2017年12月15日

俳句日記 (377)


飲酒の誘惑を薬で断つ?
 「最近ちょっと飲み過ぎじゃないの」と山の神が新聞の切り抜きを持って来た。12月14日付け日本経済新聞夕刊の記事である。「アルコール依存症今こそ治療 飲酒の誘惑薬で断つ 開発進みぐっと身近に」と見出しが躍っている。記事脇のコラムには図解入りで厚生労働省調査によるアルコール依存症患者の統計と解説が書かれている。
 「新聞はいい加減なことばかり書くから」
 「まあそんなこと言っていいの、四十年も新聞で御飯を食べて来た身なのに」
 「最近の新聞はという意味だ」
 「とにかくね、目を通しておいて損はないはずよ」
 全く面白くないことが書いてある。日本国内のアルコール依存症患者は年々増えていて、2003年には全国で80万人だったのが、2013年には100万人の大台に乗ったという。その前段階の「一日にビール中瓶3本以上相当のアルコールを摂取し、飲酒のために精神的、身体的、社会的な障害がある状態」を示す「多量飲酒者」となると、なんと約1000万人も居るのだという。
 記事には、依存症とは「お酒への耐性が強まって酒量が増え、家庭や職場で飲酒問題が顕在化する状態を指す」と書いてある。「飲酒問題が顕在化する」とはどういう事か、まことにはっきりしない書き方である。やはりこの記者は文章作法を一からやり直すべきだとつぶやきながら、「飲酒問題の顕在化」について考える。
 つまりは飲酒が原因で傍にえらい迷惑をかける状態になるといったことなのだろう。私の場合、そういう状態になるのは、むしろもっと若い現役時代によくあったのだが、近ごろはそこに至る前に眠くなってしまうから、そうはならない。となると、その前段階の「多量飲酒者」に分類されるのだろう。
 ビール中瓶3本相当のアルコール摂取というと、私が毎晩飲んでいる日本酒で言えば三合くらいだろうか。まさに当てはまる。毎晩三合は吞んでいる。昼間何か愉快な事があって、気分爽快なる夜は四合くらいいってしまう。
 80歳6ヵ月ともなると、さすがにアルコール分解吸収能力が衰えてくるのだろう、近ごろは四合も吞むと翌朝起きるのがちょっと億劫になり、午前10時くらいまで寝坊してしまう。そういうことがこのところ重なって、多少反省気分もあるから、この嫌らしい新聞記事にも目を通したわけである。
 「飲酒の誘惑を断つ薬」には二種類あって、一つは「抗酒薬」と言って、この薬を飲んで酒を飲むと滅茶苦茶に気持が悪くなって「心臓の激しい動悸や吐き気をもよおし」酒を飲むのが嫌になるのだという。もう一つは「飲酒抑制薬」というもので、脳の中枢神経に働きかけ飲酒欲求を抑えたり、ほろ酔いの心地良さを感じにくくするものだという。ただ、こうした効き目をもたらす反作用として、心臓や肝臓への負担が大きいという。
 「なんだバカバカしい、飲酒の弊害を抑えたはいいが、心臓や肝臓を悪くしたんでは元も子も無いではないか」「酒飲んで誰に迷惑掛けているわけでもない」とうそぶきつつ、「くだらん記事だ」と放り投げて、また七勺入りの手製のぐい呑みに注ぐ。普通のぐい呑みでは小さくて引っ切りなしに注ぐことになって、どれだけ飲んだか分からなくなる。というので、七勺入りの特製ぐい呑みを自分でロクロで引いて焼成して拵えた。これで三杯なら「二合」だから、内科医院の赤尾先生にも褒められる。ところが、最近はこれが4杯から5杯になってしまっている。
 嫌な記事にはこんなことも書いてある。「(依存症になると)重症になるほど、自身の依存症を認めない傾向が強い」と。
  年の瀬も止まぬ深酒寝坊癖
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2017年12月08日

俳句日記 (376)


12月8日
 76年前の今日を、私は両親と叔父、姉兄妹と一緒に伊東の温泉宿で迎えた。我が家に一緒に住んで慶応に通っていた叔父(母の弟)が、突然兵隊さんになることになったため、一家で伊東温泉で送別会をやっていたのである。この年10月、軍部の軍備増強策により、大学・専門学校学生の修業年限短縮措置が取られ、翌年3月卒業予定者は12月に卒業、翌昭和17年2月に応召という有無を言わさぬ命令が下ったのだ。
 しかし昭和16年12月当時の一般国民にしてみれば、大日本帝国は中国全土を膝下に組み敷き、南洋諸島にも勢力を拡大、東南アジアにも進出して、「大東亜共栄圏」を打ち立てるのだと信じ込まされていた。食料も衣料品の供給もまだまださほどの窮屈は感じなかった。つまり、何も知らされない普通の日本人はまだかなりのんびりしていたのだった。
 7日の晩は温泉宿で叔父の武運長久を家族一同で祈って、温泉にゆったりとつかり、私たち子供連中ははしゃぎまわった。ところが一夜明けて目が覚めると、あたりの空気がぴーんと張り詰めていることが子供心にも分かった。ラジオが朝から「帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋において、米英軍と戦闘状態に入れり」と甲高い声でまくし立てる。それを繰り返し繰り返し放送するのだった。
 こうなるともう物見遊山気分は完全に吹っ飛んでしまう。辺りを周遊してもう一泊ゆっくり静養しようという計画を切り上げて、両親は横浜へ帰る汽車の手配をして、その待ち時間に一碧湖をそそくさと見物して帰途に就いた。
 その後はもう日本人なら誰もが知っている悲惨な空襲被害、日本の有数の都市が焦土と化しての無惨な敗戦、饑餓地獄と奈落の底へ転げ落ちて行った。出征した叔父は沖縄守備隊の最前線と目された宮古島に配属された。軍部はこの島を捨て石にして時間稼ぎを図ろうとしたようだが、米軍はそんなものに目もくれず、一気に沖縄本島を攻撃した。おかげで叔父は敗戦まで宮古島で薩摩芋を作りながら馬の世話をして、元気で復員できた。
 その後70数年、紆余曲折を経て、日本国も我々国民一人一人もそれなりに恰好をつけている。まあ不平不満はあれこれあるだろうが、日本はまずまずの国になっているのではなかろうか。
 しかし、今やそれがかなり危うくなりそうな懸念が生じている。すぐ隣に狂気の塊の北朝鮮という国があり、これが何をしでかすか分からないという不安。そして、その不安を材料に日本の軍備を増強し、再び戦争が出来る国にしようという動きが芽生えていることである。
 安倍晋三首相、昭和29年(1954)生まれ、その後を狙っていると言われる岸田文雄自民党政調会長、石破茂元幹事長は共に昭和32年生まれ。口を揃えて「絶対に戦争を起こさない」とは言っているものの、どうも戦争というものをゲーム感覚でしか捉えていないのではないかという気がしてならない。
  十二月八日の空の垂れ込めて
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2017年11月22日

俳句にならない日記 (8)


やれやれ(その3)
 横綱日馬富士による平幕貴ノ岩暴行事件は鳥取県警の取り調べと相撲協会の調査が行われ、先日この欄に書いたような線で進んでいるようだ。とにかく、大相撲という、祭祀とスポーツが渾然一体となった日本独自の行事が、ITだロボットだという新時代にもなんとか生き残れるようにと願っている人間にしてみれば、つまらぬ諍いが因で潰れるようなことがあってはならない、そんなことにならないようにと祈るばかりである。
 その為には、大相撲の場所そのものがしっかりと行われねばならない。年六場所がそれぞれ白熱した取組を繰り広げて大いに盛り上がれば、仲間内の喧嘩や協会幹部の勢力争いにまつわるもやもやなどは雲散霧消してしまうのだ。
 ところが現状はその反対。いま終盤戦の九州場所は、まさに目も当てられない状態に陥っている。久方ぶりの日本人横綱稀勢の里は危ぶまれた通りの窮地に立たされてしまった。初日、これまでカモにしていた玉鷲にもろくも敗れると後はぐずぐず、十日目にはこれまた負けたことがない宝富士にも投げられて、あえなく休場に追い込まれた。新横綱としての今年春場所こそ驚異的な逆転優勝を飾って驚かされたが、その後は何と四場所連続休場である。これで来年1月の初場所で思わしくない成績であれば早くも引退ということになろう。そして、同じように休場を繰り返している横綱鶴竜も初場所が正念場。暴行事件の日馬富士はこのままでは到底、正々堂々土俵入りが出来るとも思えない。
 そうなると残るは白鵬一人。この横綱は憎らしいほど強く、しかも鍛錬を欠かさないのだろう、身体も実にしっかりしている。「何だお前ら」というようなふてぶてしい面つきが面白くないが、やはり今日の大相撲を背負って立つのはこの男しかいないと思っていた。
 ところが、今日22日、十一日目の結びの嘉風との一番で心底ガッカリした。立合、嘉風が意図したのか偶然か半呼吸遅く立ったせいで、白鵬のふところにすぽっと潜り込め、もろ差しになれた。白鵬はその瞬間、何を考えたのか力を抜いた。嘉風はそのままぐいぐい寄り、白鵬の投げも遅くそのまま寄り倒して、白鵬の全勝にストップをかけた。その後がいけない。土俵下に落ちた白鵬は片手を上げ、「勝負不成立」のアピールをしたのだ。大相撲では行司が第一次の審判者であり、その正否を判断する土俵下の五人の審判(検査役)が最終決断をする。力士はそれに絶対服従しなければならない。この勝負では行司判定は嘉風、検査役もそれを可として動かなかった。白鵬は「待った、だと思った」としてアピールしたのだが、自身もちゃんと立ってしかも相手に得意技のカチ上げまで見舞っている。これでは戦いが始まったものと見做されて当然である。
 にも拘わらず、白鵬は勝負後いつまでも土俵下に留まり、検査役に促されて土俵に上がっても取組後の礼も交わさず,嘉風が勝名乗りを受けるのを睨めつけていた。実に見苦しい振る舞いだった。この一幕だけで、これまで「白鵬は日本の大相撲の人間になった」と思っていたのが間違いだったことが分かった。やはり白鵬は「日本的風土」とはほど遠いところにいるようだ。
 第一人者がそうなると、今後の大相撲はどうなるのか。またまた、フラフラ横綱稀勢の里よ、何とかならないのかよ、という処に舞い戻るのである。
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2017年11月18日

俳句にならない日記 (7)


やれやれ(その2)

 日馬富士の貴ノ岩暴行事件は、17日、鳥取県警による横綱日馬富士への事情聴取で公権力の手に渡った。その結果、傷害事件として立件され裁判沙汰になり、日馬富士に対して何らかの刑罰が科されることになるのかどうかはさておき、とにかく相撲取同士の喧嘩が公の場で裁かれることになった。しかも主人公は横綱である。公益法人日本相撲協会はこうした事態にどう対処するのか。
 こういうぶざまなことになってしまったのは、相撲協会に当事者能力が欠けていることが第一の原因。第二には被害者貴ノ岩の親方である貴乃花親方の何とも不可解な行動である。
 殴打事件は大相撲鳥取巡業(10月26日)の前夜、鳥取市内の飲食店で貴ノ岩の態度に怒った日馬富士がビール瓶で殴ったというのが発端である。その場には横綱白鵬、関脇照ノ富士などモンゴル出身力士や贔屓筋がいたという。衆人環視の下での暴行だから、白鵬が「ビール瓶では撲っていない」と弁護しているとは言え、暴行の事実は動かしがたい。だから、日馬富士は翌日、貴ノ岩に会って謝罪し、貴ノ岩も許し、そのままその日の鳥取場所に出場、取組も果たした。その後、広島県福山市の巡業にも出場した。周囲も何事も無かったものと受け止めていた。ところが、その日、貴乃花親方は鳥取県警に「日馬富士による貴ノ岩殴打」の被害届を提出していたのだった。
 11月に入り、2日には貴乃花部屋の宿舎のある福岡県田川市の市長を貴乃花親方と貴ノ岩が表敬訪問、地元テレビでにこやかに挨拶しているところが放映された。しかしその日、「日馬富士による貴ノ岩殴打事件」が警察筋などから協会幹部に伝わり協会内部に激震が走った。翌3日にかけ、協会から貴乃花親方、日馬富士の親方である伊勢ヶ浜親方に問い合わせるも、双方とも「わからない」との回答。
 そして、5日から9日まで貴ノ岩が福岡市内の病院に入院。12日、九州場所開幕、貴ノ岩休場。13日、「右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い。全治二週間」などと書かれた診断書が出された。翌14日、報道で「日馬富士による貴ノ岩殴打」が明るみに出て大騒ぎになった。
 事件経過は上記の通りなのだが、相撲協会理事で巡業部長でもある貴乃花親方が弟子の被害届を警察に出しておきながら、何故、協会に報告しなかったのか。法人組織としてはこれが大きな問題となるはずだが、これについては貴乃花親方と協会双方からの説明が無い。
 早くも来年1月に行われる相撲協会の理事・理事長選にからめての思惑が云々されている。今回の騒ぎは現理事長の八角親方を追い落とすためのものだとか、次期理事長選でライバルとなる伊勢ヶ浜親方(日馬富士の親方)を蹴落とすための策なのだとか。内情はいろいろあるのだろうが、とにかく早く真相を明らかにして決着をつけて欲しい。
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2017年11月14日

俳句にならない日記 (6)


やれやれ

 「えっ、あの日馬富士が」と心底びっくりした。日ごろのインタビューの受け答えや、大学に通ってまで勉強に精出しているという真面目な生活態度、それに何と言っても相撲に真摯に取り組んでいる姿勢から、日馬富士という力士は偉いなあと感心していた。それがなんと、ビール瓶でモンゴル出身の後輩貴ノ岩をぶん殴り、重傷を負わせてしまったというのだ。
 10月26日、鳥取巡業の折りに開かれたモンゴル出身力士の懇親会で酔った挙げ句の喧嘩らしい。日本酒なら1度に1升2升平気という力士たちの宴会では、乱酔の挙げ句に物凄い殴り合いになることも珍しく無いと聞いたことがあるが、ビール瓶で殴るというのは異常である。人は見かけに寄らないというから、日馬富士は酒癖が悪い男なのかも知れない。あるいは、貴ノ岩が先輩に失礼な言動をして怒らせた結果・・ということだったのか。真相はよく分からないが、兎に角、こういうのは怪我を負わせてしまった方が責められるのは当然だ。
 もう10年近く前になるか、絶対的強さを誇った横綱朝青龍が、やはり酔った挙げ句に一般人に怪我を負わせて引退に追い込まれた。日馬富士も引退せざるを得ないだろう。好漢惜しむべし。酒は怖い。酒呑洞という庵号を持つ当方もくれぐれも注意せねばと、改めて自らに言い聞かせた。
 それにしても折角盛り上がってきて、ふらふら横綱稀勢の里も何とかやっていけそうな気配を見せたところへ、冷水をぶっかける事件。こうなったら仕方が無い。相撲協会としては、可哀想だが日馬富士にはちゃんと責任を取らせ、「引退」させて素早くケリをつけた方がいい。最悪なのは「仲間内の喧嘩沙汰だから」として「謹慎休場」などいいかげんな処置でいつまでも煙をくすぶらせてしまうことだ。
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2017年11月12日

俳句日記 (375)


しっかりせいよ稀勢の里
 大相撲九州場所が始まった。夏場所途中休場、秋場所全休の稀勢の里が久しぶりの登場で大いに盛り上がるはずが、初日早々不様な負け方でがっかりした。これまでの対戦成績九戦全勝の玉鷲が相手で、ちょこまかと動いたりする力士では無いのだから、落ち着いて立って組止めればなんということは無いはずだった。それを、立合からして縮こまってしまって、満足に立てない。三回も仕切り直しで、ますます調子が狂ったのだろう、組止めることが出来ないままなすすべ無く押し出されてしまった。その後に出て来た、やはり休場明けの白鵬が憎らしいほどの強さで元大関の琴奨菊をぶん投げ、例の「どうだ」という顔をしたのと余りにも対象的だった。
 今年一月、久々の日本人横綱誕生と歓呼の声で迎えられた稀勢の里。その横綱昇進が決まった時、1月26日の当欄で「たった1度の優勝で横綱にしてもらった稀勢の里は、昭和29年、同じような感じで横綱になった吉葉山と同じコースを辿りはしまいか」と書いた。そうしたら、何と翌春場所、新横綱で優勝してしまった。それも場所中に左肩を痛め、右手一本で相撲を取り、リードしていた怪力大関照ノ富士を本割りで破り、優勝決定戦でもやっつけてしまったのだ。これには思わず涙が出た。そして、「1月には変なことを書いてしまって、稀勢の里よ許せ」と「水牛のつぶやき訂正版」(3月27日)を載せた。
 しかし、やはりこの春場所の無理が祟ったのだ。左肩の怪我はかなりひどかったに違いない。夏場所は出られる状態ではなかったのに、無理して出たのが大失敗で、さらに痛めて途中休場。秋場所にも間に合わず全休せざるを得なくなった。この九州場所も自分では「十分良くなった」と言っていたようだが、上位力士との稽古は直前になっての弟弟子の大関高安だけ、ちょっと急仕上げの感じだった。元々腰高な相撲だから、本番勝負から遠ざかっていると不安定さがより一層目立つ。今日の相撲はその典型だった。
 二日目の相手は初日に横綱日馬富士を破って意気軒昂たる小結阿武咲。これはもう気が気では無い。これで負けるようだと、やっぱり水牛の悪い予言通り、不運の吉葉山のコースになってしまいそうだ。そうならないように、なんとかノミの心臓に活を入れてほしい。
  ふくと汁食って頑張れ稀勢の里
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2017年11月09日

俳句日記 (374)


「俳句史の真実」
 NPO法人双牛舎から今泉而云(恂之介)さんの素晴らしい本が出た。『俳句史の真実─芭蕉から第二芸術まで』というタイトルで、これまで数々出された俳句関連の書物には無い視点に立って、俳諧から俳句へと進んで来た流れを解き明かした力作である。
 而云さんとは同い年で、大学時代から一緒、新聞社に入ってからも一緒に働き、定年後は二人で仲間に呼びかけて「俳句振興NPO法人双牛舎」を立ち上げ、力を合わせて俳句の普及振興に勉めてきた。つまり、60年以上も一緒に仕事し、飲み、遊び、俳句を詠み合ってきた仲である。ずっとくっついているからと言って、間違っても虹色の旗を掲げる仲などとは見ないでもらいたい。互いに気が合って、趣味も似通っていたことからずっと付き合ってきただけである。
 二人ともかなりずぼらでいい加減なところがあるのだが、水牛が酔牛になり睡牛になって何一つまとまったことが出来ない(やらない)のに対して、而云はその辺は割にしっかりしていて、節目々々でしっかり著作をまとめ、人生の一里塚をちゃんちゃんと築いてきた。中国河南省の鄭州大学に客員教授として招かれ数年間、中国人の学究に日本文化と日本のマスコミ事情などを教えて帰国すると、すぐに句文集「大陸春秋」(2007年、NPO法人双牛舎刊)を出し、双牛舎で俳句活動を繰り広げながら俳句史を研究し、正岡子規によって「無価値」と切り捨てられた幕末から明治前半のいわゆる「月並俳句」の巨匠たちに光を当てた名著「子規は何を葬ったのか」(2011年、新潮選書)、次いで明治期の伊那を中心に活躍した放浪俳人井上井月の足跡を辿った「井月現る」(2014年、同人社)という具合である。
 今回の『俳句史の真実』はその系譜に連なる著作で、芭蕉が芸術の高みに押し上げた「俳諧」から始まって、現代俳句が興隆するまでの過程を追いながら、これまでの俳句俳論には無かった視点からの考察を行っている。「芭蕉と旅」の章に始まり、一番弟子其角のこと、天明期の与謝蕪村のことと、蕪村を明治時代に再発見した立役者が子規とその一門とされていることへの疑問提起、小林一茶の実像、幕末維新の五稜郭に立て籠もった面々の句会の様子、そして「子規の俳句革命」、さらには昭和初期の俳句界に大きな影響を与えたエイゼンシュテインのモンタージュ理論、第二次大戦直後、俳句界を見舞った「第二芸術論」の衝撃に至るまで、きめ細かな資料点検と鋭い考察を、実に分かり易い流れるような筆致で書き表している。
 私は初期の原稿の段階から読ませてもらっていたが、心から感服した。これはぜひとも俳句愛好家ばかりでなく一人でも多くの人たちに読んでもらいたい、有力な出版社から出してもらう値打ちのあるものだと思った。実際、いくつかの出版社に当たったのだが、やはり出版不況の現状では、こうした地味な書物の出版には二の足を踏むようで、はかばかしい反応が無い。しかし、このまま埋もれさせて仕舞うわけにはいかない。そこで、而云はNPO法人双牛舎から出すことに決めた。而云と水牛が共同代表を務めるNPOだが、もとより懐は厳しい。版元は「NPO法人双牛舎」だが、実のところは自費出版である。書籍取次店には伝手が無いから、このままでは一般書店の店頭に並ぶ可能性は無い。
 しかし、この本を少しでも普及させたいと、双牛舎として初めてISBNコードを取り、その第一番の出版物とした。これから仲間の力も借りて、何とかして売りまくっていこうと力み返っている。応援してやろう、買ってやろう(1500円)とお思いの方はこのページの下のコメント欄にご記入、あるいは水牛にご一報、ブラウザーで「NPO法人双牛舎」を当たり双牛舎宛てにメールして下されば幸甚至極。
  小春日に友の新著の光りをり
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2017年11月05日

俳句日記 (373)


痴呆テレビ
 『11月5日(日)13:00からテレビTBSの「噂のチャンネル」で、私が地元でやっている「ラジオ体操」が紹介されます。団地の広場に「今日も元気だ」と大書した幟旗を押し立て、あらかじめ配ってある私の作った出席カードに「元気」と書いた丸印を押し、みんなの前に立って毎朝、号令をかけてやるラジオ体操で、もう7年になります。多い日は120人ぐらい集まります。(後略)』
 10月下旬、こんなメールが柏人さんから送られてきた。今年85歳の柏人さんはすこぶる元気な先輩。口も達者なことは昔と少しも変わらない。この団地ラジオ体操にかける意気込みは大変なもので、これを詠んだ俳句がごまんとある。折に触れてラジオ体操俳句がメールされて来る。「また来たか」などと軽く受け流し返事をしないでいると、たちまち御機嫌を損ねる。
 今回だって、もしテレビを見過ごして、返事もしなければ、「六十年になんなんとする貴君との友誼もこれで終わりか」なんて言われかねない。カレンダーにちゃんと放映時間を記し、5分前からテレビの前に座って、見た。その返信。
 「午後1時からTBSテレビを見つめ、柏人さんの勇姿がいつ出て来るか、今か今かと待ちました。結局はラジオ体操の場面はほんの数十秒。勇姿を見つけることも叶わず、真に残念でした。それにしても今どきのテレビ番組のなんとバカらしいものであるかを実感しました。私はテレビはニュース以外は見ないので、こういうことでも無いと白痴番組の実態が分かりません。お陰様でいい勉強になりました。水牛」
 TBSは善意の塊の八十五老人の期待を打ち砕いてしまった。恐らく撮影時には団地のジイサンバアサンを駆り出し、柏人さんに音頭を取らせてラジオ体操の会を盛大に繰り広げたに違いない。大々的に映し出されるような幻想を抱かせたのではないか。しかし、この番組の話の芯は老人による老人家庭のゴミ出しボランティア活動であり、ラジオ体操はその準備運動に過ぎなかったのだ。
 まあ、こうした番組作りの常として、協力者に愛想を振りまくついでにリップサービスが過ぎることはあろう。番組編集の都合で撮影したものの大半がカットということもあるだろう。ここは柏人さんに我慢してもらうより仕方が無い。
 それよりも呆れ果てたのが、“ついでに見させられた”この番組の他の部分である。論評するのもばからしいものであった。錦糸町を歩いている娘に「茶碗蒸し」を作らせ。それがいかに不様なものであるかを見せて笑いを取ろうという番組、競馬評論家に今週の週刊誌の目立った見出しと、それにまつわるエピソードを紹介させるという、いかにも制作費を安く上げることが第一目的のような番組、そんなものを次々に垂れ流して行くのだ。そして、その合間合間に数々のコマーシャルを流す。
 こういう痴呆番組を見ていると、民放テレビが「コマーシャルをいかに効率よく放映するか」だけを考えていることがよく判る。放送法など法律でコマーシャル放送と正規番組の放映時間が決められている。日本国に割り当てられた放送電波の帯というか周波数のワクがある。これを公共に役立てるため、政府はNHKはじめ民法各社に割り当てる。従って、この貴重な電波を金儲けのためのコマーシャル放映に無際限に使ってはならない、と決めているのだ。
 しかしテレビ会社はもとより金儲け主義である。金儲けを第一にすれば、法律で定められたコマーシャル放映時間枠を目一杯使い、その他の番組ワクの部分は出来るだけ安く作りたい。誰だってそう考える。それを自制するのが良識、常識というものなのだが、もはやテレビ界にそれを求めるのは無理なようである。
 とどのつまりが、タレントと称する有象無象を集め、出来上がった映像を見ながらの愚にもつかないコメントとともに流す、いわゆる「バラエティ番組」に落ち着く。これが一番安上がりな番組製作法であることはすぐに分かる。
 三連休の最終日は晴れ上がり、菜園の山芋掘りの合間の一時間を痴呆番組に付き合うことになって舌打ちしたのだが、思わぬ勉強が出来た。
  秋の日をやくたいもなきテレビかな
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2017年10月28日

俳句日記 (372)


折れた山芋
 わが家庭菜園の縁に山芋(ヤマノイモ)が植えてある。その葉が黄色に色づいて美しい。いよいよ掘り上げの時期が来た。しかし、今年の10月は雨ばかりで土が濡れ、掘れないのだ。日記を繰って10月の天気を調べたたら、晴が11日、曇が4日、雨が13日である。29日日曜と月、火は台風22号の本州接近で雨が確定的というから、なんと今年の10月は雨が16日もある。秋霖という言葉があり、「秋黴雨(あきついり)」とも言って、俳句に詠まれるのだが、こう雨ばかりでは俳句にするのもげんなりしてしまう。
 だが、そんなことを言って腕を組んでいても仕方が無い。ヤマノイモを一日も早く掘り上げ、付近を綺麗にして正月用の菜っ葉のタネや、あれこれ見つくろって冬野菜の苗を植えなければいけない。今日も霧雨が降っているが、勇を鼓して畑ズボンに着替えて降り立った。
 掘り始める。案の定、畑土は水分をたっぷり含んで重い。シャベルにすぐにくっつく。少し掘っては泥を落とし、また掘っては泥を落とす。そんなことを繰り返して、山芋の列に沿って深さ40センチばかりの細長い溝を塹壕のように掘り進める。こうして置いてから、スコップで慎重に山芋の蔓の根元の土を掻き取る。すると芋の首が現れ、細長い芋が下の方に伸びている。その周囲の土を注意深くこそげ落とし、溜まった土を掻い出しながら掘り進む。地面から10センチばかりまではまだ山芋の首部分で、そこから下が太くなって1メートルほど地中に伸びている。これを折らずに、無傷で掘り上げるのは非常に難しい。
 一口に深さ1メートルと言うが、それを掘るのは大変だ。まずシャベルは片足をかけてぐさりと土中に刺す。これがほぼ30センチだ。これを三回繰り返せばいい、なんていう簡単な物では無い。二回目を掘るには、シャベルを動かし、掘った土を外へ出すために、周囲を掘り広げる必要がある。深さ1メートルとなると、シャベルが届かないから、自分が入れるほどの大きさの穴を掘らねばならない。というわけで、穴掘りは大変な重労働になる。
 ちなみに、人殺しの犯人が被害者を山林に埋める話が事件記事によく出て来るが、そういう死体は大概深さ40センチ見当の所に埋まっている。長さ1.5メートル、幅70センチほどの長方形の穴を掘るとして、シャベルをぐさっと突き刺して土を掘り上げて一巡して深さ30センチ弱の穴が出来る。もう一回全体を掘って行く。そうすると何とか平均40センチほどの深さの長方形の穴が出来る。「ちょっと待った。シャベルぐさり一回で30センチなら、二回なら60センチになる筈だ」というのはシロウトの浅はかさ。土というのは不思議な物で、掘り上げた途端に体積が二倍ほどに膨らみ、それが穴の中に散らばって、二回目からは計算通りの深さにならないのだ。まあそれはとにかく、気が急いている中での仕事だから二回掘って40センチが精一杯なのだ。死体を投げ込み、土を被せ草木で覆って完成。というわけで、大抵の死体は深さ40センチに埋まっている。
 しかしヤマノイモは1メートルはある。さらにさらに掘り進めねばならない。こうして苦心惨憺やっても、まともに掘り上げられるのは数少ない。大概は途中でポキンと折ってしまう。その後は崩れた土が覆い隠してしまうからどこを掘り進めばいいか分からない。悪戦苦闘、山芋6本と拳骨のような形のツクネ芋2個を掘り上げたところで精も根も尽き果てた。まだ後これの倍ほどあるが、それはまたのお楽しみ。
 かなり太くて形のいい芋が途中で折れて、15センチほどの物が採れた。すぐに摺り下ろして卵を割り入れ、昼食は山かけ御飯にした。美味いのなんのって、折しも強くなって来た雨の庭を眺めつつ、満足している。
  雨の間合はかり掘り上ぐ山ノ芋
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2017年10月19日

俳句日記 (371)


ガイジンだらけ
 山の神の父親の23回忌と母親の3回忌法要があり、お供をして京都に出かけた。山の神のルーツは京都で、お墓が南禅寺にある。親類縁者も京都に沢山いる。旅嫌いの山の神は「面倒ねえ、行きたくないわね」なんて言うが、こちらは京都が大好きだから「そんなことは言わないで」となだめ、いそいそと出かけた。ところが、平日でしかも紅葉にはまだ間がある端境期というのに、ガイジン観光客で大賑わいだった。西洋人も多いが、圧倒的なのが中国人だ。ムクドリのように群れて、大声で喋くっているからすぐに分かる。
 近ごろは「外人」と言ってはダメで「外国人」と言わなくてはいけないのだそうである。何故、外人がダメなのか、はっきりした理由が分からないのだが、新聞は必ず「外国人」と書いているし、横浜市役所のバカな小役人は「外国人墓地」なんて言っている。これなんか昔から「山手のガイジンボチ」として通っており、半ば固有名詞である。何故わざわざ舌を噛みそうな言い方にしなければいけないのか。外人と言ったからとて蔑んでいるわけではなく、外国人と言ったからとて別に尊敬するわけではない。蔑んだり尊敬したり、嫌ったり好いたりは、その人の人柄や言動によって判別すべきものだと思う。
 とにかくアベ政権は狂ったように国際化、国際観光振興、訪日外国人客の増加を図ろうとしている。確かに外国人がやって来ればなにがしかの金を使ってくれるはずで、日本の国内消費が刺激される。現に売上げ低迷のデパートなどは外人観光客の買い物需要で大いに潤っている。さらに、訪日客が日本の風物と日本人の親切とお人好しに感激して帰国し、好印象を語り広めてくれれば日本の評判を高めることにつながるだろう。
 しかし、風俗習慣の異なる人間を受け入れるということは、受け入れ側の人間に大なり小なり犠牲を強いる。ガイジンさん達に物やサービスを買って貰う業種の人たちはこうした苦労をしても利益が得られるのだから報われる。だが一般の日本人にとっては、ガイジンを受け入れることによって生じる不利益に対する償いが何も無い。そのことを全く顧慮せずに、政府やマスコミが「昨年の訪日外国人客は前年比五割増」とか「三年後には訪日外客年三千万人が目標」などと、ガイジンが増えることがいいことだと手放しで囃しているのが理解出来ない。
 国際化して貿易をさらに活発化させることが日本の国是とは理解しているのだが、東京の繁華街や今度出かけた京都を見るにつけ、何も揉み手をしてまで騒がしい傍若無人な連中に来て貰わなくてもいいような気がする。
 祇園や清水寺への三年坂など狭い道をわいわい押し通って行く連中を見て、「なんだあのぺらぺらの品の無い浴衣なんか着て」と言ったら、案内をしてくれた山の神の従兄弟は、「まあ、ああして貸衣装の着物着て名所巡りして、写真ぎょうさん撮って、あれこれお土産買うてくれはる。まあ、ええやないですか」とニコニコしている。さすがは千年間、お上りさんを迎えて適当にあやしては食って来た古都の人は違うなあと感心した。
 でも。これから日本全土がこうなるのかと思うと、それも少々シンドイなあ。東京オリンピックの時まで丈夫で生きていたら、どこか田舎に逃げだそうかなんて考えている。
  椋鳥の柿の古木の撓ふほど
posted by 水牛 at 21:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする