケてしまった。
 水牛選の六句は、
秋ぞ行く茶色になりし雨蛙      百 子
成り年の柿賑やかに夕陽浴ぶ     てる夫
異国語の飛び交ふ村の吊し柿     明 生
奈良に嫁し今年もつくる柿のジャム  綾 子
稲妻に首刈られしか地蔵尊      而 云
温室のウツボカズラの秋思かな    水 兎

 今回の水牛句は、
行く秋を猫と留守居の夜のしじま
野良猫の狩にせはしき暮の秋
いい柿が来たよ八百正胴間声

 いつものことながら投句締切日ぎりぎりになっているのに気が付いて慌てて作った三句だが、今回は普段とちょっと違って、実際に身辺慌ただしかった。丈夫な山の神が一月ほど前からお腹が痛い、張る感じだと言い出した。近所のかかりつけ医の処方したあれやこれやの薬を飲んだが効かず、あれこれ検査の結果、大腸ポリープの摘出ということになって入院した。
 と言うわけで、「行く秋を猫と留守居」ということになったのである。たった一人と猫一匹の夜は静けさがいや増す。ただし、後になって考えると、この句は「行く秋や」と切りを入れた方が良かったなと思う。
 居付き猫のキタ子が庭を縦横無尽に駆けずり回るのは行く秋の年中行事であり、これはノラから家猫に昇格したチビの背中を撫でながら秋の夜長を一杯やりながら作った。
 柿の句は皮を剥いたりかぶりついたりする句は自分でもかなり作っているし、吊し柿や木守柿も常識的だ。というわけで、二、三日前、八百屋のショーちゃんに呼び止められた台詞をそのまま出した。ショーチャンは私の果物好きであることをよく知っており、呼び止めれば必ず買うことも心得ているのだ。
 三句とも合評会にかからない低得点に終わったが、自分としては悪くない句だと思っている。
posted by 水牛 at 00:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする