2019年01月14日

俳句日記 (445)


同情されたらおしまいよ

 13日に始まった大相撲初場所、進退のかかった横綱稀勢の里はやはり固くなっていたのだろう。初日相性の良い小結御嶽海との戦いを、左差し手に拘るあまり自ら墓穴を掘って黒星。いよいよ固くなった二日目の相手は、逆にこれまで相性の良くない巨漢逸ノ城。立合の呼吸が合わず三度も仕切り直しをしているうちに落ち着きを失って、ドタバタ押し込んで行ったところ体を躱されてごろんと仰向け。これで正真正銘剣が峰に立たされた。
 明日三日目の相手栃煌山はこれまた苦手の一人。先場所もこれに敗れて初日から不名誉な4連敗で休場となった嫌な相手である。もしまた栃煌山に負けということになれば、休場→引退ということになってしまうだろう。
 初日も二日目も、稀勢の里が取組を前に土俵下の控えに入るため花道に現れるや、満員の観客が盛大な拍手を送った。土俵上で大関が仕切を行っている最中である。こんな光景は今までついぞ見た事が無い。久しぶりの「日本人横綱」が引退の瀬戸際ということで、判官贔屓の拍手なのであろう。これでノミの心臓がますます縮まる。唇をへの字に曲げ、目は上の空。運動会に臨んだミソッカスが嫌々ながら徒競走のスタートラインに誘導されて行く時の表情である。
 相撲は「技あり」とか、「ポイント」とか「判定」などというものが無い、土俵の外に出すか出されるか、土俵上で倒すか倒されるかの一本勝負である。そこが他のスポーツとは違う魅力である。一切の情実が絡まない勝負というのが、この曖昧模糊、情実の支配する世の中の清涼剤として人気を集める所以である。
 その舞台に立つ力士にとっては大変なプレッシャーであろう。そこを凌いで勝ち続けるには大変な精神力が必要だ。大鵬、北の湖、千代の富士など、大横綱にはそれがあった。「憎らしいほど強い」のである。今の白鵬も立派な大横綱である。
 それに対して稀勢の里はあまりにも情けない。「懸命に頑張っているから」という拍手と声援。勝つことが当たり前の横綱が「なんとか勝って」と祈られるのは恥ずかしい。勝負師が同情されるようになったらおしまいである。三日目の栃煌山に負けるようであれば、いさぎよく引退すべきだろう。
  泣き面の横綱の背に寒九風
posted by 水牛 at 21:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする