2017年07月21日

俳句日記 (350)


死人と2ヵ月同居?

 普段は眠ったようなわがガーデン下・松本通り商店街に衝撃が走った。マンションの一室で60代の男性が一部白骨化腐乱死体で発見され、一緒に住んでいた妻と娘二人が死体遺棄容疑で逮捕されるという忌まわしい事件が起こったからである。
 東急東横線反町駅から西へ三ツ沢下町まで通じる長さ1kmほどの、神奈川宿から保土ケ谷宿に至る旧東海道の脇往還だった狭い商店街。歩いても20分ばかり、東横線や市営地下鉄に乗れば2分で横浜駅周辺繁華街に行けるので、近ごろは買い物客をそちらに奪われ、頑張っていた商店が次々に店仕舞い、スーパーも潰れてしまい、後はシャッターが下りての仕舞屋か、それを壊して作った4,5階建ての小型マンション。開いているのは、デイケアセンター、マッサージ屋、保育園、美容室という異様な姿の町になってしまった。
 お盆の15日夜、商店街のほぼ中間にあるマンションで、住民から「異臭がする」との通報を受けた神奈川警察署員が問題の一室を家宅捜索して死体を発見、そこに住んでいた死体の妻とみられる山内真理子(60)、長女桂(34)、次女優香(29)を「死体遺棄容疑」で逮捕した。パトカーが来て非常線を張る、現場検証の警察鑑識係、近所を聞き込みに当たる刑事、新聞、TVの取材班を乗せた車が押し寄せ、さびれた商店街が翌日は日曜日にもかかわらず一日中大騒ぎになった。
 そんなこととはつゆ知らず、散歩がてらぼやーっと歩いていたら、いつも酒を買うニイクラ酒店のお上さんに「大変々々」と呼び止められ、事件のいきさつを聞かされた。幼馴染みの主人も出て来て、「お向かいで殺人事件があるなんて、魂消ましたよ」と言う。事件の起こったマンションは確かに目の前である。昔クリーニング屋をやっていた中学時代の同期生ムロモト君が身体を弱くして店を畳んで建てたマンションだ。
 「刑事さんがね、男の人や女の人の写真を見せながら、どんな人だった、とか聞くんですよ。でもねえ、ああいうマンションの人たちはウチのお客さんじゃないし、見たこともないんで答えようがありませんよね」。カミサンはよく冷えたトマトジュースの缶を開けてくれながら、まあ聞いてちょうだいという素振りで店の奥の上がり框に座布団を敷いた。
 その後、新聞の社会面やTVニュースを見たが、どうも要領を得ない。細君の真理子容疑者が昨年10月に神奈川警察に「退職した亭主が退職金を隠してしまい、家庭内トラブルになっている」と訴え、署員が事情を聞きに訪問したところ、亭主が「娘二人に羽交い締めにされ、妻が殴る」と訴えた。しかし11月には亭主の方が、金を渡したら妻や娘が暴力を振るうこともなくなり、もう大丈夫ですと言うので、一件落着とみなしたようだ。しかし問題は万事解決というわけではなかったらしく、ついに「異臭通報・死体発見」ということになった。
 不思議なのは3DKのマンションの一室に死体がありながら、妻と娘二人が住み続けていたことだ。警察の調べに対して妻は「亭主は一ヵ月ほど前に出て行ったきり。そんな死体は知らない」と言い張っているという。
 こんな事件は世の中にごまんとあるから、早くも忘れ去られている。昨日、横浜版に出たベタ記事によると、夫とみられる男性の遺棄死体を解剖した結果、「5月から6月にかけて死亡したと見られるが、目立った外傷はなく、死因は現在のところ判明せず」ということである。
 となると、この男性は妻と二人の娘の目の前で何らかの原因で自然死し、妻子三人は死亡届も出さず弔いもせず、遺骸と共に2ヵ月、3DKの狭い空間で暮らしてきたことになる。身の毛がよだつような話ではないか。
  下町は怪談噺に梅雨明くる
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2017年07月17日

俳句日記 (349)


熱中症ネコ
 「窓ネコ」のTVコマーシャルがあるように、猫は窓から外を眺めるのが好きなようだ。私の書斎を自分のものだと決めているチビ(牝12歳)も、姿が見えないなと思うと、必ずカーテンの蔭の出窓に座って、外を眺めている。
 書斎は家の南西角にある。南には庭に面した一間の窓があり、西には出窓がある。ここからは外の5,6m離れた所の公道(大きな石段の踊場)が見下ろせる。チビはそこを通る人たちをじっと見つめている。公道と言っても住宅街の脇道だから、付近の住民や郵便・新聞配達、宅配便の兄さんが通るだけだ。大概の通行人は出窓などに目もくれないが、小学生やお母さんに手を引かれた三,四歳の女の子などは猫が座っているのを目ざとく見つけ、通るたびに立ち止まっては声を掛ける。大きな声で呼びかけているようだが、ぱくぱく口を開けているのが見えるだけで、チビはほとんど関心を示さない。やがて狛犬のような正座を崩すと、べたっと横になったり、丸くなったりしてぐうぐう寝てしまう。前面は分厚いガラス、後ろはカーテンを隔てて、私がどっかと座ってパソコンを叩いている。チビにとっては絶対安全な場所なのだ。
 今年の関東地方は梅雨にほとんど雨が降らない。九州や東北、北海道、そして名古屋近辺では豪雨禍が盛んに言われているのに、横浜の我が家は雨不足で胡瓜、茄子、トマトが下葉を黄色くする始末なのだ。気温はぐんぐん上がり、南斜面に建つ我が家は本日七月十七日午後三時、ついに34℃になった。
 と、がさごその音と共にチビが出窓から這い出して来て、プリンターを載せてあるテーブルにどさっと腹ばいに倒れ込んだまま動かなくなった。
 「どうした」と言いながら背中を撫でてやると、薄目をあけてこちらをぼんやり眺める。腹が波打っている。暑さ当たりしてしまったらしい。
 出窓は今や西日を真っ正面から受けている。書斎の中はもちろんエアコンを付けっぱなしで25℃だが、出窓は分厚いカーテンに遮られているから冷風が行き届かない。恐らく温室効果で40℃近くなっているのだろう。そこに寝そべっていたから、このところよく新聞種になる密閉家屋の中で熱中症のために命を失う孤独老人と同じようになってしまったに違いない。
 「お前はバカだ。それでも猫か」と叱る。五分ほどさすってやったら、ミャアと啼いて立ち上がった。ぶるぶると武者震いして床にとんと降り立ち、水をぺちゃぺちゃと一分間も飲み続けた。そうしてから身体全体を入念に舐め回した。考えるに、身体全体に唾をつけて、その蒸散作用で体温を下げているのではないか。犬や猫には皮膚に汗腺が無くて、人間のように汗をかいて体温を下げることが出来ないということを聞いたことがある。しょうがないから犬は暑くなると大きな舌を出してハアハアやる。猫は舌を出したって大した面積ではないから、こうして水分を身体中になすり、その気化熱で体温低下を図るのではないかと、勝手な解釈を下した。とにかく、ひとしきりそうやっていたチビは、御礼のそぶりも見せずに居間の方に行った。
 それにしてもチビはもともとは野良猫の子で、我が家の庭に居付いたキタコというバアサン猫にくっついて紛れ込んで来たのである。飼犬の玄太になついて、その娘のような顔をして玄太の小屋でひっついて暮らしていた。玄太が5年前に老衰で死ぬと、どういうわけか我が書斎に入り込み、家猫になってしまった。キタコ同様、我が家に居付いた早々に捕獲して獣医に連れて行き、避妊手術を施し、毎日餌を与えて来た。だから家猫とは言っても、大人になるまでは外で暮らしていたわけで、冬の寒さ、夏の暑さは十分知っているはずなのだ。
 それなのに、今ではすっかりお上品に、毎朝餌を貰いに来る育ての母のキタコを窓越しに見下したように見つめ、エアコンの効いた室内に悠然と寝そべっている。そうして今日みたいに、酷暑の出窓で居眠りして熱中症にかかってしまう。過保護なれば猫も熱中症に陥るのだなあと思う。
  梅雨明けの遅きを猫に愚痴りをり
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2017年07月15日

俳句日記 (348)


やっぱり
 悪い予感が当たった。はちゃめちゃの名古屋場所は、五日目に横綱鶴竜と前頭の人気力士遠藤が休場、六日目には横綱稀勢の里と大関照ノ富士が休場である。四横綱三大関という豪華絢爛な番付が、早くも前半で二横綱一大関が姿を消してしまった。
 鶴竜はもともと横綱になる器では無かったと思っている。名大関として名を残した方がよっぽど良かった。稀勢の里も横綱になりたくてついに成れなかった不運なヒーローという方が似合っていたように思う。この二人はなまじっか最高位になってしまったが故の哀しみを背負った。
 稀勢の里については1月26日付けの本欄で、「大甘の採点で横綱にしてもらって、吉葉山の二の舞にならなければいいが」と書いた。ところが三月場所で稀勢の里は左肩を痛めながら、大関照ノ富士を相手に本割り、優勝決定戦と二番続けて奇跡的な勝利を収め、あっぱれ新横綱優勝を果たした。私は呆気にとられて、自らの不明を羞じ、3月27日付けで「失礼しました」と書いた。痛めた傷をしっかり治せば横綱として堂々やれるだろうとも思った。
 それなのに、直らないまま名古屋場所に出場したのが大失敗だった。場所直前の稽古を見ても、ダメなことは素人目にも分かった。たとえ休場しても、3月場所のあの悲壮な優勝シーンは誰の目にも焼きついており、むしろ「ああ、十分に養生しなさい」という声の方が多かったに違いない。どんなしがらみがあったのか分からないが、出場した。結果は初日のあの不様な敗戦である。その後もよたよたばたばた、勝ちを拾った取り組みも実態はお粗末なものであった。その挙げ句が「とても相撲が取れる状態ではない」と泣き言を述べての休場である。
 気になるのは、今場所の稀勢の里が制限時間一杯になった時に泣き笑いのような表情を見せたことである。昔、ぼろぼろ負ける大関時代によく見せていた自信喪失の表情で、今年初場所、三月場所では一度も浮かべなかった。これが再三現れたのがとても気になる。
 大相撲フアン歓呼の声に担がれて横綱になりながら怪我や病気でついに一度も優勝出来ずに去った吉葉山。その二の舞にならないためには、「傷が治るまでは二場所連続休場も」という覚悟を決めるべきであろう。
 夕立のめちゃくちゃ荒れて名古屋場所
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2017年07月11日

俳句日記 (347)

酷暑場所
 大相撲七月場所が始まった。期待の新大関高安と先場所左肩の負傷悪化で途中休場したホヤホヤ横綱稀勢の里が、初日早々、不様な負け方をした。そればかりか大関照ノ富士、豪栄道、横綱日馬富士が相次いで敗れ、横綱大関陣7人のうちで白星発進は横綱白鵬と鶴竜のみという、めちゃくちゃなスタートになった。二日目は稀勢の里、高安は勝ったものの、日馬富士、豪栄道、照ノ富士と一横綱二大関が連敗、そして今日三日目は稀勢の里がまたまた破れ、連勝の横綱鶴竜まで負けるという始末。「荒れる名古屋場所」とは言われてきたものの、こんなひどいことは未だかつて無かった。
 何と言っても場所数が多すぎるのだ。特に猛暑の中の名古屋場所は力士にとって苛酷である。稀勢の里にしても大関照ノ富士や豪栄道にしても、怪我を直す間もなく次の本場所が来てしまう。無理を押して出るから、折角治りかけていたものをまた悪くしてしまう。
 名古屋が本場所に格上げされて年六場所制になったのは昭和33年(1958)であり、それから既に60年もたっているのだから、今更「場所数が多すぎる」などと言い出すのは変だと言われるかも知れない。しかし、その弊害がここ数年ことに目立つようになってきたから、あえて言うのである。最近の力士に怪我が目立つのは、大型力士が多くなったことと、「ガチンコ相撲」が徹底されるようになったためである。
 大型力士が多くなったのは言うまでも無く日本人の食生活の形態が変わったためである。脂肪分の多い栄養価の高い食物が氾濫し、体重が増えやすい生活を送っている力士には肥りやすい環境になっている。稽古量を増やしてそれを燃焼せよと言っても限度があろう。力士に節食を勧めるのは無理な話である。
 「ガチンコ」とは相撲社会の隠語で「真剣勝負」という意味である。「大相撲で真剣勝負は当たり前でしょう」と言われるかも知れないが、実は10数年前まではそうとは言い切れない状態だった。馴れ合い勝負を言う「八百長」という言葉も相撲社会から出たものだが、昔の相撲には八百長がつきものだったと言っても過言ではない。もちろん全ての取組みが八百長などということは無い。十中八九は真剣勝負である。
 しかし相撲社会という狭いムラの中では、情実が左右することが往々にしてある。千秋楽に7勝7敗の力士を相手にする9勝5敗の力士が、10勝すれば小結になれるという場合はいざ知らず、無理に勝とうとはしない。あるいはここで自分が勝ってしまうと相手は十両に落ちてしまうことが明かだとすれば、どうしたって力が入らなくなる。こういうのを「片八百長」と言う。情けは人の為ならず。自分がそうなった場合に、さりげなくお返しを受ける。
 横綱大関クラスの大幹部ともなれば悪くても毎場所10勝以上はしていないと格好がつかない。番付発表が行われると、本場所での取組み相手15人が大体分かる。稽古の様子や自分の体調などから、安心出来る相手と気をつけなければいけない相手が色分けできる。そして、そのカギとなる二、三人の力士への“対策”をあれこれ考えるわけだ。
 日ごろ一門の力士連中を呼び集めて飲み歩いたり、いろいろなイベントに一緒して気脈を通じている。一門外の有望力士は、子飼いの弟子などを通じて地方巡業の折などに遊びに連れて行く。有力なタニマチにも引き合わせる。こうして普段から面倒を見て貰っている横綱大関が窮地に立った時、どうしたって勝ちにくい。良きにつけ悪しきにつけ、大相撲というムラ社会にはそういう空気がある。観客の方もそうしたことは十二分に解っていて、調子がもう一つの横綱が若手有望力士を鮮やかに投げつけると「ああ横綱の上手投げはやっぱりすごい」などと喝采を送る。
 これが「古き良き時代の大相撲」であった。それは、相撲がスポーツ競技であると同時に、様式美を重んじる神事芸能の要素を持っていることを、取る側も見る側も自然に理解していたから成り立つ「阿吽の呼吸」であった。
 ところが、そういう理解の行き届かない外部の半可通の“有識者”が、小賢しく相撲の世界に「改革」意識を持ち込んだ。まあ力士村にも賭博事件や暴力事件を起こしたり、八百長を仲介する変な力士が現れたりと脇の甘いところが多々あった。それで、「無気力相撲への罰則強化」「立ち会いの厳正化」とかうるさいことをあれこれ言い始めた。さらに、本場所の土俵上の怪我を公傷と認め、休場しても番付が下がらない制度まで廃止してしまった。公傷と称するズル休みが眼に余る事態になったせいもあるかも知れないが、これで「怪我を押しての出場」が増え、あたら有為の力士を潰してしまうことになった。
 大相撲が公明正大なスポーツ競技として、全ての取り組みがガチンコで行われるのは結構なことだ。それをちゃんと維持して行くにはそれなりの競技環境を整えてやらなければいけない。世間一般では無理な超過勤務労働を指弾し「働き方改革」を迫る動きが急である。それも大相撲に当てはめるべきであろう。その切り札が「場所数削減」である。まずは思い切って名古屋場所を止めてしまうことである。七月の名古屋は何もしなくたって居ても立ってもいられないくらいの気持の悪さだ。こんな時にこんな所で15日間真剣勝負せよと言う方が無理なのである。
 相撲取りだって総身に知恵が回りかねる人間ばかりではない。当然、自衛手段を考える。自然にムラの中の相互扶助精神が頭をもたげる。決して無気力とは見なされない無気力相撲などプロなら容易いものだ。このままでは遠からず、大相撲のプロレス化が始まるだろう。
 金星も煤けて見ゆる名古屋場所
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2017年07月05日

俳句日記 (346)


トマト

 水牛菜園は毎年トマト栽培を失敗する。最大の原因は密植である。小さな苗は何とも頼り無くて覚束ない感じなものだから、ついつい植え過ぎてしまうのだ。
 ゴールデンウイークに植えた苗は、胡瓜が見る見る蔓を伸ばして行くのに較べると、なかなか大きくならない。ところが、6月に入り、根をがっちり張り巡らすと途端に驚異的に伸び始める。背も高くなるが、枝の節々から脇芽が出て、それが主枝と同じように伸びる。数日のうちにその小枝の節にさらに脇芽が出て、それも伸び始める。1週間放任しておくと、トマトは蛸や烏賊を仰向けにしたように、四方八方に枝葉を出して、しどけない格好になってしまう。株の間隔が狭いとお互いの枝が絡み合って、収拾がつかなくなる。
 当然、風通しが悪くなって下葉は黄色くなり、やがてカビが生える。あちこちに花が咲いて実をつけるのだが、赤くなる前に実の頭から腐り始めたり、実に白い斑点が出て赤白まだらになったり、という具合で結局は全部廃棄ということになってしまう。
 胡瓜、茄子、トマトは毎年同じ場所に植えると病害虫の発生する「連作障害」を起こす性質を持っている。同じ場所に植える場合は理想的には三年間隔以上とすることとされている。しかし、高々30坪程度の菜園にそんな余裕は無いから、10坪ずつ三区画に分けて、連作障害軽減に効果があるとされる蟹殻やその主成分のキトサンの含まれた土壌改良材を鋤込み、二年開くように交替で栽培している。こんな注意をしている癖に、苗を植え付ける段になると、ついつい欲張って植えすぎてしまうのだ。
 今年こそは失敗しないぞと、2坪に4本と決めた。夏場の病害虫に強いとサカタ種苗が宣伝している「つよまる」という大玉トマト2本、中玉の甘味が強いシンディスイートと小玉のアイコ各1本。4畳に4本を植え付けた時には、だだっ広いところにひよひよと添木の割り箸にすがって生えている感じである。
 それが6月に入るやぐんぐん伸び始めた。例年の失敗に懲りて今年は脇芽を早めに摘み、主枝三本仕立てにして2mの長さの竹を3本ぶっ違いに組み合わせて、それに添って伸びるようにしつらえた。
 トマトは気持良さそうに伸びた。それぞれが下枝の方から花咲かせ、実をつけ、6月下旬から収穫出来るようになった。大成功である。
 ところが、トマトはその後もどんどん成長を続ける。7月の声を聞く頃には2坪の空間一杯にトマトの枝葉が茂ってしまった。もちろん上へも伸びる。2mの支柱はそれぞれ3,40センチ地中に埋まっているから実長は1.7mくらいだが、その先っぽを飛び抜けて伸び始めた。
 今年の水牛菜園は東側から胡瓜4本用に3坪、茄子3本用に2坪、トマト用に2坪、ゴーヤ用に2坪、それぞれ通り抜けられる通路を含めて塩梅し、「理想的配置」と自画自賛していたのだが、茄子も豪勢に茂ってトマトに接触し始めた。
 突如、1985年、筑波で開かれた科学万博のトマトを思い出した。どこかの化学薬品や肥料製造の会社が展示していた水耕栽培の「トマトの木」である。「これがトマトか」と心底驚いた。たった一本のトマトが大木のようになり無数の枝葉を二十畳敷きくらいに広げ、無数の実をつけている。なんと一本で1万3千個の実を生らせたという。この化け物トマトが浮かんで来た。
 我が家のトマトもこれからどうなるのかと気を揉んでいる。
  炎帝や支柱越えたる大トマト
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2017年07月01日

俳句にならない日記 (4)

奢れる者は

 エラくなると人間どんどん偉くなってしまって、「エライ人」として扱われなくては我慢が出来なくなる。だから自分の言うことを何でも聞いてくれる人間や褒めそやしてくれる人間ばかりを回りに集める。当然の事ながら自分を褒め称える言葉や都合のいい情報だけしか入って来ない。たまに何かの機会に悪口が耳に入ったり、批判的な動きが起こったりするとカッとなって取り乱してしまう。
 そういう地合になった時に、日ごろ目をかけて副総理とか幹事長とか有力閣僚に任命していた連中が冷静にカバーしてくれればいい。それが、あろうことか失言、失態を繰り返し、首相及び政権の評価を下げている。愚か者を切ってしまえば簡単だが、その咎めは即座に任命責任者の自分に跳ね返って来る。我慢して弁護してやらねばならない。これがまたいらいらを募らせる。最近のアベシンゾーという人にはそうした節が見える。
 悠々然として、悪口雑言など泰然自若と受け流せばいいのに、近ごろはすぐに苛立つ。7月1日も都議選を翌日に控えた秋葉原駅前街頭演説で、ヤジを浴びせられるといきり立って「自民党はあんなことは絶対にやらない」などとトンチンカンなことを言った。
 それにしても面白かったのは、この会場になんとあの森友学園のカゴイケさんが「首相夫人にいただいた百万円をお返しに」などと言いながら現れたことであった。カゴイケさんにしてみれば、あんなに応援して下さったのに、都合が悪くなると切って棄てるとは「アナウラメシヤー」というわけなのだろう。今年の場末の演芸場の夏芝居には、ざんばら髪にきざみ葱や揉み海苔をまぶしたモリカケ幽霊が出没するのではないか。
 もう負けると分かっている都議選だが、国政で絶対安定多数を率いる自民党の御大が、一度も応援に現れないというのでは格好がつかない。それで最終日にしぶしぶ出て来たのだろう。それならばそれこそ開き直ってにこやかに、「泰然自若」こそ取るべき姿勢だったのに。
 都議選の結果など大した問題では無い。絶対的安定度を誇って来た安倍城の土台がぼろぼろと自壊し始めた兆候が垣間見えた事が大きいのだ。
 気持ちの悪い「仲良し学級委員会」みたいな政権が覆るのは胸のすく快事なのだが、その後を襲う者が見当たらない。自民党には人が居ない。さりとて今の民進党を中心とした野党連合など頼り無くて危なっかしくて、とても日本の進路を託す気持にはなれない。
 今の日本は財政破綻の危ない状態に一歩突っ込んでいる。何とか真剣に国力を立て直さなければいけない。外に目を向ければ、日本を取り巻く国際情勢はどんどん厳しくなっている。トランプの米国など全くあてにならない、中国、ロシアは虎豹のような存在である。しっかりした政権が今ほど望まれる時代は無いというのに、「モリカケ幽霊」では嗚呼何をか言わんやである。
posted by 水牛 at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする