2019年01月17日

俳句日記 (446)


やれやれ

 第72代横綱稀勢の里が初場所三日目の15日、前頭筆頭の栃煌山に為す術無く寄り切られ三連敗。ようやく決心がついたか、翌16日引退を表明した。2017年春場所新横綱として颯爽登場、13日目には負傷を押して出場し13勝2敗で優勝した。しかし、この時に痛めた左肩の傷はついに完治せず、その後もあちこちが傷んで満足な相撲が取れず、全休四場所を含む八場所連続休場の不名誉な記録を作った。進退を賭けて臨んだ昨年9月の秋場所はなんとか10勝して露命をつないだが、続く九州場所は5連敗でまた休場、土壇場に追い込まれたこの初場所で三連敗となり万事休すとなった。横綱在位12場所で皆勤したのはたった2場所。星勘定は36勝36敗97休みだった。相撲史上最もダメな横綱である。
 それなのに、新聞は「稀勢 貫いた真っ向勝負」(日経)、「稀勢の里土俵人生に悔いなし」「懸命愚直稀勢の誇り」(朝日)といったようにベタ褒めである。死者に鞭打たずが美徳とされているが、こうした一方的な褒め言葉一色の紙面づくりはいかがなものか。たかが相撲と言う勿れ、こういうマスコミ体質が変な世の中をつくり、よこしまな政治をはびこらせる元になりかねないと憂慮する。
 元々、稀勢の里のような弱い力士をたった一回の優勝で横綱にしてしまった日本相撲協会と横綱審議会が悪いのである。稀勢の里は2017年初場所で優勝し、横綱に推挙されたのだが、その前の九州場所は僅かに11勝だった。「何としてでも日本人横綱が欲しい」という協会と世間の待望論で横綱になってしまった。その時、私はこの欄で「稀勢の里は横綱にならない方がいい、吉葉山の二の舞になってしまう」と書いた。吉葉山は昭和29年初場所に全勝優勝して横綱になった。これも僅か一度の優勝での昇進である。まさに力士の理想像というようなほれぼれする体格で、顔つきも凜々しい。圧倒的なフアンの声に押されての横綱誕生だったが、昇進後は持病が悪化したりでぼろぼろ負け続けては出たり休んだりで、結局足かけ4年の横綱在位中優勝はおろかいい処無しで引退に追い込まれた。
 その点、稀勢の里は昇進直後の場所で優勝しているからまずは面目を施したが、その後がいけない。左肩腕が十分に使えなくなったのならば、次善の策を講じ、取り口を変えねばならないのに、昔のような相撲を取る。相手にはすっかり研究されているから、とても自分の思ったようには取れない。負けるはずのないような相手にも不様に投げられてしまう。そうして「休場」である。
 稀勢の里は勝負師には似合わず、口をへの字に曲げ、下がり目で、いかにも気の弱そうな青年で、そこが何とも気がかりで、また可愛くもあった。「強いのだがしょっちゅう取りこぼす大関」としてなら、もっともっと長生き出来たはずである。あたら早死にさせてしまった相撲協会と横綱審議会と新聞の罪は重い。
  寒風や引退横綱声細し
posted by 水牛 at 23:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする