2019年11月23日

俳句日記 (550)


千葉・養老渓谷吟行 (6)

健康志向

 大多喜の城下町はこぢんまりしていて、小一時間も歩けば主なものは見終えてしまう。それぞれの古い家屋敷の中をいちいち見て回れば別だが、居住者がいる現役住宅が多いようで、内部見学はやっていないらしい。無住になった由緒ありげな建物は放ったらかしにされたままで、荒れ放題だから、入っていいと言われたって入る気にはならない。従って、外側を眺めて、ガイドのオバサマの説明を聞き、「はいお次」ということで、十一時頃に歩き始めて昼飯前に終わってしまった。迷哲幹事の手際の良さもあって、今回の旅は進行極めてスムーズ。
 「昼食は蕎麦の“くらや”かトンカツの“有家”か、どちらも評判がいい店のようですが・・・、この齢ごろのグループですから、まさかトンカツでもないと思いますので、蕎麦にしましょう。ただ16人も入れるかどうか、見てきます。入れなかったら何人かはトンカツへ」と、迷哲さんは駆け出した。
 実はトンカツが食べたい気分だったのだが、「この齢で」と言われた手前、言い出せなくなって、蕎麦屋が混んでいて「トンカツ屋へ何人か」と言われるのを期待していた。しかし、息せき切って帰って来た迷哲さんは「大丈夫、4人のテーブルが四つ取れました」とにこやかに仰有る。トンカツが食べたかったなどとは気振も見せず、嬉しそうな顔して「くらや」に乗り込んだ。
 結果的にはこれが良かった。朝、滝見苑の朝食が大きなカマスの塩焼き、湯豆腐、野菜炊合せ、納豆、生卵、焼海苔、生野菜サラダ、佃煮あれこれ、漬物、味噌汁と、優に三日分の朝食を一辺に食べちゃっている。いくらか歩いたからそこそこ腹は減っているが、これでトンカツを食べたのでは82歳5ヵ月の胃袋にはかなりの負担になっただろう。
 元々食い意地が張っている。年を取るにつれ、それが益々嵩じてきた。お迎えが近づいてきたことを脳味噌のどこかが察知して、今のうちに食えるだけ食えと指令を発しているのではないか。この指令を発するのは、普段、理屈をこねくり回して偉そうな事を言わせる脳味噌の部分とは異なる部分らしい。理屈をこねる部分が「食い過ぎ飲み過ぎはダメ」と正論を吐いても、身勝手部分の逆の指令がすぐさま打ち消してしまうのだ。わが脳内は365日止むことの無い戦いを繰り返している。
 70台を越えると食い意地益々高まり、デパートの地下食品売場を散歩するのが無上の喜びとなった。ついに80台になるや、高島屋の株を買って株主優待カードを手に入れ、「10%割引は大きい」とつぶやきながら、あれもこれも買ってしまう。昔は「大の男が食品売場をあさるなんて恥ずかしい」と言っていた山の神は、今や呆れて何も言わない。どころか、「何と何を買って来て」なんてお使いを命じるようになった。
 買って帰れば、食う。その結果、この二年間で65キロだったのが70キロを越してしまった。ベルトの穴が一つ緩んで、もうこれ以上はベルトを買い換えなければならない。それよりもズボンを買わねばならない。かかりつけのアカオ先生は、「あなたねえ、80過ぎて太るなんて異常ですよ。お酒を減らしなさい、脂っこいものはお止めなさいと言ったって聞かないんだから、もう、しょうがないですねえ。でもね、80過ぎたんですから、好きなお酒や肴を禁じて2,3年長く生きたってしょうがない、という考え方もあるかも知れませんねえ」と言う。50になったかならないかの若い先生にしては実に良く出来た先生だ。
 アカオ先生の顔を浮かべながら、「蕎麦にして良かった」と思ったのだが、もり蕎麦じゃ淋しいなと、天ざるにした。蕎麦はなかなか美味く、エビ天、野菜天も良かった。
 満足して通りに出てもまだ真っ昼間。「大多喜城へ行きますか」と幹事の声。あの丘の上の天守閣に登れば眺望が開けてさぞかし気持が良かろうとは思うのだが、蕎麦屋でビールを飲んだ上に、てる夫さんが上田から持って来てくれた佐久の花という銘酒の夕べ飲み残したやつをペットボトルに仕込んでおいたのを取り出して、何食わぬ顔してエビ天つつきながら飲んだから、ほんのりいい気持。「コンクリの天守閣なんか見てもなあ」と罰当たりなことを言って、いすみ鉄道に乗って外房大原に向かった。
  新蕎麦にプラスアルファの盗み酒   酒呑洞
posted by 水牛 at 22:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする