2019年01月31日

俳句日記 (449)


この国はどうなって行くのか

 何が驚いたかと云って、厚生労働省の統計調査のデタラメぶりである。開かれたばかりの国会でも盛んに取り上げられ、安倍内閣の責任が追及されているが、行政府の総元締めのソーリダイジン・アベチャンは「重大な責任を痛感しております」と表面神妙に振る舞いながら、全く責任を取ろうとしない。
 統計というものは国家運営上最も大事なものである。この数字を元に国家予算に始まって、もろもろの政策を決める。たとえば景気動向を見る上で重要な消費者物価指数は小売物価統計調査と家計調査を元に算定するのだが、もしこの調査統計数字がいい加減だったら、国の打ち出す経済政策が狂ってしまう。統計に基づいて自国の国力を算定し、敵国と目す国の国力と比べ、勝算ありとなれば戦争を起こすこともあるのだ。徒や疎かに出来ないのが統計数字である。
 今回問題になっている厚生労働省の毎月勤労統計の狂いが国民及び国の今後の政策遂行にどれほどのダメージを与えるものなのかは現時点でははっきりしない。それをはっきりさせることも勿論大切だが、それよりもっと大事なのは、何故こんな事が起こったのかをはっきりさせることである。日本の官僚組織は世界で最も優れたものと云われてきた。マスコミ人の端くれとして多くの官僚と付き合ってきた水牛もそう思っていた。もっとも私の現役時代は三十年も前に終止符を打っているから、それと今を比べるのは乱暴なのかも知れないが、とにかく、中央官庁には昔も今もエリート中のエリートが集まっている。それらがまとめて発表する統計数字がデタラメだったなどということを聞かされると、心底ガッカリしてしまうのだ。
 政府の冒した罪は一片の統計数字の誤りなどというものではなく、政府のやっていることに信頼が置けないという意識を国民に植え付けてしまったことなのだ。こうなるとアベノミクスは成功したか失敗だったかなどを論じることすらバカバカしくなってしまう。「すべてがいいかげん」と思わざるを得ない事態となっては、現政府に何かを望むということすら無駄だと思わざるを得ない。これは虚無へと通じる道であり、恐ろしいことである。
 とにかく、こんなことを思い暗澹としていたら、中国の女流画家王小燕さんから「久しぶりに日本に来ました。会いましょう」と云って来た。お父さんの中国の人間国宝で文人書画家王子武さんともども親しく付き合ってきた仲だが、もう七,八年会っていない。全く久しぶりの昼食会だった。席上積もる話の中で、最近の日本の政治のだらしなさ、先行きの不透明感などをぼやいたら、「そんなことないよ、日本は大丈夫。東京オリンピックの後も東京の不動産価格は下がらないよ」と極めて即物的かつ肯定的コメントが返ってきた。こんな問題多々の日本も、傍から見ると恵まれた国と映るようなのだ。
 「そうかなあ、確かに悲観しててもしょうがないかもね」と答えて、心なしか少し気が晴れた。
 つまづいて手摺にすがる雪催
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2019年01月28日

俳句日記 (448)


いいぞ玉鷲

 もう見るのが嫌になるほど滅茶苦茶な初場所だったが、スロー出世の玉鷲が優勝したので気を良くしている。今場所は不甲斐ない横綱稀勢の里が予想通り引退、鶴竜が休場、休場明けの白鵬は天与の運動神経で危ない相撲を軽業のように凌いでいたがやはり力尽きて戦線離脱、大関陣と来たら力任せの我武者羅相撲栃ノ心が早々と休場、高安と豪栄道はもう目も当てられない状態で何とか9勝6敗という体たらく。こんなお粗末な相撲を見せ続けて、よく「満員御礼」の垂れ幕がかかると呆れるような場所だった。これでもし、ガチャガチャした品の無い相撲の御嶽海や貴景勝が優勝し、場所後、「貴景勝大関昇進」などとなったら最悪だなと思っていたのが、そうならなかっただけで良しとしよう。
 玉鷲という力士はモンゴル出身としては一風変わって、ゆったりとした雰囲気があり、10年ほど前、幕内に上がって来たときから好きだった。しかし、堂々たる体躯を持ちながら、それを生かせず、脇が甘くて、突っ張りと押しの威力は凄いのに、簡単に組み止められて不様に転がされてしまう相撲が続き、中々上へ上がれない。折角幕の内に上がってもすぐに陥落するエレベーター力士で、上がったり下がったり、確か「入幕6回」という記録を持っているはずだ。
 全く不甲斐ないヤツだと思っていたが、私はこうしたいかにも相撲取という堂々たる体格で、ヌーボーとした感じの力士が好きなのである。今の幕内では輝とか豊山がそうである。大相撲はスポーツであることは確かだけれど、元々は「天下太平五穀豊穣」を神に祈る儀式であり、その分、お祭りのような芸能的要素も抱えている。勝つことは大切なのだが、「勝てばいいだろ」という白鵬のような相撲はいただけない。祭祀の持つ美しさと、カミサマとともに観客を喜ばせる相撲の取り方が要求されるのだ。
 その点、玉鷲は悠揚迫らざる風姿で、取り口も突き押しの正攻法。「勝てばいいだろ」という這い上がり精神むき出しな所もないのがいい。しかし、それは裏返すと勝負師に不可欠な「勝負への執念」が薄いということになる。2016年11月の九州場所では初日に横綱日馬富士を一気に押し出し、その余勢を駆って三大関をなぎ倒し10勝5敗、初の技能賞を獲得。さあこれからだと応援にも力瘤が入ったのだが、翌日の新聞に「まあこれからも楽しく相撲を取ることだけ考えています」と、何とも歯がゆいコメントが載ってがっくりきた。
 今度も28日付け夕刊に、優勝から一夜明けての記者会見記事が載っていたが、そこでも「先のことは考えず、一番一番楽しくやれたら」と言っている。優勝したのだから、もうちょっと威勢のいい抱負を期待していたのだが、はぐらかされた感じだった。
 しかしまあこれが34歳になってようやく花開いた遅咲き関取玉鷲らしいとも言える。とにかく30歳を過ぎてから強くなった珍しい力士だ。組んでも勝てる技を一つ二つ会得すれば、大関になれるかも知れない。そうなると白鵬、鶴竜に衰えが見え、二束三文の値打ちも無い大関陣に変わって、大相撲に大きな目玉が出来る。
  初場所は眠れる鷲の羽ばたけり
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2019年01月23日

俳句日記 (447)


いやな感じ

 古新聞を片付けていたら「健康経営 消えるたばこ」という、意味のよく分からない見出しが目に付いた(1月19日、日経夕刊一面トップ記事)。本文を読んでみたら、「勤務時間内の仕事の効率を高める働き方改革」の考え方によって、「仕事中のちょっと一服」が減ったこと、「社員の健康増進に禁煙を勧め、喫煙者の採用も控える」企業が増えてきたこと、さらに「そうした考え方の企業に投資家の注目度が高まって」来たこと等々によって、企業内の禁煙活動がますます盛んになっているのだという。
 この記事を読んでぞっとした。「効率」と「利益」ばかりが重視され、「害悪」と「無駄」の排除が最優先という考え方である。これを突き詰めて行くと、70数年前の「欲しがりません勝つまでは」「撃て鬼畜米英」「挙国一致」の考え方を呼び戻し、それに従わない者を「非国民」として村八分にする世の中を招来する。
 厚生労働省の調査では、2017年には敷地内での全面禁煙に取り組む事業所が全体の14%になっており、社屋内禁煙の企業が今や半数に上っているという。こうした動きによって、日本たばこ産業(JT)の調査では日本国内の喫煙人口(2018年)は1880万人と10年前の3割減になっている。喫煙本数も1996年の3483億本から2017年には1455億本と6割も落ち込んだ。しかし、タバコ税収は年間2兆円強で、この20年間ずっと同じ水準を保っている。タバコの値段をどんどん引き上げて、喫煙者の減少を補っているのだ。何しろタバコの税金は売価の6割強だから、喫煙者は大変な愛国者でもあるのだ。
 私は風邪を引いて咳き込んだ時、死んだオヤジが気管支炎で苦しんでいたことを思い出し、76歳でタバコを止めた。記事を書くのが仕事だったから、現役時代にはむやみに吸い、多い時には一日50本を越えた。タバコの吸い過ぎと深酒で胃が痛めつけられ、朝、歯を磨くとゲエーッと猛烈な吐き気に襲われるのだった。そこで「禁煙」した。10数回はやった。短い時は一日、最長で一年近く続いたこともある。というわけで、76歳での禁煙もまた元の木阿弥になるかと思っていたが、何となく続いてもう6年になる。
 こうしてタバコとの悪縁は切れたのだが、近ごろの「禁煙」活動の激しさを見るにつけ、むらむらと反抗心が湧いてくる。また吸い始めようかとさえ思う。
 最近の禁煙運動は「いじめ」に等しい。近くにいる人間がくゆらすタバコの煙のほんの少々を吸い込んだからと言って、それが害を及ぼすことなど、ゼンソク持ちでもない限り殆ど考えられない。それを「受動喫煙の害」などと言って大騒ぎするのが全く理解出来ない。受動喫煙などよりよっぽどひどい害悪をもたらしているのは自動車の排気ガスである。発車時のアクセル一発によって、タバコ数千本分の発癌物質を吐き出すという実証実験の記事を読んだことがある。しかし自動車産業の力は強大だから、その害毒を言う政治家も役人もいない。
 タバコが健康に良くない事は確かであろう。しかし、その一服でストレスを解消する効用も確かにある。禁煙してイライラし続け神経症になり、身体を悪くするのと、タバコによる発癌で命を失うのと、どっちもどっちという気さえする。人間がタバコと付き合い始めて500年。ついこの間までは「今日も元気だタバコがうまい」などと、御国が喫煙を奨励していたのである。ヒステリックにタバコの害毒を言い立て、喫煙者をまるで業病患者を見るような目つきで見据えたりせず、タバコよりもっと人類に害を為すものが沢山野放しにされている事に思いを致す事が必要である。
  初詣歩きたばこの懐かしさ
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2019年01月17日

俳句日記 (446)


やれやれ

 第72代横綱稀勢の里が初場所三日目の15日、前頭筆頭の栃煌山に為す術無く寄り切られ三連敗。ようやく決心がついたか、翌16日引退を表明した。2017年春場所新横綱として颯爽登場、13日目には負傷を押して出場し13勝2敗で優勝した。しかし、この時に痛めた左肩の傷はついに完治せず、その後もあちこちが傷んで満足な相撲が取れず、全休四場所を含む八場所連続休場の不名誉な記録を作った。進退を賭けて臨んだ昨年9月の秋場所はなんとか10勝して露命をつないだが、続く九州場所は5連敗でまた休場、土壇場に追い込まれたこの初場所で三連敗となり万事休すとなった。横綱在位12場所で皆勤したのはたった2場所。星勘定は36勝36敗97休みだった。相撲史上最もダメな横綱である。
 それなのに、新聞は「稀勢 貫いた真っ向勝負」(日経)、「稀勢の里土俵人生に悔いなし」「懸命愚直稀勢の誇り」(朝日)といったようにベタ褒めである。死者に鞭打たずが美徳とされているが、こうした一方的な褒め言葉一色の紙面づくりはいかがなものか。たかが相撲と言う勿れ、こういうマスコミ体質が変な世の中をつくり、よこしまな政治をはびこらせる元になりかねないと憂慮する。
 元々、稀勢の里のような弱い力士をたった一回の優勝で横綱にしてしまった日本相撲協会と横綱審議会が悪いのである。稀勢の里は2017年初場所で優勝し、横綱に推挙されたのだが、その前の九州場所は僅かに11勝だった。「何としてでも日本人横綱が欲しい」という協会と世間の待望論で横綱になってしまった。その時、私はこの欄で「稀勢の里は横綱にならない方がいい、吉葉山の二の舞になってしまう」と書いた。吉葉山は昭和29年初場所に全勝優勝して横綱になった。これも僅か一度の優勝での昇進である。まさに力士の理想像というようなほれぼれする体格で、顔つきも凜々しい。圧倒的なフアンの声に押されての横綱誕生だったが、昇進後は持病が悪化したりでぼろぼろ負け続けては出たり休んだりで、結局足かけ4年の横綱在位中優勝はおろかいい処無しで引退に追い込まれた。
 その点、稀勢の里は昇進直後の場所で優勝しているからまずは面目を施したが、その後がいけない。左肩腕が十分に使えなくなったのならば、次善の策を講じ、取り口を変えねばならないのに、昔のような相撲を取る。相手にはすっかり研究されているから、とても自分の思ったようには取れない。負けるはずのないような相手にも不様に投げられてしまう。そうして「休場」である。
 稀勢の里は勝負師には似合わず、口をへの字に曲げ、下がり目で、いかにも気の弱そうな青年で、そこが何とも気がかりで、また可愛くもあった。「強いのだがしょっちゅう取りこぼす大関」としてなら、もっともっと長生き出来たはずである。あたら早死にさせてしまった相撲協会と横綱審議会と新聞の罪は重い。
  寒風や引退横綱声細し
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2019年01月14日

俳句日記 (445)


同情されたらおしまいよ

 13日に始まった大相撲初場所、進退のかかった横綱稀勢の里はやはり固くなっていたのだろう。初日相性の良い小結御嶽海との戦いを、左差し手に拘るあまり自ら墓穴を掘って黒星。いよいよ固くなった二日目の相手は、逆にこれまで相性の良くない巨漢逸ノ城。立合の呼吸が合わず三度も仕切り直しをしているうちに落ち着きを失って、ドタバタ押し込んで行ったところ体を躱されてごろんと仰向け。これで正真正銘剣が峰に立たされた。
 明日三日目の相手栃煌山はこれまた苦手の一人。先場所もこれに敗れて初日から不名誉な4連敗で休場となった嫌な相手である。もしまた栃煌山に負けということになれば、休場→引退ということになってしまうだろう。
 初日も二日目も、稀勢の里が取組を前に土俵下の控えに入るため花道に現れるや、満員の観客が盛大な拍手を送った。土俵上で大関が仕切を行っている最中である。こんな光景は今までついぞ見た事が無い。久しぶりの「日本人横綱」が引退の瀬戸際ということで、判官贔屓の拍手なのであろう。これでノミの心臓がますます縮まる。唇をへの字に曲げ、目は上の空。運動会に臨んだミソッカスが嫌々ながら徒競走のスタートラインに誘導されて行く時の表情である。
 相撲は「技あり」とか、「ポイント」とか「判定」などというものが無い、土俵の外に出すか出されるか、土俵上で倒すか倒されるかの一本勝負である。そこが他のスポーツとは違う魅力である。一切の情実が絡まない勝負というのが、この曖昧模糊、情実の支配する世の中の清涼剤として人気を集める所以である。
 その舞台に立つ力士にとっては大変なプレッシャーであろう。そこを凌いで勝ち続けるには大変な精神力が必要だ。大鵬、北の湖、千代の富士など、大横綱にはそれがあった。「憎らしいほど強い」のである。今の白鵬も立派な大横綱である。
 それに対して稀勢の里はあまりにも情けない。「懸命に頑張っているから」という拍手と声援。勝つことが当たり前の横綱が「なんとか勝って」と祈られるのは恥ずかしい。勝負師が同情されるようになったらおしまいである。三日目の栃煌山に負けるようであれば、いさぎよく引退すべきだろう。
  泣き面の横綱の背に寒九風
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2019年01月07日

俳句日記 (444)


七草粥

 今日は七草。六日に春の七草を摘んで俎板に載せ、家長が「七草なずな唐土の鳥が日本の土地へ渡らぬ先に、ななくさなずな・・・」と囃しながらとんとんとんとん刻む。それを神棚に捧げて翌朝、白粥に入れる。白粥は一瞬にして鮮やかな緑色になる。爽やかで健康的で、いかにも万病を遠ざけてくれる霊力が備わっているように思える。我が家は神棚が無いから、刻んだ七草は一晩冷蔵庫に寝かせる。それに、生の野草を刻んで一晩置くとアクが出て黒ずんでしまうことがあるので、さっと熱湯を潜らせてから刻む。こうすると七草粥が一際鮮やかになる。
 我が庭は手入れが悪いのが怪我の功名で野草天国、春の七草を見つけるのは容易い。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラは至る所に生えている。スズナ(小蕪)とスズシロ(大根)は栽培したのが丁度良い大きさになっている。これで六つ揃ったが、ホトケノザがどうしても見つからない。これはタビラコという、田圃の畔道などによく生えているキク科の雑草だ。我が家は高台にあるので生えないのかも知れない。仕方が無いから小松菜の小ぶりなのを抜いて代用にした。
 「君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ」という古今集の歌がある。小倉百人一首にも載っているから大概の人が知っている。平安時代初期の第58代光孝天皇(830-887)が皇子時代に詠んだ歌である。「愛しい貴女のために早春の野に出て万病封じの若菜を摘んでいます。袖には雪がしきりに降りかかってきますが、それにもめげずせっせと摘むのです」という、優しい心情の溢れた名歌だ。とにかく、この頃には既に若菜を摘んで食べることによって大自然の精気を体内に取り込むという考えが行き渡っていたようである。
 世を経るにしたがって、若菜を炊き込んだ粥が病魔退散の食べ物として定着し、宮中では一月七日の儀式になった。この日は古代中国の占術書に述べられている「人日(じんじつ)」で、五節句(五節供とも。三月三日「上巳」、五月五日「端午」、七月七日「七夕」、九月九日「重陽」)の最初である。徳川幕府がこの五節句を式日と定めたから、一般にも七草粥の風習が伝わり、同時に雛祭、端午の節句、七夕、菊の節句が祝われるようになった。
 AI時代などと言われる今日でも、菊の節句はさておき、その他の四つの節供は生き残っている。特に、正月の餅腹と吞み過ぎで疲れた胃を七草粥でシャンとさせ、本格的な仕事始めに出発進行というのが若年世代にも受けているようだ。
  あをあをと七草粥の香しき
  七草粥餅半分に切りて入れ
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2019年01月06日

俳句日記 (443)


池上七福神

 日経俳句会と番町喜楽会、水牛の関わっている両句会が合同で毎年松の内に「七福神吟行」を開催している。元々はもう20年近くも前、今は日経俳句会の分会になっている酔吟会が始めた行事である。酔吟会という名前の示す通り、酒を吞む口実にこしらえたような俳句会で、いつも誰かが新しい趣向を考え出し、あちこち出かけては美味しいものを食べて飲み、そのついでに句を詠むというようなことをやっていた。その中で定着した催事が七福神吟行である。
 都内の七福神はもうほとんど回ってしまった。今年は残り少なくなった候補の中から池上七福神が選ばれた。これは池上本門寺の参道はじめ地元商店会と各寺院の協力で、地元大田区も力添えして生まれた七福神巡りである。昭和の一刀彫名工平岡岳峯の彫った七福神を昭和56年に本門寺昭栄院で入魂式を行い誕生した。発足40年足らずの七福神だが、すっかり落ち着いた風情を見せている。七福のうちの六つが日蓮宗総本山の本門寺の塔頭に祀られており、御会式はじめ宗教上の催事に慣れた土地柄のせいなのだろう。参拝者受け入れも、スタンプ台の準備も、御朱印の授与も手慣れてスムーズである。池上七福神一番曹禅寺.jpg
 コース途中には江戸時代からの名物くず餅の藤乃屋(相模屋という屋号から2018年春に代替わり)、池田屋、浅野屋、海苔の老舗米忠並木、瓦煎餅の寳屋、福あられの花見煎餅吾妻屋など、魅力的な店がある。いずれも本門寺の参詣客目当ての店だが、七福神巡りの客がだんだん増えてきているようだ。
 2019年1月5日(土)午後1時、東急池上駅前に集まったのは22人。風邪引き、ギックリ腰、家族の入退院付き添いなどで当初の参加申込から4名減ったが、皆々すこぶる元気溌剌、布袋さまが祀られている徳持の曹禅寺を皮切りに、ざっと3時間かけて、恵比寿さんと大黒天を祀った養源寺(大黒天は池上警察裏手の馬頭観音堂に祀られていたのだが、御堂閉鎖でこの寺が預かり)までのコースを落伍者も出さずに回りきった。
 打ち上げの懇親会は池上駅そばの割烹「きさらぎ」。岩手県山田町出身の仲良し夫婦がやっている釜飯の店で、岩手の銘酒その名も七福神を酌み交わしつつ、2019年の健闘を誓った。
  福詣済ませ酌む酒七福神
posted by 水牛 at 20:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月05日

俳句日記 (442)

仕事始め

 菜園の縁にヤマイモを植えてある。半世紀以上も前に、亡父が自然薯(じねんじょ)と呼ばれる山に自生する山芋を貰って来て、首の部分を植えて置いたものの子孫である。毎年晩秋に蔓が黄色くなると、堀採っては太く長い芋は食べて、首の部分や、小さい芋をそのまま埋めておくと、春になると芽生え、支柱に蔓をからませて伸び、秋にはまた立派な芋が採れる。葉の付け根に出来る零余子(むかご)という球根のようなものがばらばら落ちて、そこからも芽生えるから、山芋はいつの間にか増えて、近年は菜園の縁にずらりと3,40本並ぶほどになった。
 そのうちの10本ばかりは昨年秋に収穫し、食べ尽くした。しかし30本ちかくが掘る暇の無いまま越年してしまった。枯れ蔓のからまった長い支柱が沢山並び立っているのはどうにも見苦しい。
 好天気が続く亥年正月の仕事始めは山芋掘りにしようと決断した。しかし、山芋掘りは大変な重労働である。地表の蔓の生え際から下20センチばかりは細い首で、その下から太い塊根が伸びている。乱暴にシャベルを扱うと、首の所でポキンと折れてしまい、肝心の食用となる芋が土に埋もれて何処にあるのか分からなくなってしまう。そこで、蔓のからんだ支柱の回りを手で探りながらそっと掘る。山芋が見つかったら、地中深く伸びている所を用心深く堀り、その土を脇にどける。
 山芋掘りは塹壕掘りと同じで、土の掻い出し作業である。こうやってざっと二時間、幅40-50センチ、長さ2メートル、深さ1メートルほどの塹壕が出来、掘り上げた立派な山芋を新聞紙に並べて写真を撮った。新聞全紙は80センチだから、山芋の長さがほぼ分かる。途中でぽきぽき折れてしまったのも入れると、完全形に換算して15本くらいになろうか。19.01.04山芋2.jpg
 これでしばらくは大好物のとろろ汁、鮪の山かけ、とろろ蕎麦が楽しめる。八百屋で売っている長芋は水っぽいが、自家産の山芋は腰があって香りも良く、素晴らしい。しかし、二時間足らずの掘削作業で息も絶え絶え、腰も痛くなった。
 そうだ、明日は新春恒例の七福神吟行で池上に行かねばならぬ。一晩寝て、明日朝、身体が痛んで起きられなかったらどうしよう。急に心配になってきた。
  山芋を掘るが亥年の初仕事
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2019年01月01日

俳句日記 (441)


芭蕉の新年句

 平成三十一年開けましてお目出度うございます。五月一日からは新元号になるとかで、何だか少々中途半端で落ち着かない感じです。景気も下り坂のようだし、日本列島のどこかで大地震が起こるのは必至とか囁かれているし、どうもあんまりぱっとしないお正月ですが、分からないことを気に病んでも仕方がありません。「笑う門には福来たる」。今年も思いつくままにバカなことを書き連ねて参ります。お暇な方はどうぞお付き合い下さい。
 大晦日に「芭蕉の年の暮れの句」について書きましたから、それと対を為すべく、新年句を挙げて、亥年の皮切りといたします。
                *
 年の初め(歳旦)は俳諧宗匠にとっては書き入れ時。吉日を選んで、門人や贔屓の旦那衆を集めて「歳旦開(さいたんびらき)」という俳諧の座(連句会)を開く。ただし、新年早々、真剣勝負でうんうん唸る句会ではシラケてしまうから、大概はあらかじめ年の内に作った新年句を宗匠の下に集め、宗匠や幹部俳人が選り分けて、「発句・脇・第三」の連句の出だし三句を組み合わせて編集したものを「歳旦三つ物(さいたんみつもの)」と称して、新年句会に披露する形を取った。それをいくつも取りそろえて一冊にしたものが「歳旦帖」である。宗匠は独自に、自分と有力門人、代表的パトロンによる歳旦三つ物をいくつかまとめた刷物を作って方々に配ることもしており、これも歳旦帖と言っていた。というわけで、江戸時代の俳諧宗匠は新年吟詠がとても大事。これは今日の職業俳人にも続いている。
 芭蕉はその点、あまり商売熱心ではなかったようだが、それでも年の暮の句よりは沢山詠んでいる。目についた句を年代順に並べてみよう。

年は人にとらせていつも若夷
 (寛文6年・1666年、23歳、伊賀上野城出仕中、俳号宗房)新年用の恵比寿神の御札がいつも若々しいのは人に年を取らせてばかりいるからなのだな。
春立とわらはも知るやかざり縄
 (寛文11年・1671年、28歳、兄半左衛門方に居候)藁で作った注連飾りを見れば幼児でも新年と分かる。「藁」と「童」の掛詞で面白味をねらう。
天秤や京江戸かけて千代の春
 (延宝4年・1676年、33歳、江戸へ出て4年目、俳号を桃とし、少し名前が売れて来る)京と江戸の新春を天秤に掛けるとどっちもどっち、両方とも釣り合いの取れた賑わいを見せているよ。
門松やおもへば一夜三十年
 (延宝5年・1677年、宗匠として立つべく披露目の「万句興行」をする)門松の立ち並ぶ元日の朝は、一夜にして三十年もたったかと思われる気になるなあ。(ようやく宗匠として立てる自信がついてきた自分に引き比べての感懐)
かぴたんもつくばはせけり君が春
 (延宝6年・1678年、山口素堂と盛んに交流、「歳旦帖」を出し、正式に宗匠「立几」か)将軍様の御威光に異国のカピタンも這いつくばる新春であることよ。(カピタンという外来語を詠み込んで新鮮味をもたらした)。
発句也松尾桃宿の春
(延宝7年・1679年、新進宗匠としての意気盛ん)元日こそ松尾桃一門の「発句」である。これから三百六十日、出発進行。
於春ゝ大哉春と云々(あゝはるはるおおいなるかなはるとうんぬん)
 (延宝8年・1680年、37歳。この春四月、「桃門弟独吟二十歌仙」を刊行、江戸俳壇で桃一門の権威確立)「大いなるかな春」と言われる通り、目出度い限りだなあ。
はる立や新年古き米五升
 (天和4年/貞享元年・1684年、41歳。旧冬、弟子たちの尽力で新芭蕉庵再建、八百屋お七火事で二年間疎開していた甲斐から戻っての久しぶりの新年)この芭蕉庵の何たる豊かさよ、去年から持ち越しの米が五升もあるんだ。
誰やらが形に似たりけさの春
 (貞享4年・1687年、44歳)新春用にと贈られた正月小袖を着たら、この年寄りが俄に若やいで、まるで誰かさんみたいだと・・・。正月らしい浮かれ気分をうたった、芭蕉らしからぬ艶のある句。
二日にもぬかりはせじな花の春 
(貞享5年/元禄元年・1688年、45歳)除夜に深酒して元旦は寝坊して初日の出を拝めなかったが、二日の日の出もまた面白かろう。
よもに打薺もしどろもどろ哉
 (貞享年間)四方八方から薺打ちの囃し歌が聞こえてきて、やがてはそれが入り混じって何が何だか分からなくなってしまうことよ。
元日は田毎の日こそこひしけれ
 (元禄2年・1689年)去年、信濃・姥捨山の田毎の月に感銘を深めたものだが、「田毎の日」というのもまた素敵だろうなあ。
年々や猿に着せたる猿の面
 (元禄6年・1693年・50歳)新年の猿回し、取っ替え引き替え面を付け替えられては踊る猿。顔は変わっても中身は同じ猿。かく申す私も年々歳々何の変哲も無く・・。
蓬莱に聞ばや伊勢の初便り
 (元禄7年・1694年、51歳)正月飾りの蓬莱を見るにつけても、あの神々しい雰囲気の伊勢からの初便りなど聞きたいものだなあ。
               *
 芭蕉の歳旦句はこれ以外にもまだかなりある。しかし、「これが芭蕉の句か」とがっくり来るようなものも目につく。型にはまった、おざなりな句である。しかし、考えてみればお正月というものはそんなものなのだと言えるのではなかろうか。いくら"世捨て人"を自認していても、やはり取り巻きがいる。自分だって食い扶持は必要だ。となれば新年句会は不可欠で、宗匠としてかなりの数の発句を拵えておかねばならない。そんな事情もあるようだ。
  孕み句を三つ四つ抱へ新年会
posted by 水牛 at 00:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする