2017年06月27日

俳句日記  (345)


きゅうり

 すごく蒸し暑い。気温は正午で26℃だが、朝方まで降っていたから湿度が高いのだろう。しかし、胡瓜、茄子、トマトは大喜びでぐんぐん伸びる。こぼれ種から自然に生えてきたカボチャも勢い良く蔓を伸ばし、胡瓜棚に這い上がって来た。既にビー玉ほどの丸い実をつけた雌花が出ている。明け方から早朝にかけてこの雌花が花開いている時に、雄花の花粉をくっつけると受精して一人前の実に育つのだが、何しろそんな時間帯は白河夜船だから、水牛菜園のカボチャはいたずらに伸びるばかりで、一向に実らない。奇特な虫が運んだ花粉で実ることがあるが、そういう幸運は滅多に起こらず、毎年、立派な実になれるのは一個か二個である。
 それに対して胡瓜は放っておいても勝手に受粉して勝手に実る。今年は多産系のトゲ無し品種フリーダムを2本、伝統的品種のヨシナリ1本と、病害虫に強いという触れ込みの「夏バテ知らず」という新品種を1本の合計4本をゴールデンウイークに植えた。三週間たった5月25日に早くもフリーダムが2本穫れた。蔓がひょろりと1.5mほど支柱に縋っている状態で、なんだか痛々しい感じである。
 しかしそれからが凄い。蔓の脇から子蔓を出し、子蔓から孫蔓が生え、高さ一間の竿竹に張った幅1.5間・奥行2間のネット棚に絡みつきながらぐんぐん伸びる。ちょっと遅れて「夏バテ知らず」と「よしなり」も茂り出し、実をつけ始めた。
 6月に入ると毎日毎日採れるようになった。少ない日でも7,8本、多い日には23本ということもある。キリギリスではあるまいし、そうそう胡瓜ばかり食ってはいられない。隣近所や馴染みの酒屋のカミサンにも持って行く。それでも3,4日たつと胡瓜の山が出来る。昨日、ついにホーローの桶を引っ張り出して、50本ほど塩漬けにした。

  胡瓜もぐ夏バテ知らずといふ新種
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2017年06月17日

俳句日記 (344)

ステテコ

 若い頃からステテコを愛用している。夏はことにいい。パンツ一枚でズボンをはくと腿や膝が汗ばんでべたつき、足捌きが悪くなる。純綿のステテコが一枚噛むことで、ズボンが直に肌にくっつかず、足首から太腿まで煙突状の空間が生じる。これで空気が通いやすくなるから気持がいいのだと、勝手に解釈している。
 しかし猛暑に遠出したり畑仕事をやると、さしものステテコも汗でぐっしょり濡れ、膝や太腿のところで肌に張りつく。そういう時に、何かの拍子で身体を捻ると、ステテコがびりっと裂ける。汗掻いては洗濯を繰り返し、ステテコは酷使されっぱなしだから、劣化が意外に早いのだ。
 「あらもう切っちゃったの」
 「切っちゃったんじゃない、切れちゃったんだ」
 そんなのどっちだって同じでしょという顔をして、山の神は東急ストアに買いに行く。買って来てはくれたが、ちょっと憮然としている。
 「下着売場の女性店員にステテコ頂戴って言ったら、通じないのよ」
 「へぇー、おかしいねえ」
 「その子、そばの男性店員に聞いてこっちを振り向いて、ああ、長ズボン下ですね、なんて言うの。それでね、男の店員が昔はステテコって言ったんだよって教えているの。だから、そうよ私はオバアサンですからねって言ってやったの」
 そうか、ステテコはついに死語になってしまったのか。飄逸なステテコという名前は中々いいのに、どうして使われなくなってしまったのだろう。
 明治初年、落語家の初代三遊亭円遊がだぶだぶの下ばきで高座に上がり、滑稽な踊りで喝采を博した。初代円遊は大きな鼻の持主で「鼻の円遊」とも言われていたそうだ。そこで、踊りながら嫌なものを振り捨てるような仕草で、看板の鼻をもぎ捨てるふりをした。この所作がおかしくて大いに受けた。そこから「捨ててこ、捨ててこ」という言葉が生まれ、珍妙な長下ばきをステテコと言うようになったと言われている。とにかく、ステテコの語源は円遊にあることは確かなようで、それほど下品と言うわけではないし、差別用語でもない。わざわざ「長ズボン下」などとバカらしい言い換えをしなくても良さそうなものだ。
 ステテコは昭和に入る頃には日本男児の下ばきの定番になっていた。戦後も大いに流行り、「柴又の寅さん」がダボシャツとステテコ姿で人気を呼び、下町のオジサン、兄さん達の夏場の普段着でもあった。赤塚不二夫の人気ギャグ漫画「天才バガボン」のパパもこの恰好である。寅さんやバガボンのパパ、そして下町のオジサンたちのユニフォームともなったが故に、若者世代から「ダサイ」とそっぽを向かれたのであろう。一時、ステテコは全く売れなくなってしまった。
 それが近ごろは人気を取り戻し、若者向けに柄モノのステテコや、女性用まで出来ているという。それら“新種ステテコ”には「リラコ」とか「女子テコ」とかメーカーごとにいろいろな名前が付けられているらしい。若い女子店員が分からなくなってしまうのも無理からぬ状況になっているのだ。
 しかし、こうした小なりといえども日本文化の端っこを担っている「ステテコ」という名前は大事にしてほしいと思う。何しろ俳句では「すててこ」は立派に夏の季語として立てられているのだ。
  すててこが回覧板を持って来る
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2017年06月01日

俳句日記 (343)


傘寿

 六月一日、満八〇歳になった。山の神と寝太郎が上等の鰻で祝ってくれた。新聞記者という稼業を始めて以来六〇代初めまで、無茶苦茶な暮らしを続けた。とは言え、仕事ばかりしてきたわけではない。そんな偉そうなことはとても言えない。大半の時間はぐたぐたと遊び惚けて飲んだくれての放蕩である。夜更かし朝寝坊が癖になってしまった。
 たまに真剣に働かねばならぬ場面にも遭遇する。もとよりここを先途と駆けずり回り、まあまあそれなりの働きを示す。すると覿面、鈍った身体が言う事を聞かず、心臓が早鐘のように鳴り、ぶっ倒れてしまったことも再三であった。
 それやこれやで、五〇歳になった時には心底、「七〇歳まで生きられるかなあ」と思った。それがなんと、いつの間にか、それを10年も超えてしまったのだ。我ながら驚いてしまう。
 そうなると図々しいというか、甘えと言うのか、急に死にたくなくなって、「あと10年は」なんて考え始める。これほど好きな物を好きなだけ食べて、大酒を吞んで「九〇歳まで」なんて言うのは欲ばり過ぎであろう。閻魔様が赤い顔をなおさら赤くして眼を剥いているような気がする。
 だから、これからはもう少し控え目に、一年ずつ生きていこうと思う。そう言いながら、今日は殊の外物思うことが多くて、いつの間にか四合吞んでしまった。
  八〇歳回り灯籠めくるめく
posted by 水牛 at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする