2017年02月20日

俳句日記  (334)


早春の空豆

 「正チャンの店に空豆が出たんで買ってきた」と、山の神が昨日の夕餉の膳に乗せてくれた。すっきりとした飲み口の櫻正宗の純米酒「江戸一」とまことに良く合う。それにしても二月の空豆とは驚く。高級料亭ならまだしも、さびれた町の小さな八百屋の店頭に並ぶとは。日本農業の進歩発展驚くべきものである。
 もちろんソラマメは夏の季語である。秋にタネを蒔いて、仲春三月半ばから花を咲かせ、ゴールデンウイークの頃に採れ始める。関東地方の露地栽培ではおおむねこうした流れである。莢が空に向かって逆立ちしたように付くので「空豆」とか「天豆」と書く。また、丁度蚕を飼う時期に食べ頃になり、莢の形が蚕に似ているから「蚕豆」という字を当てた。昔はもっぱらこの「蚕豆」という字を用いたが、養蚕が廃れてしまった今では「空豆」と書くようになっている。
 とにかく初夏を告げる豆なのだ。四月半ば頃、まだ十分に大きくならないうちに収穫したものを「はしり空豆」と言う。さっと茹でた小さな豆を皮ごと口に含む。ぷちゅっとはじけて、ちょっと渋味を含んだ爽やかな風味が鼻腔に抜ける。食通、食いしん坊が大喜びした。
 ところが昨夜出て来たのはすっかり大きくふくらんだ立派な空豆であった。もちろん、温室やビニールハウスで作られたものである。しばらく前まではビニールハウス栽培の早出しソラマメなど高くて口に入らなかったのだが、ハウス建設や温度管理などが進化改良され、栽培コストが低下してきたのかも知れない。こうしてソラマメに限らずあらゆる蔬菜が時期はずれに出回るようになった。食いしん坊にとっては有難いのだが、俳句を詠む段になると困ってしまう。「二月下旬の空豆は詠むのが難しいなあ」と首を傾げる。
 「空豆、オバアチャンが好きだったわねえ」と山の神が言う。八年前の三月、まだ走り空豆にも早い時期に白寿で逝った私の母は、殊の外空豆を好んだ。見栄っ張りで気の強い母で、やはり気の強い山の神はかなり我慢して折り合いをつけてくれていた。亡くなる前の年の初夏にも、山の神が「おばあちゃん、初物の空豆ですよ」と出すと、とても喜んで「ああ嬉しいわ、寿命が伸びるわねえ」と言った。「それを聞いて、私の心境は複雑だったわ」と山の神は遠くを見つめる。
 八百屋の正チャンはそんな山の神のフアンで、「お宅の奥さん、オモシロいねえ」と言う。

 早出しの空豆運ぶ春二番
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2017年02月17日

俳句日記 (333)

春一番

 今日は朝から物凄い風だった。春一番である。書斎の窓から下の方に公園の大島桜の巨木が見えるのだが、その大枝がゆさゆさ揺れている。その辺りにいつも遊んでいる鴉や鵯も、恐れをなしたか姿を消している。
 「春一番」というのは日本海を北上する低気圧に吸い寄せられて南側から風速8メートル以上の強い風が吹き込む現象を言う。今日の横浜は20メートルくらいの強風だったのではないか。
 こうした春先の南風は、時に漁船を転覆させる恐ろしい風として、壱岐島(長崎県壱岐市)や能登の漁師などが「はるいちばん」「はるいち」と呼んでいた。それが1950年代に気象用語に取り上げられ、俳句の季語にもなった。
 漁業関係者にとっては仕事が出来ない厄介な風だが、一般庶民には「ああこれで本格的な春がやって来る」と知らせる風である。強い南風が暖かい空気を運んで来るから、気温がいっぺんに上がる。横浜の我が家の庭に吊した寒暖計は、午後二時で20度を指した。まさにバカ陽気である。近くの「せせらぎ緑道」という、小川を暗渠にしてしまった後に出来た遊歩道に植えられている彼岸桜が、慌てて咲き始めた。この桜は早咲きとは言え、例年は3月に入って咲き始めるのだ。二週間も早い。
 春一番のもう一つの困ったことは、杉花粉を運んで来ることである。横浜には房総半島の杉山の花粉が南東風に乗ってどっとやって来る。今年は花粉量が少ないと言われているが、我が鼻腔は敏感で素早くキャッチした。くしゃみ、鼻水、涙の三点セットが律儀におうかがいをたてに来た。これからしばらくはマスクと、ザイザルとかストナリニとかいう錠剤を飲み続けることになる。こうしたアレルギー薬は眠くなり、モーローとした気分になるのが難点だ。
 昼間は花粉症の薬でぼーっとして、夕方からはアルコール作用でぼーっとして来る。すなわちこれからの二ヵ月は昼夜の別無く夢遊状態となる。ひどい年には、この状態がゴールデンウイークまで続く。水牛は睡牛となり酔牛となり、衰牛となって行く。

 春一番花粉を乗せてコンニチハ
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2017年02月11日

俳句日記 (332)


トランプ流

 米国のトランプ新大統領の常識外れな言動が米国内はもとより、全世界に波紋を広げている。米国内でのテロ活動防止や米国民の雇用を確保するために「不法移民を排除」しようと入国拒否の強硬手段を取ったり、米国に有利な貿易の仕組みを作ろうとTPP(環太平洋経済連携協定)から離脱し、個別に二国間貿易協定を結び直す動きに出たり、気に入らない者に対してはツイッターなどネット上で攻撃を浴びせかけるという前代未聞の方式を採る。兎に角、世界第一の大国の元首にはあるまじきことを平気で言ったり、行動したりしている。
 そこへ日本から安倍首相が表敬訪問に出かけた。2月11日(日本時間)には「日米首脳会談」を行ったものの、発表を見る限り目新しいものは「尖閣諸島は日米安保の範囲内」であることを確認しただけ。「力強い同盟関係推進」などと例によって修飾語ばかりが豪勢で、要するに日本はアメリカの言い分を十分に理解しますから、これからもどうぞよろしくと握手しに行っただけである。
 トランプ大統領は就任後、米国内での人気が盛り上がらず、閣僚人事も議会の承認を取り付けるのに難航して一ヵ月たっても全ての顔ぶれが整わない。対外的には中国やヨーロッパ諸国が「お手並み拝見」といった形で、トランプ政権の動きを見守ったままで、自ら動こうとしない。
 そんな中で、自分が大統領選に勝った直後に駆けつけてきた上に、正式就任後、すぐさま表敬に来たアベという男は「ういヤツだ」ということなのだろう、なんといきなりハグ(抱きしめ)したものだ。日本は自動車をはじめ公正な対米貿易を行っていない、為替問題でも円安誘導をしているなどと、事実誤認のひどい攻撃を仕掛けていたことなどおくびにも出さない。それは、ゴルフをやって機嫌良く帰してから、改めて一発見舞おうと考えているのだろう。
 硬軟取り混ぜ、脅したり透かしたりおだてたり、さすがはの者である。ガンッと一発かませて、相手がひるめば付け込む。堂々と受けて反撃して来るような相手なら、一歩下がって有利な落としどころを見つける。
 そういう人間に、相手の好むようなことばかり言っていたのでは、たちまちペット扱いにされてしまう。
 アベちゃん、どうか“トランペット”だけにはならないよう、祈る。

  恋猫の迷ひ込んだる獅子の檻
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2017年02月07日

俳句日記 (331)

バーゲンセール

 二月はどこもかしこも「バーゲンセール」。私の住んでる所の最寄り駅の横浜駅周辺は、横浜が東京のベッドタウンと化した昭和三十年代初め、それまでは駅東側はすぐに海、西側は砂利置き場だったのが続々と商店街が出来、東京のデパートが三つも出店を開いた。今や一日230万人の乗降客や、私のようにふらふら出かけて来る周辺住民でこの駅の西口、東口は平日休日お構いなしの雑踏である。
 明治5年、「汽笛一声新橋を」出た汽車が辿り着いた横浜駅は現在の桜木町駅で、今の横浜駅は東海道線が大阪目がけて走るために1915年(大正4年)に桜木町から1キロほど東に作られた新・横浜駅である。出来た早々から乗降客の激増が続き、改造に次ぐ改造工事で、第二次大戦間のほんの数年を除いて、開業以来100年以上、一日たりとも工事の騒音が途絶えたことのない稀有な駅で、「日本版サグラダファミリア」とも呼ばれている。今日現在も西口の大改造でゴトゴトやっている。
 そんな中で、地下商店街も地上もバーゲンの真っ盛り。「50%オフ」という垂れ幕の隣には「Max70%オフ」のビラ、さらにその隣は「80%オフ」。さらには「またまた値下げしました」などというのもある。これなどは、さすがに「90%オフ」と書いては「ウソでしょ」と言われかねないので、半ばやけっぱちの苦肉のキャッチフレーズなのだろう。
 こういったバーゲンの張り札を賑やかに掲げているのは、婦人服や女性客目当ての化粧品、ファッション小物類の店である。どうも女性はこの「バーゲン」とか「ディスカウント」という言葉を聞くと、居ても立ってもいられなくなるらしい。我が家の山の神も「タカシマヤでバーゲン」などと叫んで押っ取り刀で出かける。こういう時に、もう何を着たって同じだろうが、などと言ったら大変なことになるから、「うむうむ」なんて言いながら送り出す。しばらくすると浮かぬ顔で戻って来る。買う物が無かったというのである。山の神は小さいからSサイズもかなり小ぶりでなくては着られない。しかし婦人服のバーゲンは大抵はMサイズらしい。結局はくやしい思いで、欲しくも無かった野菜の皮むきなんか買って帰って来る。
 面白いのは、ジイサン向けのバーゲンというのが全く無いことである。世の中ジイサンはぐんぐん増えている。バアサンほどではないが、ジイサンの購買意欲や購買力はかなりのものなのではないか。どうしてジイサンを引き付けるようなビラが貼られないのだろう。横浜駅西口の高島屋、ジョイナス、ダイヤモンド地下街を歩きながら考えた。時間は沢山あるし、一日七千歩は歩けなんて言われているから東口にも行って、そごうやポルタなどというのもほっつき歩く。しかし「ジイサン」に焦点を絞った店は皆無であった。
 歩きながら悟った。ジイサンほど扱いにくい生物は無いということを。バアサンは、なれの果てとは言ってもまだ昔日のミーハー気分を引きずっていて、バーゲンと聞けば駆けつける可愛らしさを残している。しかし、ジイサンは違う。百人いれば百種類である。それぞれが屈折した思いを抱えており、己の好みを頑なに守る。「世が世なら俺は」なぞと、あり得ない事をいつまでも夢想している。気に入らぬことがあれば闇雲に怒り出すし、それならばお望みのものは何ですかと聞かれても咄嗟には答えられないのだ。
 然るが故にジイサンは常に孤独である。孤独な人間を引き付けるマーケティングほど効率の悪いものはない。というわけで、ジイサン向けのバーゲンセールは皆無なのである。
  縮む背を叩き伸ばして梅日和
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2017年02月04日

俳句日記 (330)


 節分

 「節分」とは季節を分ける日のことで、立春、立夏、立秋、立冬の前日はみんな節分なのだが、今では立春の前の日だけのようになっている。この日までが冬、翌日から春という印象が強いので、二月三日の節分だけが言い囃されるようになったのだろう。
 しかし、それもだんだん人の口の端に上らなくなっているようだ。若い人たちに言うと、「セツブン?ああ成田山なんかでやってる豆撒きか」なんて言う。
 そう言えば近ごろは豆撒きをする家がほとんど無くなってしまった。昔は二月三日の夕方になると、向こう三軒両隣、お父さんが張り切って、「鬼は外ォ、福はァうちィー」と大声で囃しながら豆を撒いたものだった。それが聞こえなくなってしまったのはいつ頃からだろうか。バブル景気に浮かれ始めた1990年代あたりから、そんな古臭い風習を馬鹿にする気風が漂うようになった気がする。
 それを我が家はいまだにやっている。と言っても、私が一人で頑張っているだけなのだが。山の神は「ご近所が驚くから止めて頂戴。恥ずかしいったらありゃしない」と言う。「何が恥ずかしい。こういう良き伝統は絶やしてはいけないんだ」。息子は局外中立が賢明と、部屋から出て来ない。
 「それじゃね、庭の方でそっとやってね」
 仕方が無い。庭に向かって「鬼は外」と音量を抑えて豆を撒いたら、居付き猫のキタコが度肝を抜かれたような顔つきで小屋から飛び出し、夕闇の彼方に消えて行った。

  豆撒くもそっと声出し二三粒
posted by 水牛 at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする