2019年06月07日

俳句日記 (495)


水牛洞謹製梅酒・梅干(2)

 懇意にしているタカハラ米屋に初生りの胡瓜を持って行って、世間話のついでに「今年は梅が採れなくて、長年続けてきた梅漬けが途切れるのも癪だから、これから買いに行く」と言ったら、お上さんが「そんな、ウチのを採って下さいよ」と言う。
 タカハラさんはこの近辺の草分けで、店の脇を流れる滝野川という小川に水車を据えて、戦前はゴットンゴットン米を搗いていた。そこに鶴亀橋という粗末な木橋が掛かっていたが、私の祖父と父が大正末に始めた横浜ガーデンという園芸会社への入口として「ガーデン橋」というコンクリート製に掛け替えた。つまり、タカハラ米店までが下町商店街、ガーデン橋から上が植物園と小動物園を併設した横浜ガーデン区域となっていた。タカハラ米店と我が家とはその頃からの付き合いである。
 滝野川は30年ほど前、横浜市営地下鉄が開通するのと前後して埋め立てられ、「せせらぎ緑道」という遊歩道兼地下鉄駅に通じる通勤通学路になった。タカハラの梅の木はその緑道に大枝を差し伸ばす大木である。天辺は、昔米屋の傍らやっていた質屋時代の土蔵の屋根を越すほどに伸びている。その枝に梅の実がびっしり付いている。
 「こりゃ大変だぞ。熟れた実がぼたぼた落ちて通行人の頭や衣服にぶつかったりすると事だな」
 「そうなんですよ。去年も大分枝を切ったつもりなんですがね、またこんなになっちゃって」と、お上さんは恨めしそうに梅の木を見上げる。
 二階まで届く大脚立と大ノコギリを持って乗り込んだ。手近の枝の実をもいでは下でお上さんが受ける米袋に投げ込む。そうしながら大枝を切る。かれこれ二時間の奮闘で梅の木は高さ二メートルほどになり、枝も透いて形が良くなった。梅の実がしこたま採れた。
 「これでまあ3年は保つな。そこから先はワタシャ生きてるかどうか分からんからな」
 「ご冗談を。とにかく、ほんとに助かりました」
 夕暮れ方、米の配達を済ませたタカハラの主人が大きな米袋にほぼ一杯の梅の実を持って来た。
 「ウチはほんの少し漬けるだけなので、どうぞ貰って下さい」と言う。計ってみたら、なんと20キロもある。これはいつもの年よりも多い分量である。嬉しいけれど、いささか途方に暮れる。
  梅の実を選り分けている芒種かな   酒呑洞 水牛
posted by 水牛 at 23:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする