2020年09月14日

俳句にならない日記 (33)


お先真っ暗

 予想はしていたが14日に自民党総裁に選ばれた菅義偉(すが・よしひで)という人物は矮小な人物のようである。その風貌体躯を言うのではなく、人間の大きさ、考え方が矮小だというのである。
 なんと、総裁選出後の第一声が「国民の皆さんのために働く内閣を作る」というのである。それじゃこれまでの内閣は何だったのかということになる。人の片言隻句を捉えて揚げ足を取るのは卑しい行為だが、この演説にはヤジを飛ばしたくなる。自民党総裁イコール内閣総理大臣なのだから、その第一声ともなれば、自分でもよく練り直したであろうし、お付きの連中が再三練った案文であるに違いない。それがこれである。
 その上、一から十まで「安倍総理の」おやりになったことをなぞっていくと言う。国民はアベノミクスの破綻をはじめとして、安倍政権の失政にノーを突きつけていたのである。にもかかわらずそういうことを平気で言うのは余程の魂胆があるのだろう。二階という己を利する事のみに汲々たる人物を幹事長に据え置き、安倍政権の癌ともいうべき麻生某を「かけがえのない人物」として副総理に据え置く。「国民のために働かなかった」政権の中枢をそのまま押し戴くというのである。これはどう見ても何らかの魂胆がひそんでいる。
 とにもかくにも棚ぼた式に総理総裁の座に座ることができた。対抗馬が石破、岸田というどうにもしょうがない人物だったが故に、党内大多数が雪崩を打つように票を入れてくれてトップの座を射止めたが、元々、何の地盤血縁も無く、時の勢いでのし上がった地位であることは自分自身が一番よく知っている。
 取り敢えずは「安倍路線継承」を唱え、麻生、二階を据え置き、内閣には各派閥均衡の顔ぶれを揃えて、そっと出で立つ。そして、機を見て解散総選挙、であろう。年内総選挙であれば、菅自民党は圧勝する。そして本格的な菅政権が出来ると、安倍政権以上の“金の亡者政治”がまかり通る世の中になりそうだ。これは確たる証拠があっての予測ではないのだが、GoToキャンペーンを強引に進める手法、カジノ・リゾート推進策など、官房長官時代から見え隠れしていた、この人の“黄金色に惹かれる”姿勢からの危惧である。  (2020.09.14.)
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2020年09月13日

俳句日記 (618)


残念、照ノ富士

 秋場所が始まった。先場所、奇跡の幕尻優勝を遂げて前頭筆頭に上がり、“返り大関”への第一歩を踏み出した照ノ富士。初日の相手は最も苦手とする押し相撲の大関貴景勝。昨日予想した悪い方の予想が当たって、呆気なく負けてしまった。
 照ノ富士は両膝がガタガタになっている。それをサポーターとぐるぐる巻の包帯で支えて相撲を取っている。前傾姿勢で前へ前へと出て行く相撲では怪力を発揮し、技も使える。しかし、立合に一気に押し込まれ、一歩二歩後退すると、途端に弱点が現れる。相手の圧力をぐっと堪える力が両膝に無いのだ。恐らく、反り身になって堪えると両膝に力がかかり、痛みが走るのではないか。
 今日の唯一の勝機は、素早く立って一歩踏み込み、右でも左でもいいから貴景勝の廻しを掴んで、廻しが取れなければ腕を抱えるなり押っつけるなりして、体を寄せることだった。貴景勝も先場所の照ノ富士の勝負ビデオを見て研究していたのだろう。機先を制して押し込むことだけを心がていたような立合で、闇雲に押し込んだ。
 今日の敗戦の後遺症で両膝が痛み出したりしなければまだ巻き返しは出来る。明日の相手も押しの御嶽海である。今日と同じように猛スピードで押し込まれてしまうと仕方がないが、なんとか掴まえることが出来れば勝機はある。
 優勝候補筆頭の朝の山が相撲巧者の遠藤を相手に焦って自滅してしまったから、今場所は大混戦になりそうだ。初日の相撲だけでは優勝候補を予想することなどとても出来ないが、関脇正代がしっかりしてきたようである。もう一人は大関陥落後いいところの無かった高安が、己の愚かさを悟ったのか、巴富士を相手に慌てずじっくり相撲を取ったのに少し驚いた。自分十分になるまではじっくり落ち着くという相撲を取っていれば、番付は下位だから白星を積み重ね、ひょっとして「初優勝」ということになるかも知れない。

  贔屓力士あっさり負けて秋黴雨   酒呑洞水牛   (20.09.13.)
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2020年09月12日

俳句日記 (617)


 照ノ富士よ正念場だ

 相変わらずコロナウイルス感染者が出ている。次期首相の菅官房長官は地味な風貌とは裏腹な積極派のようで、コロナ禍の下でも経済振興に熱心で、あの天下の愚策とも言えるGoToキャンペーンの仕掛け人とも言われており、“コロナ規制”を解除して行く方向に舵を切りそうだ。コロナ籠もりにうんざりし始めた一般大衆もマスコミも、政府筋の流す「コロナは下火」という説を盛んに流すようになった。
 しかし、足下の東京都では相変わらず新規感染者が一日200人以上出ている。秋場所大相撲の開幕直前に玉ノ井部屋では一挙に19人もの感染者が出て、部屋丸ごと出場停止になった。
 そんな中で13日から秋場所が始まる。白鵬、鶴竜という、休んでは出て来るを繰り返しながら延命を図ってきたズルい横綱が二人とも初日から休場。大関二場所目で最高位の東大関に座った朝の山が「優勝」を口にし、西大関の貴景勝が昔の大関北天佑の娘と婚約してこれまた意気大いに上がっているようだ。
 しかし、何と言っても目玉は先場所幕尻で見事優勝して、前頭筆頭に上がって来た照ノ富士である。以前にも書いたことがあるが、照ノ富士は4年ほど前、日の出の勢いで大関に駆け登った時には傲岸不遜で、とても好きになれないタイプだったが、両膝の怪我や内蔵疾患で長期休場、序二段まで下がり、辛酸嘗め尽くして這い上がって来る過程で人間的にも成長した。「一つ一つ出来るだけのことをやっていれば、いいこともあるはずだ」と思ってやって来たら、この奇跡の返り咲きとなったのだと言う。
 照ノ富士の初日の相手は大関貴景勝。いきなり猛烈な勢いで突っ込んで来る貴景勝のようなタイプは、両膝が危なっかしいだけに、あまり得意ではない。しかし、これを何とか捌いて白星を得れば、今場所も優勝できるのではないかと思う。全ては初日。明日は俳句はそっちのけでテレビにかじりつこう。

  秋場所だどすこいコロナ飛んで行け  酒呑洞
(20.09.12.)
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2020年09月08日

俳句日記 (616)


番町喜楽会9月例会

 あらゆる句会がコロナ自粛で逼塞している中で、番町喜楽会だけが毎月一回の例会を開いている。千代田区が会議室利用を認めてくれているおかげである。お顔もそうだが、やること為すこと全てが厚化粧の百合子さんは、個人的にはあまり好きになれなかったのだが、「文化活動の場を提供します」との英断を下してくれたので、いっぺんに好きになった。「小池都知事ガンバレー」
 9月7日(月)午後6時、ようやく出かける場所が見つかって嬉しそうな14人が集まった。本日の兼題は「厄日」と「秋草」で投句は5句。欠席投句参加の7人分を加え、投句総数105句。選句は6句で句会を行った。
 今日は春陽子という化け物のような点取り虫が票を掻っ攫ったが、これも自民党総裁選と同じで、必ずしも「良いから選ばれた」と言い切ることは出来ない。句会の票もその時々の流れのようなものがあって、一方に流されることがある。実際、今夜は2点以下にも結構いい句があった。まあそれはともかく高点を得た句を掲げておこう。
「厄日」
爪切って身を軽くせし厄日かな    玉田春陽子(5点)
忘れ物今日は三つ目厄日かな     斉山 満智(4点)
水吸ふて厄日の砥石深き色      嵐田 双歩(3点)
打つ度に釘ひん曲がる厄日かな    玉田春陽子(3点)
古雨戸父と釘打つ厄日かな      中村 迷哲(3点)
二百十日復旧未だ千曲川       堤 てる夫(3点)
二百十日総理辞任の大嵐       前島 幻水(3点)
「秋草」
地方紙に秋草くるみ帰京せり     廣田 可升(6点)
秋草や買手のつかぬ一等地      玉田春陽子(4点)
秋草の彩り豊かままごと膳      須藤 光迷(3点)
歩荷行く尾瀬の秋草揺れにけり    嵐田 双歩(3点)
「当季雑詠」
それほどの期待もされず案山子立つ  玉田春陽子(7点)
海風の抜ける道なり青蜜柑      須藤 光迷(4点)
藤袴咲いた咲いたよ妻の声      堤 てる夫(3点)
小流れの底の罅割れ残暑光      須藤 光迷(3点)
這うようにたどり着きたる九月かな  斉山 満智(3点)
雲ひとつ無くてぎらぎら地蔵盆    大澤 水牛(3点)
 句会が終わればこういう御時節だから真面目な人は帰る。しかし素直に帰れない春陽子、可升、光迷、水牛に金田水、塩田命水の6人は、九段下の蕎麦屋「丸屋」に行く。丸屋のまんまるのおばさん、実に嬉しそうに迎えてくれる。何しろ店開けていたって客が来ないのだ。板わさ、もろきゅう、おろし蕎麦で〆張鶴の冷やを二杯三杯傾けて、大いに英気を養った。(20.09.07.)
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2020年08月28日

俳句にならない日記 (32)


首相辞任

 8月28日午後5時、安倍首相が記者会見を行い首相辞任を表明した。ようやく踏ん切りをつけてくれて心底「良かったな」と思う。2009年夏に国民の熱狂的支持を得て政権を握った民主党があまりにも不甲斐なく、不様な政治を行った、というより政治を行わなかったが故に2年ばかりで自滅し、それに変わって生まれたのが第二次安倍政権だった。
 その後「他に人がいないから」という情け無い理由で支持される政権が8年も続いたのである。演説は上手だし、言う事はもっともらしい。しかし内容は空疎だった。この間に、アメリカに次いで世界第二位だった日本の国力はずんずんと落ちていった。その咎めは各種の指標にも現れ始めた。
 国内経済を立て直すのだと鳴り物入りで打ち出したアベノミクスは無残な失敗。要は自分の言う事を聞く人物を日銀総裁に据えて、闇雲に札を刷り、マイナス金利の泥沼に陥り、株価のみをつり上げ、国内外の金融ハゲタカを肥え太らせ、見かけの景気指標だけは何とか形をつけた。「外交のアベ」と自他共に許し、歴代首相の中では飛び抜けて多い外遊をこなし、各国首脳との握手の回数だけは増やした。結果はトランプという破天荒な大統領とよしみを通じただけで、北方四島返還問題は逆に遠くに押しやり、ロシアとの関係は今や絶望的状態である。「アベ内閣最重要課題」の北朝鮮拉致問題は解決の糸口さえ見つけられぬままである。対中関係、対韓関係も思わしくないまま推移している。
 そこへ新型コロナウイルス騒ぎが襲いかかった。アベ政権のコロナ対策といったら、隣国韓国や震源地中国の徹底的な対処策と比べて、極めてスローモーであり、お粗末であった。「総理辞任会見」で自らも「かなりの御批判もいただきました」と述べたアベノマスク配布一つとっても、子供ですら首を傾げるようなことを政府高官が次々に撒き散らした。日本は日ごろから衛生状態の良い国であり、国民の防疫意識も高い。それが大いに効果を発揮して、コロナ蔓延をかなり防ぐことができて、他国に比べて人口当たりの感染者数や死者数が低く抑えられている。安倍首相はそれに助けられたところがずいぶんある。しかし、まだまだこのウイルス騒ぎは収まりそうに無い。
 一方、国会で絶対多数の議席を占めている自民・公明連立政権の長であるということから、気分が弛み、かなり得手勝手なことをやって来た。モリトモ問題、加計学園問題、首相主催の「お花見」問題、自ら法務大臣に取り立てた男とそのカミサンが参院議員に当選する際の選挙違反問題、東京高検検事長指名に伴ういざこざ等々、胡散臭い問題を次々に起こし、それらを恬として恥じない。
 大腸炎が悪化しなければ来年秋の任期一杯自民党総裁・日本国総理大臣を務め、場合によっては「総裁四選」まで狙っていたのではないか。しかし、やはりそれは天が許さなかった。
 さてこれからだが、知らないうちに自民党で最もエライ人物にのし上がってしまった、その昔、小沢一郎の腰巾着だった二階なんとか幹事長が仕切って、次の「総裁・総理」が決まる。コロナ騒ぎ対策もあり、あまり時間を掛けられないという事情を理由に、自民党総裁選(イコール次期首班指名選挙)は自民党衆参両院議員総会で決められることになろう。そうなると安倍に対立してきた石破茂元幹事長は世論調査でトップの人気だが旗色が悪くなり、あの台所の隅の暗闇のネズミのような菅官房長官ということに落ち着くのではないか。
 日本の首相は、不思議なことにあまり男前ではない方が地道に政治的実績を上げているようでもある。まあ今回は、誰になっても安倍政権よりはましになるように思う。(2020.08.28.)
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2020年08月24日

俳句日記 (615)


さてさて

 二十二日に東京近辺は激しい雷雨に見舞われた。横浜の寓居も夜遅く二回、停電になった。
 これが秋の呼出になったのか、昨二十三日は日中の最高気温が我が家の寒暖計では28℃と久しぶりに30℃を下回った。今日二十四日はまた31℃になったけれど、吹く風には涼しさが感じられる。「
 「そう言えば昨日は処暑だったんだな」と暦を見て思う。立秋から数えて十五日、「暑さの処する(おさまる)」頃合いと古人が教えている。この二十四節気などの暦は遥か三千年前の殷(商)の時代にはもうほぼ現在の形に整えられていたというから驚きである。その頃の人たちは電気もガスも原子爆弾もインターネットも知らなかったけれど、自然の動きを知り、自然と共に生きて行く術はしっかり身に付けていたのだ。
 芭蕉が『奥の細道』の金沢の条で詠んでいる「あかあかと日は難面もあきの風」は元禄二年七月十五日、今の暦に直せば八月二十九日。ちょうど今ごろである。ほんとうに今日の午後など、まさに「あかあかと日はつれなくも、だなあ」と思った。
 北極の氷が解けてしまったとか、熱波とイナゴの大発生でアフリカは大変だとか、中国では長雨で三峡ダムが決壊しそうだとか、気象異変があれこれ言われている。確かに「異変」は尋常ならざるものがあるようではあるが、それを以てあれこれ気に病んでも意味は無い。人知人力では如何ともすべからざるところである。コロナ禍もまた然りであろう。
 ここはもう、芭蕉さんのように「お日様はカンカン照りだけど、吹く風は秋ですよ」と、熱暑の中の涼を見つける努力をしてみよう。
  苦瓜の赤き口開け処暑の空    酒呑洞水牛   (2020.08.24.)
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2020年08月23日

俳句日記 (614)

暑い暑い

 呑み友達の一人ツトムさんから「兼好さんが、もう我慢出来ないと独演会再開のお知らせ。21日金曜日夜7時、人形町のいつもの所でお待ちします」とメールが来た。こちらもコロナ篭りでくさくさしていたところだから、喜んで日本橋小学校の中にある社会教育会館に出かけた。都心の居住人口減少で小学校の建物の半分を地域住民の文化活動に資するための施設にしている。この二百人程度が入れる貸ホールもそれで、若手真打の三遊亭兼好さんが毎月のように独演会をやっている。それがコロナ騒ぎで公演がもう半年も開けないままだった。
 亡父の影響で子供の頃から相撲と芝居と落語が大好きで、高校時代には寄席や地域の旦那衆が開く噺の席を経巡っていたから、今では伝説的存在の噺家は大概身近に聞いている。社会人になってからも社会部遊軍記者という記事ネタを探して町中探訪の仕事が長かったから、寄席やホール落語は見聞きしていた。それが中年になって海外勤務や中途半端な役職生活の雑事にかまけ、落語からすっかり遠ざかった。
 そうしたら、ツトムさんが「前座から応援している三遊亭兼好というのが日本橋噺問屋という独演会を始めたんです。聞いてやってくれませんか」と言う。
 その数年前、今から二十年ほど前になるか、既に鬼籍の遊軍記者の先輩黃鶴さん夫妻に誘われ、国立演芸場で開かれていた真打になり立てや二つ目による若手落語会に毎月付き合っていた。しかし、そこに出て来る若手噺家のほとんどが気に入らなかった。たい平など幾人かこれはいいかなと思うのがいたが、おしなべて勉強不足なのである。噺の運び方がなっていない。まずは発声練習してこいと言いたくなるほど、聞きにくい。口跡が良くないのである。それらが今や大立者とされている。
 そんなこともあって、「近ごろは落語にもとんとごぶさたでね、それに若手でいいのなんているのかい」と返した。「まあ、騙されたと思って聞いてやってください」とまで言われては行かずにはいられない。その時の噺は「三井の大黒」だったか「文七元結」だったか「居残り佐平次」だったか忘れてしまったが、ともかく古典の一席をこなした。噺の持って行き方や間合いに少々ゆとりが欠けるが、くすぐりには今風の自分なりの工夫が凝らされ、現代の若者には分かり難くなった遊郭のことなどを上手に解き明かし、噺に織り込んで行く話芸も大したものだ。これですっかり兼好フアンになった。以後、欠かさず通うようになった。その後も時折、新宿の末廣に顔を出した時にのぞいたりするようになった。
 今年は落語家にとってもひどい年になった。マスクを掛けては噺は出来ない。寄席は閉鎖、独演会会場となるホールも次々に閉鎖である。入場料収入に頼る落語家にとってはまさに死活問題である。中小企業主に対して国や都の「コロナ休業補償金」が支払われているが、落語家のような「個人事業主」にはどうなっているのかなんて、余計な心配をしながら21日夜の半年ぶりの高座を聞いた。
 暦の上では秋とは言いながら連日35℃を越す猛暑。それに合わせて演し物は「船徳」。この噺は名人8代目桂文楽(1971年没、79歳)の十八番である。これに挑戦するだけでもエライが、兼好は立派に演じた。噺は黒門町文楽の流れを素直に受け継いで、しかも現代の聴衆にも分かり易く、スピーディに賑やかに明るく演じ切った。
 はねて、近くの鰻屋「心天」に行く。台湾人のリンさんが切り盛りする店だ。白焼で〆張鶴の冷やをきゅーっと呷り、良い気持になって台湾流味付けなのか、やや濃厚な蒲焼の鰻重に満足して此の夜はお開き。
 水天宮から半蔵門線で渋谷へ出て横浜へ帰るはずであったが、いつも地下にもぐる六番入口が工事中閉鎖。交差点を渡って重盛人形焼の方から地下に入ってぐるりと回っているウチに方向感覚が狂った。来た電車に乗って座ってうとうとして、止まった駅の看板を見ると「住吉」。なんと反対の電車に乗ってしまったのだ。こうなりゃ仕方がない。そのまま錦糸町まで行って、JR横須賀線で帰ろうと決めた。
 錦糸町駅前は久しぶりだ。「コロナ外出自粛」の呼びかけにもかかわらず、午後10時45分というのに結構な人出である。「コロナ自粛」にうんざりして出て来てしまう人が増えているのではないか。かく申す我が輩も同じだなと、駅前広場を突っ切っていたら、小柄な女人がするすると近寄って来て寄り添い、「コンバンハ」と言う。色は浅黒いがキュートな婦人だ。もう娘とは言えず、三十末か。可愛らしさを残しながらも後れ毛にやつれも見える。フィリピンか、中国南方か。こんなジイサンにまですがってくるのか。コロナ禍で客足が遠のいていると聞くけれど、こうしたところにまで響いているんだなあと思う。「急いでるからね、ごめんね」と言って、千円札を握らせて改札口を入った。
  駅前の夜の雑踏秋暑し    酒呑洞水牛   (20.08.23.)
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2020年08月19日

俳句日記 (613)


健康診断

 「すごいわねえ、Oさん、やればできるじゃないですか。中性脂肪516だったのが216になりましたよ、GOTは51が許容範囲の39になったし、ALT(GPT)も49、γGTPも67だったのが42になってます。どれも正常値からするとまだまだですけど、とにかく素晴らしいカイゼンだわ」と、娘のような女副院長に褒められた。先月末に受けた血液検査の結果を今日聞きに行ったのである。
 現役の頃は「定年まで生きられりゃあ御の字だ」とうそぶいて、好き勝手をやり、暴飲暴食の自覚もせぬまま吞んだり食べたりしていた。会社の定期健康診断はすっぽかし、厚生部長にあれこれ小言をくらった。それが退職して呑気な暮らしに入ると「まあ70まで生きられりゃ御の字だ」に変わり、人間ドックに入ったりするようになった。そして80歳を越えた。こうなると欲が出て来る。
 近所の赤尾クリニックという、まだ若い夫婦で院長、副院長をやっている内科クリニックで、進められるままに定期健診を受けるようになった。そのくせ食い意地は人一倍、飲酒量はウン倍という我が儘が治まらない。これでは健診もへったくれも無いではないかと、時々反省するのだが、どうにも直らない。
 この赤尾クリニックの院長・副院長夫妻はまだ50歳前だろう、若々しい。そして実に明るい。診てもらい、言葉を交わしているだけでこちらが元気になってくる。副院長の奥さん先生のオジイサンが地元の名物内科医で、この人に掛かっていたのだからもう随分長い付き合いである。副院長先生が医大で同級生の赤尾先生に惚れて一緒になり、オジイサンが亡くなって一旦閉めていた医院を4,5年前に再開したのである。ご亭主の院長先生は若いに似ず話の分かった人で、「80を越えて酒を止めろ、好きな物を喰うなと言って、それでたとえ二、三年命を延ばしたって、大した事はありませんよね」などと聴診器を当てながら言う。いやあ、この先生いいなあと惚れ込んだ。
 6月3日、この日は女先生の日だった。「どうも胃が重っ苦しいんです。ボーッとして、朝起きられなくなって、足が重いし、滅茶苦茶に肩が凝るし」と訴えると、「また酒量が増えているんじゃないんですか。足見せてご覧なさい。ほら、こんなにむくんじゃって、明らかに飲み過ぎ、辛い物の食べ過ぎです。血液検査しましょ」と血を採られた。そのまま忘れて、7月初めに結果を聞きに言ったら、「予想を超える酷さです。中性脂肪516なんてひどすぎます。肝機能も大分衰えています。それにね、ここにQとあるのが何か分かりますか。これはね、検体として採った血液に脂が混入していてうまく検査できません、ということなんですよ。つまりね、貴方の血液には脂がぎらぎら浮いてるってことなんです。7月末にもう一度検査しましょう」。
 いやあこれには参った。身体の中をどくどく回っている血の中に脂肪が浮いている状態というのは想像もつかないが、なんとなく恐ろしげである。
 指定された検査日は7月29日。よし女先生の言うように禁酒が効くかどうかやってみようと、酒棚を封印した。以後23日間、禁酒を実行した。15,6歳から本格的に酒を飲み始めて83歳に至るまで、これほど長期間禁酒したのは初めてである。
 7月29日に採血に出かけて、「何しろ23日間吞まなかったんだからな。これでもしいい結果が出なかったから、オレも田子ノ浦親方になる」と腕をまくったら、採血する看護師がぷっと噴き出した。その数日前、外出自粛のお触れの下で田子ノ浦親方が飲み屋で焼酎水割り50数杯吞んで泥酔した写真が出回って大騒ぎになっていたのである。
 まあこんな経緯があっての採血だったが、その結果を聞きに行くのが恐ろしくてずるずる伸ばしになっていた。そんなことがわだかまりになっているものだから、さっさと片付けなければならない俳句会報の原稿書きに気が載らず、どうでもいいメール連句の遣り取りに気を紛らわしたりしているのだった。
 「お盆明けでアカオ先生も始まったわね」という山の神の一声で、はっと思い出し、意を決して出かけた。結果は万々歳。吹く風も何となく涼しさが感じられる。明日からはまともになるぞーと、天狗米純米旨醇をぐいぐいあおる。
  健診の結果上々涼新た     酒呑洞水牛   (20.08.19.)
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2020年08月15日

俳句日記 (612)


75年たった敗戦忌

 令和2年8月15日。あの「耐え難きを耐え」の玉音放送から75年たった。なんだかコロナ蔓延騒ぎにかき消されてしまったような、まことにお座なりな慰霊祭であったし、マスコミの取り扱いぶりも型通りだった。お盆中日の繁華街はかなりの人出で、戦争のことはとうに忘れ去り、「コロナ自粛」ももうどうでもいいやといった感じであった。
 令和天皇はなんの感銘も与えない作文を読み上げただけだった。新鮮味を与えようとしたのか「コロナ禍に苦しむ現状」などを織り込んだ追悼文には、かえって「待って下さいよ」と言いたくなるようなシラケた思いを抱いた。
 現職閣僚の参拝がしばらく途絶えていた敗戦忌当日の靖国神社参拝が、どういうわけか4人の閣僚が参拝とあって驚かされた。小泉信次カ環境相、萩生田光一文部科学相、高市早苗総務相、そしてそんな大臣がいたのかと初めて知った衛藤晟一一億総活躍相の4人である。
 この4人の中で最も年寄りは衛藤一億ナントカ大臣の72歳、以下、高市59歳、萩生田56歳、小泉39歳である。つまり、敗戦当時には精子でも卵子でもなかった人たちだ。戦前から戦中の重苦しい圧政下の空気や戦後の一億総饑餓時代などを全く知らない世代である。「私費」であることを強調して玉串料を出した安倍晋三首相も65歳で、やはり戦無派世代である。
 この人たちの第二次戦争観が親たちや書物を通して得た知識に基づいたものであることは言うまでも無い。それが良い悪いではない。正しく伝えられた史観かどうなのかが問題なのである。
 この人たちの履歴、祖父・親世代の経歴を見るとなるほどなと思う点がある。この人たちの祖父・両親たちはおしなべて戦前戦後の一億総塗炭の苦しみに喘いでいた当時、特権階級として優雅な暮らしを送っていた人たちだということである。直接にそうしたいい目に合わなかったとしても、そういう権力者に手づるのあった人たちである。親類縁者に明治維新から唱和時代に至る間の指導者階層だった人物のいる人たちが多い。
 こういう人たちにしてみれば祖先のやったことは「多少の失敗はあったのかも知れないが、決して誤った道を歩んだわけではない。日本国を思う心は誰よりも熱かった」という思いがある。
 だからこういう人たちは「占領軍による戦争犯罪裁判はおかしい」という言い方をして、A級戦犯を「日本のために尽くした英霊」と崇める。本来は我々日本人の手で戦争犯罪人裁判を行い、これらA級戦犯に責任を取らせれば良かったのだが、あの敗戦時の混乱ではそれは到底望むべくもなかった。
 そうしたことをうやむやにして、今ではあの太平洋戦争を美化し、ゲーム感覚であれこれ論じる若者も多くなっている。
 良くないことに中国が覇権主義的動きを強め、軍備増強、海洋進出・領土拡張、発展途上国の中に親中ムードを広げる工作を活発化している。ロシアも覇権に動き出している。韓国は対日強硬策を国内世論操縦に利用している。こうした諸外国の動きが、日本人の第二次大戦史観に大きな影響を及ぼし始めた。
 本来は靖国神社という今や一宗教法人に過ぎない神社への閣僚参拝是か非かなどとという問題ではなく、兵士も戦災犠牲者も含めた国立の「戦争犠牲者慰霊墓園」を作って、不戦の誓いをすべき時なのに、その空気は年々薄らいで行くようなのが真に恐ろしい。
  コロナ禍に覆はれてしまひ敗戦忌   酒呑洞水牛
(20.08.15.)
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2020年08月06日

俳句にならない日記 (31)


コロナ禍のお盆帰省

 新型コロナウイルス感染症の蔓延が続く中で“民族大移動週間”が始まる。月遅れ盆の帰省ラッシュ。今年は8日(土)から16日(日)までがそれに当たる。しかし、これに対する、政府、地方自治体、医療専門家会議などの対処方針には食い違いが見られる。皆勝手なことを言い合い、わけがわからなくなっている。
 こういう時に断を下すのが総理大臣なのだが、あれほど記者会見でぺらぺら喋るのが好きなアベさんが、どうした訳かこのところ記者会見どころか、全く姿を現さない。「こりゃ何だかおかしいゾ」という声があちこちから湧き上がりつつ、日本列島がぷかぷか漂流し始めた不気味な感じが漂い始めた。
 自民党政権はコロナ蔓延下にも拘わらず「皆さん補助金さし上げますから旅行しましょう」というGo Toキャンペーンなるものを推進している。その一方で、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は5日夕、臨時記者会見を開いて「高齢者への感染につながらないよう(お盆帰省には)注意をお願いします」と、旅行自粛を呼びかけた。すると、それを追い掛けて西村某大臣は記者会見で「お盆休みの帰省に一律自粛を求めるものではない」と、自身が管轄する分科会会長の発言を打ち消す始末である。
 お盆の帰省とは何か。家族一同集まって、両親、おじいちゃんおばあちゃん共々、ご先祖様の霊を慰め、一同の無事を喜び合う祭事である。それを、「年寄りとの接触はできるだけ避けるように」などと言う。それでは何のためのお盆帰省かということになる。そんなことを言うくらいなら、はなから「今年のお盆帰省は止めましょう」と言えばいいのだ。運輸観光業界からいくら貰っているのか知らないが、片方では「GoToキャンペーンは続行」と言う。
 閣僚や政府機関関係者の発言が食い違うという混乱一つとっても、最早、安倍政権は政府の体を成していない。首相が陣頭指揮を執れなくなっていることが原因だとしたら、一刻も早く総辞職すべきであろう。後釜に座ってちゃんとやって行けそうな人物は自民党内にも野党にも見当たらないが、「狂瀾を既倒に廻す」ということもある。一度滅茶苦茶な大混乱状態に落ち込んで、一億二千万人が辛き目に遭って、そこから日本国を立て直す。大げさでは無く、それくらいの覚悟を持って臨むべき時がきたのではないか。 (2020.08.06.)
posted by 水牛 at 00:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする