2019年11月24日

俳句日記 (551)


千葉・養老渓谷吟行 (7)

やれやれ

 偉そうなことを言うのは、まぎれもなくボケの徴候の一つである。これに暴飲暴食と物忘れが重なれば「ボケ番付」の三役に付け出される。これが進んで、何を言っているのか分からなくなったり、たった今食べた物が何であったか言えなくなったり、大小問わずお漏らしをして、それを恥ずかしがらなくなれば、堂々の横綱である。
 さて、水牛は今どの辺に位置するのか。腕を組んでしばし考えた。幸いなるかなお漏らしはしていない。今朝とお昼に食べたものは夜に「採餌記」を付ける時にちゃんと覚えて居るからまずまずである。しかし、「偉そうなことを言う」のは確かに当てはまる。句会の席上で言わずもがなの激しい言葉を発したら、而云さんが「もうちょっと抑えれば良かろうに」という顔つきをするのに気が付いて、はっとしたりする。ただ、偉そうなことを言うのは二十歳代からのことである。まあその頃からボケの兆しがあったのかも知れないが、82歳の今日の明確なボケ尺度にはなりにくい。「暴飲暴食」もやはり子供の頃からだから、今現在のボケ尺度になるのかどうか。「物忘れ」。これはある。しかもこれがこのところひどくなってきた。
 今回の旅がスタートして間もなくのことだ。小湊鐵道が台風19号の豪雨で線路が流されてしまったとかで、五井を出発して30分ほど行った上総牛久という所で代行バスに乗り換えた。バスは視線が高くなって景色がよく見えて、これまた思わぬ拾いものだと手にしたバカチョンカメラでしきりに撮っていた。それを、月崎駅でバスを降りた時に置き忘れてしまった。チバニアンで写真を撮ろうと思ったらカメラが無いことに気付いて大騒ぎ。幹事がすぐに鉄道会社に電話してくれたが、見当たらないという。 困ったなあ、残念だなあと悔しがっていたら、しばらくして幹事のケータイに小湊鐵道から電話が入り、車庫に戻ったバスの座席のシートの間に挟まっていたカメラが発見されたので、一行がこれから行く養老渓谷駅に届けますと言う。皆に「ラッキー」と祝福された。
 それに懲りずに、もう一回やってしまったのである。
 大多喜から大原に出て駅前の閑散とした商店街を散歩して、地場の蛸や、「鯨のたれ」という、鯨の切り身に甘辛味を沁ませて干した上総安房の特産を買い込んで、安房鴨川発京葉線周り外房特急「わかしお」に乗り込んだ。幸い4人掛けの席が取れて、向いに幹事の迷哲さん、ゆりさん。二人とも名うての左利きだから、乗り込む前に地酒をしこたま買い込んで、走り出すなり「お疲れ様、さあ、どうぞどうぞ」と注いで下さる。
 こちらもすっかり気が緩んでいるから、注がれるままに干す。実に美味い。あれよと言う間に東京駅だ。さようなら、さようならと、一人になって東海道線の下りに乗った。快速電車の2号車先頭の優先席に座って、股の間にリュックを置き、肩掛けバッグを膝前に据えて、発車した途端にこくんと眠ってしまった。
 耳の奥でかすかに「ヨコハマぁー、ヨコハマ−」という声がする。はっと気が付いて、脱兎の如く、乗り込んで来る客を掻き分けて飛び降りた。ホームから改札口への階段を降りながら、どうも背中が軽くてすうすうする。
 「しまった、リュックを忘れてきた」。大慌てで改札口傍の遺失物係の部屋に行った。「まだ走ってる最中ですからねえ、どこかで回収されたら連絡が来るでしょう。そうしたらお知らせしましょう」と言われて、すごすご家に帰ったら、夜十時頃に、「忘れ物は平塚駅に留め置かれています」との電話が掛かってきた。実に親切丁寧である。これまで、「鴨宮あたりの事故で、なんで東京熱海間全線ストップしなきゃなんないんだ。JRのやる気の無さは断固糾弾すべし」なんて、JRの悪口を事ある毎にわめいて来たのだが、大いに考えを改めた。そうして、翌日、平塚駅4番線ホーム事務室に行くと、あら懐かしや、オレンジ色のリュックがカウンターにちょこなんと坐っていた。
 帰って来て、一日遅れのお土産を取り出した。リュックにはスタートの五井駅で水馬さんが「旅のお供に」と呉れたジャックダニエルのポケット瓶も入っていた。旅の途中では美味い日本酒が次々に出て来たので、テネシーウイスキーの出番が無くて、しまい忘れていた。それを一口やって、つくづく考えた。
 はてさて、水牛山禿右衛門はボケ番付のどこいら辺に載るのか。二口三口やって、「小結あたりかな」とつぶやいている。
  忘れ物取りに小春の小旅行    酒呑洞

posted by 水牛 at 21:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする