2020年04月28日

俳句日記 (600)


難解季語 (67)

海市(かいし)

 蜃気楼(しんきろう)と言えば大概の人が知っているだろうが、「海市」が分かる人は少ない。海上にぼーっと楼閣や街並みが現れる天然現象である。
 地表あるいは水面上の気温が場所によって異なったり、あるいは水面や地面と少し上空との間に温度差があると、空気の密度が違ってくるために光の屈折が変り、地上の物体が空中に浮かんで見えたり、地面に反射して見えたり、遠方の物体が近くに見えたりする。
 天気が良く、風のない日によく現れる。昔の中国人は、この現象を海中に棲む蜃という大蛤が吐き出す息(気)が空中に楼台を現すのだと考えて、蜃気楼と名付けた。特に海の上に浮かぶ街を「海市(かいし)」と呼んだ。
 日本では富山湾、オホーツク海沿岸地方で見られるのが有名だ。富山湾の蜃気楼は春になり雪解け水が海面を覆い、その上に陸地から暖かい空気が流れ込んで気温の逆転層ができるために起る。春によく起る現象なので、春の季語になった。
 蜃気楼ほど大規模ではないが、「逃げ水」というのも蜃気楼の一種である。草原や沙漠などで遠くに水面が広がっているように見え、近づくと消えてしまう幻の水。オーストラリアの内陸部では今でもしょっちゅう見られ、人里離れた所で自動車が故障し、喉の渇きに堪えかねたドライバーがふらふらと逃げ水を追いかけて、死んでしまう事故がしばしば起っている。
 日本の場合は逃げ水を追いかけてもそれほど大事には至らず、『東路にありといふなる逃げ水の逃げ隠れても世を過ごすかな』(夫木和歌集)と、ロマンチックな歌題になるくらいである。「逃げ水」も春の季語。ちかごろでは舗装道路が陽射しに焼けて、前方に水溜まりがあるように見え、近づくとまた遠のいて見える情景で、若いひとたちにも理解されている。ゆらゆら立ち昇っているのは「陽炎(かげろう)」で、これにも「野馬(やば)」という別名があり、やはり春の季語になっている。

  酔うて漂う深夜の海市誰彼失せ       楠本 憲吉
  海市見せむとかどはかされし子もありき   小林 貴子
  海市からとしか思へぬ郵便物        仲  寒蝉
  海市ともコロナ籠りの妄想とも       酒呑洞
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2020年04月22日

俳句日記 (599)


メール句会が続く

 日経俳句会の令和2年度4月例会(通算188回)は3月に続きメール句会となった。新型コロナウィルスの感染者が急速に増加し、「不要不急の外出は自粛」「三密を避けよ」などとわめかれては逼塞も已むを得ない。
 「已む」で思い出したが、昨年4月30日、皇居宮殿松の間で行われた平成天皇退位礼式典で「国民代表の辞」を読み上げた安倍首相が「天皇皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願っていません」と言ってしまったというのだ。この耳で聞いたのではないのだが、「AERA」2019年5月29日号に報じられて話題になった。原稿を書いた官僚が優秀過ぎて「願って已ません」と漢字で書いてしまったのを、我らが首相は読み間違えてしまったのだろうと同誌は推測していた。
 そのソーリダイジンが全国民に「外出自粛」を言った舌の根も乾かぬうちに、ソーリダイジン夫人が大分に団体旅行である。首相は「参拝だけで観光はしていない」などと訳の分からない釈明をしたが、これが通るのなら、老いの唯一の楽しみである俳句会くらいやらせて下さいよと言いたくもなる。しかし、心底真面目にして善良なるわが句友たちは「大勢が集まっての句会は自粛した方がいいでしょう」と拳々服膺の姿勢である。「新型コロナウイルス感染拡大」の声に怯える大勢を前にしては、「罹るやつは罹る」と嘯いている水牛が一人息巻いても、最早狂瀾を既倒に廻らすことは不可能である。
あまりやる気も起こらず、
 閉ぢこもりガラス戸越しの朧月
 町に活気入学児童はしゃぎ声
 見る人の無き夜桜や冷えまさる
の三句を投句した。いずれも、この数日間の嘱目句である。推敲もろくにしていない。
 そうしたら何と、「夜桜」の句が7点獲得して第一席となった。わが書斎から見える、下の小公園のオオシマザクラが満開なのに誰一人見る人もいない様子を詠んだものだ。閉ぢこもりの朧月は同じ時に詠んだ句で、これにも2点入った。入学児童の句はその数日前、近くの小学校であった寂しい入学式だが、子供たちが屈託無く至極元気だったので、少し明るい気持になったのを詠んだ。しかしこれは零点だった。「町に活気新入生のはしゃぎ声」とすべきだった。
 水牛の選んだ5句は、
マスクして帰宅を急ぐ道おぼろ   二堂
人類は何処へも行けず朧月     双歩
吾子は今つくり笑顔で入学す    実千代
母子草ほかに九種の咲く更地    綾子
年寄りの庭にはびこる犬ふぐり   てる夫
 いずれも水牛句よりずっといいようだ。
(2020.04.22.)
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2020年04月12日

俳句にならない日記 (21)


ガタガタすんじゃねーよ

S.T.大兄
 メール有難うございました。仰有るように、コロナウイルス騒ぎにはうんざりします。しかし、確かに重大事ではありますが、政府も都もマスコミも世間も、少しヒステリックになっているようです。
 もともと風呂に入らない、手は洗わない、うがいなぞしたことが無いという欧米で、ひとたび伝染病が流行りだしたら爆発的に広がるのは当たり前です。だからトランプやフランスの大統領がわめくのも無理はないのですが、日本の首相や都知事がこれほど悲壮な顔であれこれ叫び立てるのは、自分の顔を売るためと、都合の悪い話題(モリトモ問題、アキレ夫人のお花見問題等々)をはぐらかす目的があるからでしょう。
 東京でこれほど感染者が増え始めたのは、五輪開催強行のために、これまで検査を控えていたのを、延期となって一挙に検査体制を強化したからに違いないと思っています。ですから、これから二週間くらいで、さらにこの四、五倍には増えるでしょう。けれども、そうなったとて、東京都の感染者総数は四月半ば頃で2千人といったところじゃないでしょうか。1千200万人のうちの2千人なら、がたがた震えることはないと思います。
 しかし、外出自粛をあれほどわめかれて、めぼしい所はみんな閉店では、出かける気にもなれず、家に籠もって酒ばかり飲んでいます。まあ、あと一ヵ月もすれば世の中、ウイルス慣れして来るでしょう。そうしたら、新緑を愛でながら久しぶりにお目にかかって一杯やりましょう。
 20.03.29. 水牛

 これは3月29日に世田谷区在住の友人S.T.さんに出したメールだが、どんぴしゃり、本日12日、東京都のコロナウイルス感染者が2千人になった。競馬新聞が「本紙大当たり」とはしゃぎ立てるように、予想が当たったことを自慢するつもりは毛頭無い。厚労省のやっていることを見ていて、検査件数を徐々に増やすに連れ、このくらいの割合で判明感染者が増えて行くだろうから、安倍政権が休校や外出自粛などの最初の期限と設定した4月12日頃の都内の感染者は2千人くらいになるだろうと推測しただけである。
 これからもっと増えて行くに違いない。「自粛明け」というゴールデンウイーク明け頃には、感染者数は都内で1万人、全国で2万5千人といったところまで膨らんで、「自粛期間の再延長」ということになるかも知れない。そうなっても1億2千万人の2万5千人である。感染者が全員死ぬわけではない。せいぜい2千人といったところだろう。癌で死ぬのもコロナで死ぬのも大して変わりはない。交通事故や火事でもそのくらいは死んでいる。
 「第二次大戦後、最大の国難」などと大げさな言い方を聞いていると、一日も早くこの人が政権の座を降りて呉れたら、日本はだいぶ良くなるはずだと思う。「出勤者を7割減らせ」と言うに至っては、いよいよ頭がおかしくなったかと思う。そんなことをしても、ウイルスははびこる。感染者は増え続ける。それよりも外出自粛要請とか困窮家庭に30万円支給とか全世帯にマスク2枚配布とか、猿知恵としか思えない無駄な財政出動を行い国家の懐をさらに疲弊させ、日本の経済活動を鈍らせることの方がよほど怖い。
 ウイルスには未解明の部分が多すぎる。極めて乱暴な言い方だが、不幸にも感染し肺炎など発病した人には出来るだけの手当を施して、後は天命を待つしか方法は無いと割り切った方がいい。我々庶民はもちろん用心して、アベさんなどに言われずとも不要不急の外出を控える。そうしてじっとウイルスをやり過ごす。日ごろ、あれもやりたい、これもやらねばと思いながらそのままにしておいた物事をやるチャンスだ。それらを仕遂げればすっとして、必ず寿命が延びる。
 香港型インフルエンザやSARZやエボラ出血熱等々、これまでのウイルス病も全て、堪え忍んでいるうちに抗体ができて、ある程度効果的な薬も生まれ、何よりもウイルス自体が大人しくなって、やがて落ち着いた。今回の新型コロナウイルスも同じような経過を辿るに違いない。ここ1,2ヵ月は大変だろうが、そのうちには落ち着く。
 賢しらに「7割出勤停止」などと、企業活動をストップさせるような妄言の方がよほど世の中を悪くしてしまう。政権べったりのNHKの人気番組チコちゃんにすら笑われてしまうのではないか。(2020.4.12.)
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俳句日記 (598)


鉢植えの植え替え

 4月11日の明け方の横浜地方は8℃まで下がったようだが、昨日植えた胡瓜と茄子の苗は何とも無く朝日を浴びていた。ひとまずほっとした。植えてから二週間程度、5℃以下の低温や遅霜に遭わなければ大丈夫だ。週間天気予報によれば、15日あたりに最低気温6℃になるというのだが、何とかそれを乗り切ってくれよと祈る。
 今日からは庭のあちこちに置いてある植木鉢の植え替えを始める。俳句の会の吟行に出かけた先で拾ったり摘まんだりして来た木の実を蒔いたり、折り取った枝を挿し木したものが、我が家の鉢植えの殆どを占めている。だから、それぞれに思い出がある。
 まず最初は蘇鉄。これはちょうど9年前の2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災の発生した時に松山吟行に出かけていて、三津という港町の一茶が訪れた俳諧寺を見学した折、境内に繁っていた大きな蘇鉄の実が真っ赤に熟れていたのを五つ六つ拾って来たのを蒔いた。二本芽生えたのを大事に育てていたが、一本は二年後に頓死してしまった。残る一本が元気よく育ち、10枚ほど葉を生やして、堂々たる姿になっている。直径18センチ6号鉢では窮屈そうなので、一回り大きな鉢に植え替えた。三年ほったらかしにしておいたものだから、鉢の中で根がとぐろを巻いていた。もう少しで根詰まりを起こして枯れてしまうところだった。これはもう我が家の宝物である。
 次は葉山の陶芸師匠高田三平氏の庭に繁る椿と巨大輪紫陽花。どちらも七,八年前に枝を切ってもらったのを挿し木したものだ。これも15センチの5号鉢に植えてあったのを6号鉢にしてやった。次いで、散歩の途中で植木屋が剪定していたシマトネリコのクズ枝を貰って来て挿したものを植え替える。これも8号鉢にどっしりと坐り、立派な観葉植物になった。
 実生(タネを蒔いて生えた木)の万両も移し替えた。これは一昨年、平成30年1月6日に日経俳句会・番町喜楽会合同の「山手七福神吟行」の途次、白金・妙円寺境内に素晴らしい万両がルビー色の大粒の実を付けていたのを10粒ばかり頂いて来たのを蒔いたものだ。それを目ざとく察知した水兎さんが「横浜から飛んで来た鳥が万両ついばんだ」と言い、可升さんが「好日や手に万両の実のぬくみ」と詠んで、この日の句会の最高点を取った。一つの植木鉢に10粒ほどを蒔いたのだが、6本生えて、5センチほどに育っている。これを丁寧にほぐして一本ずつにして小鉢に植えた。
 ハセガワザクロも3鉢植え替えた。これは10年ほど前、アルバイト先で仲良しになった恵チャンの案内で行った上野のアメ横のハセガワさんという果物屋でもらったソフトボールほどもある大きなザクロの実を蒔いたものだ。たまたま、山の神に「今日、アメ横探検に行くよ」と言ったら、小学校時代の同級生のハセガワさんの果物屋があるはずだというので訪ねた店だった。「へー、イナチャン(山の神の旧姓からの呼び名)のご主人、そうですか、懐かしいな」と言って、その大石榴をプレゼントしてくれたのだ。中東から輸入した「本場のザクロ」ということだった。去年、恵チャンから「ハセガワさん死ンじゃったのかな、あの果物屋、しばらく息子みたいのがやってたけどついに閉店しちゃったよ」というメールが届いた。「ハセガワさん、ザクロ、無事に育ってますよ」なんてつぶやきながら植え替えている。
 こんな具合に一つ一つ思い出が詰まっているから、植え替えもなかなか時間がかかる。10鉢仕上げて、本日は打ち止め。まだ20いくつ残っている。
  うららかや伊予の蘇鉄の葉をひろげ   酒呑洞
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2020年04月11日

俳句日記 (597)


胡瓜と茄子の苗を植えた

 外出自粛要請なんかクソクラエなどと強がったところで、博物館も美術館も動物園も休み。横浜駅周辺やみなとみらいの繁華街に出かけても、デパートや有名店はみな臨時休業。出かけても全然面白くないのだ。
 そこで家庭菜園の手入れをすることにした。冬の間にある程度耕してあるから、畑そのものはあまり手入れの必要はないが、あちこちに雑草がはびこりだしたから、それを取るだけでもかなりの手間がかかる。庭木の枝が混み合ったのを透かす仕事もある。植木鉢の観葉植物の植え替えも必要だ。やるべき事は山ほどある。
 そこへ、生協に注文しておいた胡瓜と茄子の苗が届いた。どちらも3本。ようやく本葉が二枚出そろったばかりという、何とも小っちゃくて頼りない苗である。
 とにかく届いてしまったものをそのままにしては置けない。早速、畑に6個所植え穴を掘り堆肥などを入れて、植えて、添え竹を立てた。根方には銀紙を貼った丸いビニールシートを敷いて、重石を載せた。これは保温と反射光による防虫効果と、半ノラ猫のキタ子が根元を掘り返さぬようにとの用心である。
 これで一安心。ところが、夜になったら急に冷え込んできた。なんと言ってもまだ4月10日だからなあ、苗を植えるには少し早すぎたかなあと、急に心配になった。毎年、ゴールデンウイークに入ったところで植えるようにしているのだが、今年はいつになく春が暖かく、地球温暖化益々、という感じだったので例年より二週間も早めたのである。
 植えたばかりで遅霜に遭えば、小さくてひ弱な苗はひとたまりも無い。さりとてもうどうしようもないのだが、夜中になって庭に出た。立待月が明るく輝いている。夜気いよいよ冷たい。こういう晴れ上がった夜は放射冷却というやつで夜明けの降霜が気遣われる。
 まあそうなったらなったで、しょうがないわなと月を拝み、風呂に入って寝る。

  茄子胡瓜植えて気づかふ別れ霜   酒呑洞
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2020年04月06日

俳句日記 (596)


コロナ騒ぎ、ついに「緊急事態宣言」

 横浜で生まれ育ったハマッコは必ず「横浜市歌」が歌える。東京都歌や千葉市歌となると、そんなものがあるのかどうかさえ分からない人の方が多いのではなかろうか。その点がヨコハマの余所と違うところである。83歳の私も歌詞をそらで言えるし、公園ではしゃぐ小学生も知っている。そして余程の偏屈でも無い限り、大概のハマッコがこの歌を好いている。森林太郎(鴎外)作詩の横浜市歌は明治42年(1909年)7月1日に行われた横浜開港50周年記念大祝賀会式典で発表された。もう110年も前だから、かなり古風な詩だが、中々の味わいである。

  わが日の本は島国よ
  朝日かがよう海に
  連なりそばだつ島々なれば
  あらゆる国より舟こそ通へ

 これが一番で、次はフシががらりと変わる二番、

  されば港の数多かれど
  この横浜にまさるあらめや
  むかし思へば苫屋の煙
  ちらりほらりと立てりしところ

 歌っている大人も子供も「この横浜にまさるあらめや」のところでぐっと来る。そしてまた元のフシに戻って三番。

  今は百舟百千舟
  泊るところぞ見よや
  果なく栄えて行くらん御代を
  飾る宝も入り来る港

 と歌い終わって、皆々胸を張り、すっとするのだ。
 それなのに何たること。今日、横浜市内の小学校で一斉に行われた入学式で、この横浜市歌が歌われなかった。新入生も父母も教師も皆マスク。来賓祝辞は無し、唾の飛ぶ合唱は中止というわけだ。ローカル放送のテレビ神奈川のニュースでも若い女性アナウンサーが寂しそうに報じていた。
 そうだよなあ、御代を飾る宝どころか、ウイルス満載のクルーズ船が入り来たったんだもんなあ。そこから日本全国コロナ騒ぎが始まったんだからなあ。
 さあいよいよ明日7日、安倍首相がコロナ蔓延防止のための「緊急事態宣言」を発令する。アベさんも、小池都知事も尻馬の黒岩知事も、我がちに“ウイルス撲滅十字軍”の聖なる騎士の如き顔つきで、拳を振り上げる。「自分の責任ではない」ことが一〇〇%断言できる唯一のものがこのコロナ騒動だから、政治家は皆威勢がいい。「頑張ってます」「やっています」をアピールする絶好のチャンスだ。どっちみち自分の懐が痛むわけじゃないし、ツケは後の世代が払うのだから、「一家に30万円」「困っている中小事業主には無担保返済期限無しの融資」等々、なんと気前のいいこと。
  ウイルスに果なく沈み行く御代や   酒呑洞
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2020年04月03日

俳句日記 (595)


難解季語 (66)

踏青(とうせい)

 日常会話に出てくることはなく、「詩語」として辛うじて生き残っている言葉である。詩の言葉とは言っても、現代詩に用いられることは皆無であろう。俳句の世界にひっそりと息づいているだけだと言っていい。しかし、その故事来歴を知れば、なかなか捨て難い味がある。
 踏というのは古代中国の行事に由来する言葉である。旧暦三月初めの巳の日、今で言えば四月上旬の山野に出て、萌え出づる草の上で宴を張る春恒例の行事であった。
 この旧暦三月最初の巳の日は「上巳(じょうし)」と言い、五節句の一つである。宮中の上流貴族階級、文人たちが庭園に引き込まれた流れに盃を浮かべ歌を詠む「曲水の宴」を張った。万物春の気配に包まれ、桜、桃をはじめ草花が咲き、何も無かった地面に緑の草が盛んに生える時候である。またこの日は女児の御祝いで雛祭をした。雛祭の行事はその後、上巳の日ではなく三月三日に固定され、今日に至っている。
 昔の人ならずとも、青空の下、むき出しの茶色の地面に草が萌え出し、木々の新芽が動き出すのを見ると、思わず背筋を伸ばし溌剌とした気分になり、自然界の玄妙不可思議を感じる。「踏青(青き踏む)」は、そうした万物甦る精気を身のうちに取り込む意味合いを持つ行事であった。それが奈良時代に唐から日本に伝わり、春の野に出でて楽しむ行事となった。
 そうした故事を知らなくても、春が来て木々の芽が動き、野原にハコベ、ヨモギ、ヨメナなどが生え初めると、心が浮き立ち、つい散歩などしたくなる。そういう気分で春の光を浴びながらピクニックする。これが「踏青」という季語の持ち味である。
 ただし「野遊び」「山遊び」「ピクニック」「草摘む」などは、それぞれ季語として独立しており、「踏青」とは微妙なニュアンスの相違がある。「ピクニック」や「草摘む」といった具体的な行動を表す言葉に比べると、「踏青」は古式を踏まえた優雅な趣を備えており、詠嘆の情をも含んでいる。言い換えれば、実際にやることは「野遊び」「ピクニック」と同じでも、単に身体的な喜びにとどまらず、精神的側面が強調されている。
 厳しい冬の間、寒さに縮こまっていたが、青々としてきた自然界の動きに誘われて外に出て来た。萌え出る草を踏んで駆け出したり、胸一杯に新鮮な空気を吸うと、身も心も解き放たれたような気分になる。今年も緑生え初める季節が巡って来たのだなあ、という回春、蘇生の思いを高らかにうたうための季語と言えようか。
 しかし、「踏」は響きからして何とも古風で堅苦しいと言う人も多い。そこで訓読して「青き踏む」とか「青踏むや」というかたちで詠むやり方が生まれ、近ごろはどちらかと言えばその用例の方が目につく。「踏」というやや固い響きの古式豊かな感じでも良いし、「青き踏む」という優しい調べも又良し。とにかく難解季語としてお蔵入りしてしまうには惜しい言葉である。

  踏青や裏戸出づれば桂川        内藤 鳴雪
  青き踏む左右の手左右の子にあたへ   加藤 楸邨
  青き踏む丘のつづきや法隆寺      岩木 躑躅
  青き踏むどこにも地雷なき青さ     蛯子 雷児

  青き踏むコロナウイルスちちんぷい   酒呑洞
posted by 水牛 at 13:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする