2018年09月13日

俳句日記 (422)



竹伐る

 「木六竹八塀十郎」という言葉がある。建材や細工物に使う木は旧暦六月(現七月)以降、竹は八月(同九月)以降に切るのが良く、土塀を塗るのは湿度が低くなる旧十月以降が良いという言い伝えである。木も竹も春から夏には根から水分と栄養を吸い上げて枝葉を茂らせ成長する。秋になるとそれが終り、材質が締まってくる。それを見計らって伐採した木や竹は細工がしやすく、虫も付きにくいというのだ。というわけで、竹や筍の産地では九月から十一月頃にかけて盛んに竹林の間引き、伐採を行う。そうすることによって、翌年初夏にまた良い筍がにょきにょき生えて来るのだ。そんなことがあって、「竹伐る」という秋の季語が生まれた。
 我が家はそういう実用面とは関係無く、9月13日、本職の植木職人を呼んで裏庭に生い茂った竹を全て伐採した。後には長い青い竹竿が五十数本残った。
 もともとは竹の好きなところから、裏庭に竹を植えたいと思ってのことであった。住居の北側の裏庭は高さ約3メートルの崖を背負い、幅4メートル長さ10メートルほどの細長い空地になっていた。そこに物置を四つ建て並べ、その裏側の崖との合間が50センチほど空いた。そこに背丈の高い竹を植え並べれば、上の道から見下ろされても我が家はむき出しにはならない。あれこれ考えた末に大名竹という竹を植えた。
 幅が僅か50センチしか無いから孟宗竹のような大木になるのは無理だ。しかし、3メートル上に通る道路からの見下ろしを防ぐには、それなりに高く伸びる竹でなくてはならない。ということで、木刀ほどの太さの幹がすくすくと4メートルほど伸び、筍が伸び切ったところで頂点を切ると、枝葉を傘のように散開して優雅な姿になる大名竹を選んだ。この選択はまさに図星で、狙い通りに大名竹はすくすくと伸び、根を左右に広げて幅6間ほどの遮蔽林を作ってくれた。下から見上げても、上の道から眺めても緑爽やかに、夏は涼しげで、冬は雪が積もって風情を醸し、言うこと無しであった。
 ところがである。植えて5,6年は大満足だったのだが、実は竹というのはここいらからが恐ろしいということを初めて知った。初めのうちは北側の石垣と南側の側溝とに挟まれた狭い空間で、竹は自由に根を伸ばせる東西に根を生やして行き、こちらの希望通り東西横一列の竹の壁を作ってくれたのだが、勢いを蓄えた大名竹はやがて南側の側溝の隙間や土が被さったところを使って、南側の母屋の裏の歩道に根を伸ばし、筍を生やすようになった。
 毎年五月、生えて来る筍を見つけ次第に切り取った。しかし、次々に生えて来る。筍シーズンが終ると静かになり、ほっとするのだが、翌年は筍の生える面積が着実に増えている。かくて、二十数年たった今年、ついに音を上げた。
 植木屋と相談した結果、「皆伐、強力除草剤注入」という結論。作業は一日で終わったが、果たしてこれで一件落着となるかは本職の植木屋も分からないという。我が家の猫額の竹林などは甘い話で、今や全国的に竹の繁殖が凄いと言う。農業従事者の高齢化で手が回らない畑地にどんどん竹がはびこり出しているという。
  ざわざわと風巻起し竹伐らる
posted by 水牛 at 23:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする