2017年03月27日

俳句日記 (336)


 あっぱれ新横綱

 何が驚いたかと云って、千秋楽の新横綱稀勢の里の逆転優勝には本当にびっくりした。左肩を痛めてほとんど動かせない状態で取った十四日目の鶴竜戦を見て、ああ何たること、休めば良いものを、これで力士生命を縮めてしまうのではないかと思った。千秋楽は勢いに乗っている怪力照ノ富士である。壊されてしまう。休んだって誰も咎めはしない。休め、休めと呟いていたら、何と出て来た。これは救いようのないバカだと思った。
 照ノ富士は絶対に優勝するのだと真剣になっている。それが証拠に、10番勝って大関返り咲きをねらう琴奨菊との十四日目での一番で見せた勝負根性である。琴奨菊が一か八か、がむしゃらに突っ込んで来ることはシロウトにも分かっていた。琴奨菊のぶちかましとそれに続く突進力は並大抵ではない。これに勝とうと思えば変化するのは至極当然。照ノ富士としては、観客のブーイングはこたえただろうが、優秀するにはしょうがないと割り切っていた。それが勝負後の当たり前では無いかというコメントにも現れていた。
 そういう照ノ富士との対戦である。もう、左肩の使えない稀勢の里の負けは当然と思えた。
 千秋楽の土俵に上がった稀勢の里をテレビ画面で見て、おやと思った。実にすがすがしい表情なのだ。あの、神経病みの顔つきではない。「ああ、これは新横綱として15日間務められれば可としようと考えているんだな」と思った。ところがさに非ず、本人は勝つつもりだったのだ。この夜10時のNHK番組に出演して語った所では、「(左肩は全然使えないが)下半身は元気だから、動き回れば」勝機がつかめると考えていたのだという。その通り、普段の立合いでは滅多に変化しない男が左に動いた。照ノ富士もびっくりしただろう。上手を取って寄って出たが突き落とされた。勝った稀勢の里も「あら勝てちゃった」という風情で、片手をちょっと挙げた。
 これで十三勝二敗の相星となり、優勝決定戦。この時の土俵上の両者の感じは明らかに違った。稀勢の里は言ってみれば安心立命、照ノ富士には焦っている様子がありありと見て取れた。立ち上がるや照ノ富士がもろ差し、もうこれで決まったようなものである。本人もそう思ったのだろう、ぐいぐい寄った。ああこれはしょうがない、と思った途端の小手投げ。圧力を掛けていただけに照ノ富士の落ちるのが早かった。
 本割り、決定戦とも、照ノ富士の方が仕掛け、相撲としては照ノ富士のものだった。しかし、勝負は稀勢の里のものとなった。以前の稀勢の里では到底考えられないような勝ち方であった。こういう場面ではことごとく負けていたのが稀勢の里であったのだ。
 負けを覚悟していたから勝ちを拾えたのだろうか。それとも、横綱という地位を得たことで、これまでの自信の無さ、ふわふわしていた気持がどっしり落ち着いたからだろうか。
 私は1月26日付けの本欄で、「大甘の採点で横綱にしてもらった稀勢の里は、吉葉山の二の舞になるのではないか」と書いた。それが見事に覆された。稀勢の里には「失礼しました」と謝る。今場所痛めた左肩をしっかり治して、夏場所また優勝して欲しい。

 春場所を盛り上げにけり手負い獅子
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2017年03月09日

俳句にならない日記 (2)


捨てばち国家を目の前にして(下)

 北朝鮮は情報を外に漏らそうとしないから、どのような状況になっているのかほとんど分からない。しかし、断片的に伝わって来る情報をつなぎ合わせただけでも、既に国家としての体を為していないように思える。日本貿易振興機構(JETRO)の資料によれば、北朝鮮の国家予算(歳入ベース)は2015年で米ドル換算ざっと7千5百万ドルだという。同年度の日本の予算はざっと96兆円、ドル換算8050億ドル見当だから、なんと北朝鮮の国家予算は日本の一万分の一以下である。いくらなんでもこの数字は低すぎると思うのだが、とにかく国力が異常に疲弊していることは確かなようで、中国の援助が無ければ到底やっていけないだろう。
 そういう国が、一発3億円とも5億円とも言われる短距離弾道弾スカッドや、10億円以上もする中距離弾道弾ノドンやムスダンを次々に発射し、果ては一発で数百億円と言われる長距離弾道弾テポドンまで打ち上げようとしている。餓死者が続々と生まれている中で、こうしたことを強行しているのだ。
 しかし実は私たち日本人も昭和の初めまではそういう愚かなことをやっていたのである。米英はじめ世界の主立った国が日本の行き方を認めないことに苛立った当時の為政者は、無謀にもほとんど全世界を敵に回しての戦争を起こした。今の北朝鮮は、昭和16年(1941年)から昭和20年までの日本と同じような状態なのではなかろうか。国民には実情を一切知らせず、自国は躍進を続けているという宣伝のみである。
 国民学校一年生だった水牛少年は日の丸の鉢巻きを締め、脚にはゲートルを巻き、竹槍を握って「一億一心火の玉だ」と叫んで、藁人形を突き刺した。本気になってそういうことをやっていた。大人は勿論、総動員体制、もう兵役年齢からはずれた四〇代まで戦場に駆り出された。中学生になれば学徒動員で工場で働かされた。こうしたことに不満を洩らせば危険思想の持ち主としてすぐにしょっぴかれた。
 こういう時代に俳句を詠むのはとても難しい。ちょっとでも戦争の悲惨さや苦衷を詠むと、すぐに特高警察が調べる。昭和15年には俳句結社「京大俳句」で活躍していた平畑静塔、石橋辰之助、渡辺白泉、三谷昭、西東三鬼といった俳人たちが治安維持法違反で逮捕された。その後も弾圧は続き、ごく普通の俳人が次々に槍玉に上げられた。あとは体制に従って「戦意昂揚俳句」を作る人たちだけが生きて行ける状況になった。詩も短歌も小説も、文学は全て国威発揚、戦時意識の涵養に役立つ物でなければいけないということになった。
 北朝鮮の一般国民は今、そういう生活を強いられているのだろう。しかし、それが正しいと信じ込まされてしまうと、それを辛いとも思わず、むしろ率先してやろうとするのだ。こういう意識に凝り固まった集団は物凄いエネルギーを発揮する。傍から見ればこれはまさに狂信集団の自暴自棄行為である。ほんとに何をするか分からない。
 日本がもうほとんど戦闘能力をはがれてしまった昭和19年から20年、軍部は依然として「勝ち続けている」と言い張り、「最終兵器」の一つとして「風船爆弾」を考え出した。日本特産の和紙をコンニャク糊で貼り合わせ、巨大な紙風船をこしらえてそれに爆弾を仕掛け、茨城県、千葉県の海岸から打ち上げ、偏西風に乗せてアメリカに飛ばしたのである。両国国技館、浅草国際劇場など、都内の大きな建物に集められた女学生がせっせとこれを作った。ほとんどは途中でしぼんで太平洋に落ちたり海上で撃ち落とされたのだが、何発かは米大陸に到達、ピクニックの小学生の一団と引率女教師が木に引っ掛かった巨大風船に興味を抱いて近づいたところ爆弾が爆発し犠牲になった。また、原爆開発工場の近くの電線に引っ掛かって停電が発生、為に原爆完成を一週間遅らせたという「戦果」を挙げた。
 今回の北朝鮮ミサイルは風船爆弾とは比較にならない威力だ。「在日米軍をやっつける」のが目的ということだが、これに核弾頭を付けて横田基地や厚木基地目がけてぶっ放すことすらやりかねない。目標がちょっとずれたら都心直撃。被害はヒロシマ・ナガサキどころではない。実に恐ろしいことだが、さりとて、この恐怖を材料に日本を昔のような軍国国家にしようとするのは困る。
 この捨てばち国家を押さえ込むのは難事で、日本独力ではとても無理である。米国の後ろ盾があっても危うい。どうしても諸外国こぞっての「押さえ込み」が必要だ。直接的には中国の手を借りねばならない。さらにロシアも大きな力になる。そうするには日本の外交能力を高めなければならない。今の外務省はとても頼りなく見える。それをしゃんとさせるには、それこそ「国民の声」が物を言う。
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2017年03月08日

俳句にならない日記 (1)


捨てばち国家を目の前にして(上)

 北朝鮮が3月7日朝、秋田県男鹿半島西方三百数十kmの日本海に弾道弾ミサイル四発を打ち込んだ。日本の排他的経済水域内であるから、これは挑発行為と言ってもこれまでのよりぐんと踏み込んだ激烈なもので、宣戦布告一歩手前と言っても過言では無い危険な行為である。明治後半から昭和始めの軍国主義日本であれば、すぐさまこちらからもぶっ放すことになったであろう。
 まあ、今のところ日本国民には戦意は全く無いから、すぐにドンパチ始まる心配は無い。今日あたり、東京や横浜の盛り場を歩いている人たちの顔には緊張のかけらも無い、間延びしたものであった。まことに結構な事だが、一衣帯水の地にこうした狂犬のような集団が牛耳る国があるということを日本国民全体がもう少し気にした方がいいのではないかと思う。そういう難しいことは政治家や役人が考えてくれる、などと呑気に構えていると、日本という国がとんでもない方向に向かって行く恐れがある。
 いわゆる「右寄り」の人たちの中には、「なんで無法行為を好きなようにやらせておくのだ」という不満が湧き上がっている。北朝鮮とは関係が無いが、尖閣諸島付近への中国艦船や軍用機の不法侵入、韓国軍による竹島の不法占拠、ロシアによる北方四島の不法領有などについても国民は強い不満を抱いている。その上に北朝鮮による拉致日本人の帰還問題の店ざらしと、相次ぐミサイル打ち込みである。
 こういう面白くないことが度重なると、「こんなことが起こるのは日本が正式な軍隊を持たないからだ」「占領軍に押し付けられた憲法で交戦権を放棄させられているからだ」という考えが頭をもたげて来る。いや、既にかなりまとまった声になっている。
 それでは、憲法を改正し、堂々と「戦争が出来る国」にして、徴兵制度を整え、戦力を増強する──そうすると、どういうことになるのだろうか。
 まず中国が反応する。今でも中国は日本をアメリカの衛星国家、アメリカ防衛の盾と見なしているのだが、それをさらに進めて日本そのものを仮想敵国として“重視”するようになり、対日攻撃網を整備するだろう。そうなると、それに呼応して我が防衛省は対中攻撃・防御策を積み増す。そういう日本にはロシアも警戒心を高め、北方四島の返還などは初めから無かったような姿勢になることは間違いない。北朝鮮は勿論、臨戦態勢になる。そして韓国も対日警戒心をつのらせる。「日韓併合」の悪夢を思い出すのだ。
 こうなると国防予算(軍備拡張費)は雪だるまのようにふくれあがる。中国の軍事予算はこれだけ増大している、ロシアも韓国も増大しているということになればもう時の勢いで、わが国も負けてはいられないという国民感情が盛り上がる。その時にはもう引き返せない。行き着く果ては戦争である。この流れは歴史が証明している。
 そういう時代には到底俳句など詠んでいられない。たちまち「非国民」と呼ばれ、若ければ一兵卒として最前線に送られ、年寄りなら軍需工場の強制労働、あるいは死ねとばかりの強制収容所送りとなる。今の北朝鮮と同じ状況であり、70数年前の日本の状況が再現される。(続く)
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2017年03月01日

俳句日記  (335)


ギックリ腰

 久しく発生せず、半ば忘れかけていたのだが、今朝、ギックリ腰に襲われた。今日は頼まれていた本の編集・出版の打ち合わせのために、内幸町のプレスセンターに行く約束があった。それで、寝坊にしては少し早起きし、乾布摩擦、フクラハギのマッサージ、足裏揉みといつものメニューをこなした。身支度して、ベッドの掛布団を直そうと不安定な姿勢で手を伸ばし引っ張った途端に、ギクッとなった。激痛が走った。久しぶりに味わう、息の詰まる痛さであった。
 しばらくは床にうつ伏せになり、呻いた後、なんとか起き上がって、山の神を呼んで膏薬を貼ってもらい、そろそろと腰痛ベルトをした。痛みは相変わらずだが、なんとか壁を伝いながら歩ける。書斎の薬箱からロキソニンを出して吞む。じいっと腰掛けているうちに、少し楽になってきた。約束の時間は11時、もうそろそろ10時だ。今から「ゴメンナサイ」と電話しても、相手は四、五人いるし、大方は出かけてしまっているだろう。しょうがない。勇猛心を奮い起こして出かけた。
 世の中、どうしてこう階段だらけなのか。いつもはさして気に止めない階段が、これほど恐ろしいものとは。手摺に体重をかけながら、一段ずつ降りたり上ったり、市営地下鉄、京急、都営地下鉄と乗り継いで、大幅に遅刻してたどりついた。まあ皆さん良い人たちで怒りもせず、逆に大いに慰められ、よく来てくれましたと褒めてもらった。幸いにも今回の発作は軽い方で、鎮痛剤も効いてきて、用談は滞りなく済ませることができた。
 今は三回目の鎮痛剤が効き目を著しており、椅子に座っている分には、少々痛む程度で済んでいる(ので、こういう駄文が書ける)。
 原因は分かっている。正月以来、吞んでは食べてを繰り返し、腹が出っ張りすぎたことである。もともと大して丈夫ではない腰骨、背骨が悲鳴を上げているのだ。にも拘わらず、吟行だ梅見だと出かけては、終わる度に一杯。この連続だったのだ。

  重き腰梅に誘はれ八千歩
  春寒し大石段に大吐息
posted by 水牛 at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする