2019年06月16日

俳句日記 (498)

難解季語 (23)

めしざる(飯笊)

 先日この欄に「蠅帳」のことを書いているうちに、そう言えば昔の台所には飯笊というものもぶら下がっていたなと思い出した。
 「飯笊」も夏場の台所用品として重要なものだったのだが、今や『広辞苑』を引いても出て来ない。冷蔵庫の無い時代、朝炊いた飯は夜、仕事から帰って来ると、酸っぱいような臭いがすることがある。これを「飯が饐(す)える」と言い、「饐飯(すえめし)」と言った。これまた今どきの辞書には無い。
 米飯は日本人の主食であり、「米の飯が食える身分になれば一人前」と人の軽重を量る尺度にもされた。「一宿一飯の恩義」という言葉が生きていた時代が長く続いた。それほど貴重な米を少しでも無駄にしたくないと、昔の人は真面目に考えた。
 だから、ちょっと臭う程度の饐飯は、水で洗って、漬物や佃煮を載せて茶漬けのようにして食べた。これを「水飯(すいはん)」という。宮崎県を代表に全国各地に冷や飯に味噌汁仕立てのつゆをかけた「冷や汁」という食物があるが、これも水飯の変形と言えよう。また、必ずしも饐えた飯でなくとも、夏場の食欲不振対策として、冷や飯、時には温かい御飯を冷水で洗って水飯をこしらえることもした。
 とにかく、「御飯を捨てるなんてバチが当たる」と信じられていた時代だから、水で洗っても臭いが取れないほど完全に饐えてしまっても、まだ捨てない。さすがに食べるのは諦めて、饐飯を徹底的に腐らせてしまい、水を振りかけながら篦で潰す。こうすると良い糊になり、最後には不思議に悪臭も消えてしまう。これを水で薄め漉して、布地の洗い張りの時の糊付けに用いるのだ。
 しかし、貴重な食べ物である米の飯を糊などにするのはもったいない。なんとか飯が饐えるのを遅らせようと考え出したのが「飯笊」である。
 竹を割って細いひごを作り、磨いて、きれいな笊を拵える。身と蓋と大きさの違う笊二つで一組になる。吊り紐のついた身の方に残り飯を入れ、蓋笊をかぶせ、台所の日の当たらない風通しの良い所に吊す。こうすれば真夏でも一昼夜は保つ。
 昭和戦前はもちろんのこと、昭和四〇年代まで日本人は米飯をよく食べた。しかし、三度三度飯を炊く家は滅多に無かった。朝炊く家はそれを昼も夜も食べる。夜炊く家は翌朝と昼に食べた。そこでこうした飯笊とか蠅帳の出番が回って来ることになる。
 「もう三日も御飯食べてない」「それほどお金に困ってるようには見えないけど」「パンとうどんとピザばかり食べてた」という馬鹿話があるくらい、近ごろは米飯の消費量が落ち込んでいるようだ。「飯笊」という季語の出番が少なくなってしまったのも無理はない。
  飯笊を衣桁のはしに草の宿       高田 蝶衣
  めし笊のあはれ古びし世帯かな     野村 喜舟
  すいはんに浅づけゆかし二日酔     三浦 樗良
  水飯や目まひ止みたる四ッ下り     正岡 子規
  饐えし飯の糊が匂へる浴衣かな     青木 月斗

  花入れになる飯笊のよき老後      酒呑洞水牛
posted by 水牛 at 12:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする