2020年06月21日

俳句にならない日記 (28)


セキニンツウカン総理

 「任命した者として責任を痛感しております」。いつでもこれだ。下手糞な落語家の面白くもないクスグリと同じで、うんざりしてしまう。憲政史上最長期間、総理大臣の椅子に座り続ける人が、これまでにこのセリフを何度繰り返したことか。記憶に新しい所では、河井前法相が妻案里参院議員の当選を図るために選挙カーのウグイス嬢に法定以上の報酬を支払った公選法違反容疑を暴露され、法相就任わずか50日で辞任した時、新型コロナ感染防止のために特別警戒宣言が出されている中で、密室で賭け麻雀をやっていたことが報じられて黒川東京高検検事長が辞職した時、そして、今回、河井前法相と妻案里参院議員がそろって公職選挙法違反(買収)容疑で逮捕された時である。
 「任命した者として責任を痛感しております」
 責任を痛感したのなら、どう責任を取るのか。
 「未曾有のコロナ禍に対処し、危機に瀕している日本経済を立て直すことです」とかなんとか言って居るようだが、国民の大多数は「あんたにそんなことが出来るはずがない」と思っている。これまでの例から見て、人心掌握に破綻を来した為政者が素晴らしい政策を打ち出して、それを実行出来たという実例は無い。
 6月21日に発表された共同通信の世論調査の結果を見ても、安倍内閣の支持率は続落し36%に下がっている。最近の各新聞、テレビの世論調査でも軒並み支持率は下落し、中には20%台に落ち込んでいるものもある。
 しかし、困ったことに安倍政権はコロナ騒ぎのどさくさに紛れてとしか言いようがないのだが、大金を握ってしまった。国家予算の「予備費」として前代未聞の10兆円という膨大なカネを計上し、数の力で国会をねじ伏せてそれを認めさせてしまったのだ。予備費とは国会に一々諮らずに首相の思うがまま使える金である。
 生半可な金額ではない。10兆円と言えば、全自衛隊の経費、つまり日本の防衛費のざっと二倍である。自然環境保護、公害防止、地球温暖化防止策等に使う環境保護保全予算の5倍以上である。死に体となったソーリがこれを、頽勢挽回、人気取りのためにばらまいたらどうなるか。あぶく銭を得てほくそ笑む輩が沢山出るだろうが、日本の経済、社会は滅茶苦茶になり、未来永劫災いを残す恐れが多分にある。
 こうなったらもう贅沢は言っていられない。誰でもいい。ぶよーんと育った広島牡蠣みたいな岸田政調会長だろうが、因幡の黒うさぎだかガマガエルだか、いかにも地味っぽい石破ダンナでも誰でもいい。ニンメイセキニンツウカン総理に比べれば、誰であろうが、日本の世の中もうすこしすっきりした感じになりそうだ。(20.06.21.)
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2020年06月18日

俳句にならない日記 (27)


防空意識の希薄

 新型コロナウイルスはあまり恐ろしく無いのだが、17日早朝から仙台上空を浮遊した「白い球体」にはぞっとした。NHKを始めテレビや新聞がいわゆる「社会面ダネ」の扱いで、「ふわふわ漂って夕方には太平洋上に出て見えなくなりました」と面白いものが現れたという報道の仕方だったのがどうにも気になった。ましてや「あれは何ですか」と問い合わせを受けた国土交通省(気象・空港・航路管理の責任官庁)や警察、防衛省(自衛隊)が「なんだか分かりません」と答え、何も行動を起こさなかったことに心底寒気を感じた。
 日本政府と、国土を守る責務のある自衛隊と警察に、防空意識のかけらもない事が分かって恐ろしくなったのである。
 実体は大したことないものだったのかも知れない。多分、バカなヤツの大掛かりないたずらの類なのだろう。しかし、こういうものを偏西風に乗せて日本上空に飛ばした時、日本政府と自衛隊、警察、そして日本国民がどんな反応を見せるだろうかと考えたX国の仕業ではないのかと考える人が日本政府部内に何人かいても良さそうなものだ、と思った。全世帯にくまなくマスクを配るほど気の付く人がいるのなら、こういう不審浮遊物体が発見されたらすぐに追尾指令を発し、洋上に出た所で爆破墜落せしめ回収して、分析するなどすべきではないか。
 18日以降、そうした行動に出るのかも知れないが、18日未明現在、そんな動きは見当たらず、ただ「不思議なものが空中浮遊していました」という話題提供だけで済ませている。
 75,6年前、敗色濃厚になった大日本帝国陸海軍は「最終兵器」なるものをあれこれ考えては促成し、不完全なまま実戦に配備した。敵艦に到達できる程度の燃料だけを積みあとは爆弾を目一杯積んだ特攻機、操縦する人間を乗せて命中精度を高めようと図った人間魚雷などなど。その一つが「風船爆弾」。日本特産の和紙とコンニャク糊で拵えた大きな風船に爆弾を吊り下げ、千葉から茨城にかけての海岸の小高い丘から飛ばし偏西風に乗せて米国大陸を攻撃したのである。実際に何発かは米西海岸に到達し、課外活動でピクニックに出た小学生と女先生を殺傷するなどの「戦果」をもたらした。一時は全米を震え上がらせ、風船爆弾を西海岸洋上で撃ち落とすために戦闘機が大量配備され、そのため対日攻撃作戦の予定が一週間程度遅れたという報告もある。
 対流圏(地上から⒈万数千メートルくらいまでの空気層)を常に西から東へ流れる偏西風。8千から⒈万メートルくらいの所では時速30キロから時には100キロ近い猛スピードで西から東へ吹く。風船爆弾はこれに乗せたのだ。17日の怪気球は高度2千メートルだったというから、これほどの風速ではなく、ゆるやかな偏西風だったために太平洋に流されるまで長時間、日本上空に浮遊していたのだろう。
 75年前と比べれば技術は高度化しており、風船の素材も進化している。日本上空で高度をぐんと下げて、コロナウイルスだろうが何だろうが撒き散らすことなどさしたる難事ではない。
 政府は今回の怪気球について、国民の間にパニックを起こさないように「笑い話」として済まそうとしたのだろうか。それならばまだ良いのだが、ノーテンキで本当に「分かりません」というのだとしたら、これは実に恐ろしい。
 日米安保条約など米国との取り決めで、「日本の空」はアメリカにすっかりお委せにしてある。航空路を定める権限すら日本政府にはない。しかし、「お委せ」していたアメリカがこのところ何となく頼りなくなってきた。日本の安全はどうなるのだろう。「だから憲法改正、軍事力強化」という動きにも賛成する気持にはなれないのだが。(20.06.18.)
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2020年06月13日

俳句にならない日記 (26)


さようなら東京五輪

 コロナ騒ぎでむしゃくしゃが募る中で、唯一「コロナのお蔭」と有難く思うのが、権勢欲・物欲に塗れた東京オリンピックが中止に追い込まれそうな雲行きになったことである。森喜朗さんも、安倍晋三さんも、ここら辺で潔く「止めましょう」と言ってはいかがか。
 東京五輪はコロナ騒ぎで一年延期し、2021年7月23日から8月8日に開催することになっている。中国を震源地に今年2月から世界中を震え上がらせてきた新型コロナウイルス感染症は、5月以降、中国、韓国はじめ欧州各国での蔓延が収まり、アメリカでは第二次流行が始まったとも言われているが、何とか押さえ込めそうな様子も見えて来た。日本もパニックに陥らずに済む程度には押さえ込むことが出来るようになった。「これならば、来年夏の東京オリンピックは大丈夫だろう」という楽観論もぽつぽつ芽生えている。
 国際オリンピック委員会(IOC)は6月11日、「目標に向けて100%集中しており、それ以外のことは単なる憶測である」という声明を発表した。「中止論」を真っ向から打ち消す力強い声明である。
 しかし、IOCというのはかなりいい加減な組織であることが、東京五輪の一年延期決定に至る経過ではっきりした。世界中が「無理だ」と唱えていたのに、最後の最後まで今年7月に予定通り東京五輪を開催すると言い張っていたのである。今度も、今年末か来年春辺りに「やっぱり中止」と言い出すのではないか。
 中止せざるを得ないと思う最大の要因は、やはり新型コロナウイルスである。先進国ではなんとか押さえ込めそうな感じになってきたが、医学専門家の多くは第二波、三波と二,三年続きそうだと見ている。もう一つ怖いのは、中南米や南アジア、アフリカなど医療・防疫体制が脆弱な地域に感染が広がって来たことである。こういう地域からのコロナウイルスの“再持ち込み”が大きな懸念となる。何しろオリンピックとはそのマークの示すように五大陸の人間が集う祭典である。
 「東京五輪に参加出来るのは国民10万人当たりのコロナ感染者0.5人以下の国に限る」といった規定を設ければ、“コロナを押さえ込んだエリート国の祭典”が開けるだろう。しかし、感染者確認手法が各国まちまちの現状では、この線引きが正しく行われるとは到底考えられず、「除外」処分を受けた国からの猛反発も予想され、この「線引き」はとても実行出来ない。それでは検査などは一切行わないということになれば、先進国の中から「参加辞退」が現れるだろう。
 もう一つのというか、これが最大の問題なのだが、参加選手の「選考」が出来ない現状である。各国の各競技の代表選手の選考を行う競技会、試合がコロナ騒ぎによって出来なくなっている。既に東京五輪の代表選考を早々と終えた競技団体の中には、一年のブランクの中で代表選手とそうでない選手との間で順位が逆転しているケースが出ているのではなかろうか。また、代表に選ばれた競技者自身としても、コロナ禍による環境激変で自身の技倆を維持することに不安を感じている者も多いようだ。
 「走ったり、投げたり、跳んだり、泳いだりするのは単なる役者であり、誰が選ばれようとさしたる問題ではない」と、幕の陰に隠れているエコノミックアニマルの五輪主催者や、その下請けの企業人は考えているのかも知れない。「五輪」という壮大な儲け仕事が繰り広げられる過程では、金メダルを取るのがAであろうがBであろうが関係は無い。決められた手順で各国の競技団体が代表選手を決めて送り込んでくれればいい。しかし、その「役者」を選べず、派遣できないとなれば、金の亡者どもがいくら悪あがきしてもどうにもならない。コロナ禍という思ってもみなかった異変によって、それが現実の問題になってきた。
 安倍政権は、「簡素化」などと姑息な手段をあれこれ弄して、東京オリンピックをなんとか開催しようと苦心しているようだ。しかしそれは止めた方がいい。無理して強行すれば必ず大混乱を招く。それよりは、「本当のオリンピック」を再構築するための「四年の空白」を作ることがより大きな意味を持つ。(20.06.13.)
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2020年06月10日

俳句日記 (606)


難解季語 (69)

氷雨(ひさめ)

 五月から六月、晴天が俄に暗くなり、雷鳴とともに雹が降って来る。これが氷雨であり、俳句では夏の季語になっている。しかし、近ごろは冬の霙(みぞれ)や霰(あられ)を氷雨と言う人が多くなり、俳句界でも氷雨を冬の季語と信じ込んで詠んだような句が頻出している。
 万葉時代以来、氷雨は雹を指していたのが、どうして「氷のように冷たい雨」として冬のものになってしまったのか。原因はよく分からないのだが、一つの大きなきっかけは、1970年代末から80年代初めにかけて、第一次カラオケブームに乗って爆発的にヒットした艶歌「氷雨」である。
 昭和52,3年頃から60年にかけての日本は、今から思えば明治維新から令和の今日に至る150年間で日本経済が最も輝いた7,8年間だったのではなかろうか。当時を新聞社の編集局デスクとして過ごした身にとっては、「満ち足りる」とか「安穏」とかいう心境とは程遠い、毎日が修羅場の忙しさだったが、物凄い高揚感があった。第一次オイルショックや田中角栄ロッキード事件で一時パニックになったが、それを乗り越え、第二次オイルショックも難なく乗り越えて、日本は世界中から驚異の視線を浴びた。「鉄鋼王国」「自動車生産世界一」を豪語し、それ行けどんどん、「ジャパン アズ ナンバーワン」、最早欧州に学ぶべきもの無しなんぞとふんぞり返った。銀座のクラブでは10円玉を入れては曲が鳴り出すジュークボックスがカラオケに変わり、それも次々に新機種が現れてのカラオケブームとなった。
 その頃、大流行したのが「氷雨」だった。「飲ませてください、もーすこし、今夜は帰らない、帰りたくない・・・ああ、外は雨まだ降りやーまぬ・・」と、目尻の下がったのっぺり顔の、確かこれ一曲しかヒットの無かった歌手の、何とも言えない思い入れたっぷりの歌だった。とにかく、この艶歌で「氷雨」とは冬の冷たい雨という印象が定着した。
 今でも「歳時記」では「氷雨」は夏の季語として残っているが、「広辞苑」を引くと、(1)雹、霰。〈季・夏〉。神武記「忽然にして天陰(ひ)しけて氷雨ふる」。(2)みぞれ、また、みぞれに近い、きわめて冷たい雨。〈季・冬〉と、新解釈も並べている。その内に(1)と(2)が逆転し、「古くは夏のものと解釈されていたこともあった」などという注釈が付くことになるかも知れない。

  枇杷の花しくしく氷雨下りけり    臼田 亜浪
  池の梅氷雨をほしいままにせり    阿波野畝
  油じむ肘の強さよ氷雨中       佐藤 鬼房
  蓮池のみるかげもなく氷雨ふる    上村 占魚
  氷雨降るをりしも獣の眼見ゆ     飯田 龍太
  氷雨ふる道を跣足の力士かな     鈴木 貞雄
  いつよりの村のまぼろし氷雨の馬   北原志満子
  口あけて面がのびたる氷雨かな    岡井 省二
  茄子胡瓜叩きのめして氷雨過ぐ    酒 呑 洞
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2020年06月07日

俳句日記 (605)


四ヵ月ぶりの句会

 6月6日夕刻6時、九段下生涯学習館で第173回番町喜楽会が開かれた。3、4、5月と女帝都知事の鵞鳥の一声で千代田区立の会館が閉鎖され、メール句会を余儀なくされてきた。それが6月から開館されたので、「やりましょう」ということになったのだ。「外出自粛」に飽き飽きしていた人たちが、中にはまだおずおずという感じの人もいたが、15人、嬉しそうに集まった。
 メール句会というのは句をゆっくり吟味出来る良さもあるのだが、俳句と言うのは元来が「座の文芸」であり、句を読み上げて、一座の面々がそれについてああだこうだ言い合うところに面白味がある。会が果てて、その余情を引きずって、二次会会場での美酒佳肴を楽しみつつの談論風発が無上の喜びとなる。
 さすがに今夜は「二次会は遠慮しておきます」という良識派が圧倒的で、アメリカ大統領やブラジル大統領の仲間のような可升、春陽子、光迷、青水、水牛の5人が二次会定例会場の「味よし」に繰り込んだ。味よしの店長、大感激、四ヵ月前のボトルキープの焼酎を「ちゃんと取って置きましたよ」と嬉々として差し出した。「三ヵ月閉店でしたからね、給付金なんかもらったって追いつきませんよ」と言う。「その分、取り戻そうなんてしないでおくれ」と軽口叩き、奥播磨純米辛口、手取川の山廃などくいくい吞んで、すっかり元気を取り戻した。やはり一堂に会する句会はいい。チチンプイプイ、コロナウイルス飛んで行け−。
 本日の句会は兼題「黒南風」と「茄子」。投句5句、選句6句で句会を行った結果、高点句は以下のようであった。
 眠る子の握り拳や柿の花       谷川 水馬(6点)
 黒南風や磯の祠に一升瓶       嵐田 双歩(5点)
 茄子もいで夫婦のひと日始まりぬ   嵐田 双歩(5点)
 濁音のやさしき人と夕涼       廣田 可升(5点)
 黒南風や猫の身を寄す放置船     前島 幻水(4点)
 黒南風や夫の機嫌を読む朝餉     廣田 可升(4点)
 男手の茄子は炒めるばかりなり    今泉 而云(4点)
 閉店のメール短し走り梅雨      廣田 可升(4点)
 この他に水牛が良いと思ったのは、
 黒南風や居間の電灯つけしまま    田中 白山
 機嫌よく日々にあらたに花なすび   金田 青水
 桜桃の青きまま落ち踏まれをり    中村 迷哲
さて、今回の水牛句は;
 黒南風や城ヶ島ホテル閉館す
 黒南風の黒雲くぐり大鴉
 もぎたての茄子きらきらと洗ひ桶
 鴫焼の茄子はふはふと冷し酒
 集ふこと無きまま青葉の候となる
の5句だったが、鳴かず飛ばずであった。

                       (20.06.06.)
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2020年06月05日

俳句にならない日記 (25)


為政者の責任

 皇帝、国王、総理大臣といった、国を統べる地位にある者の最大の責任は国民(人民)の命を守ることである。そのために国民が生活する国土(領土)への外敵の侵入を防ぎ、国民が安穏に暮らして行けるよう生産活動を持続可能にする政治を行うことが責務とされている。
 6月5日、川崎市の病院で横田滋さんが亡くなった。87歳だった。横田さんは北朝鮮拉致被害者家族会初代代表。昭和52年(1977年)11月15日、日銀新潟支店勤務の横田さんの長女めぐみさん(当時13歳、中学1年)が帰校途中、行方不明になった。爾来43年間、横田さんは妻早紀江さんと共に「めぐみを返して下さい」と言い続けて亡くなったのである。
 当時、新潟県はじめ石川、富山など日本海沿岸で行方不明になる人が相次ぎ、時には海岸で人の争う様子を目撃した人の証言などもあり、何者かによる誘拐事件ではないかと取りざたされた。もちろん横田滋・早紀江夫妻も警察に届け出て、誘拐だと訴えた。しかし警察は単なる「行方不明者」として扱い、ろくに調べも進めなかった。その後も鳥取、島根、九州と不審な行方不明者の続出に、北朝鮮スパイによる誘拐ではないかという疑念が湧き起こり、被害者家族は北朝鮮とのパイプである当時の社民党に調査を依頼した。社民党はアホとしか言いようがないが、朝鮮総連や北朝鮮に問い合わせ、「そのような事実は無い」という結論を下した。片や、当時の自民党政権は北朝鮮による誘拐など「オトギバナシ」という姿勢だった。
 当時、韓国政府は北朝鮮工作員の韓国内潜入を厳しく取締り、次々に摘発、逮捕していた。米韓連携の内情や韓国政府中枢の事情把握に工作員を潜入させることが必須の北朝鮮は、その打開策として、韓国内で自由に動ける日本人を利用しようと考えた。北朝鮮人の工作員を「日本人」に仕立て、日本のパスポートを持たせて韓国に送り込むのだ。そのために日本語や日本の風俗習慣を教える「教員」を求めた。同時に北朝鮮に新しい技術を導入するエンジニアも必要としていた。そういう人材を手っ取り早く「誘拐」という手段で掻き集めようとしたのだ。そんなこととは露知らず、外交音痴の日本政府は「北朝鮮の工作船が来て誘拐?そんなことあり得ないでしょう」と、ほっぽらかした。
 横田めぐみさん行方不明から20年後の平成9年(1997年)1月、北朝鮮から亡命した工作員の証言によって、日本海沿岸各地の一連の行方不明事件が北朝鮮工作部隊による拉致であったことが明らかになった。
 外国の人間が押し入って来て無防備の国民を捉えて拉致するという、現代では考えられない犯罪である。国権を踏みにじられた重大事件である。昔なら、一も二も無く宣戦布告である。
 さすがに自民党政権も重く受け止めたのだろう、平成14年(2002年)9月、小泉純一郎首相が電撃的に訪朝し金正日主席と会談、この席で金正日は日本人拉致の事実を認めて謝罪、日本政府が認定していた拉致被害者17人のうちの5人を帰した。二年後の04年5月、二度目の訪朝を果たした小泉首相と共に先に帰された5人の家族などが帰国した。
 しかし、残る12人とその家族については、北朝鮮側は「既に死亡」とか「入境していない」などと述べ、「解決済み」と言っている。しかし、その後にまた、場合によってはその内の何人かは帰すなどとも言っている。横田めぐみさんは生存しており、北朝鮮要人と結婚して子をなしており、今更帰れないという説も流されている。めぐみさんの娘といわれる女性と横田夫妻がウランバートルで会ったことも報じられた。
 とにかく、小泉訪朝で突破口が開かれたかに見えた日朝関係がその後どう掛け違ったのか閉ざされてしまい、今では手も足も出ない状態である。この不手際について自民党政権は深く受け止めねばならない。
 拉致被害者家族会は根気よく安倍政権に事態解決を陳情し続けている。その度に安倍首相は「拉致問題解決は安倍政権にとって最重要課題であります」と答えている。
 しかし、一向に事態解決が進んでいるようには見えない。「それを指示したのは私であり、責任は私にあります」「任命した責任は私にあります」という言い方がアベさんの口癖である。「責任は私にある」が「責任は取りません」ということなのか。古代中国であれば「革命」が起こるところである。
 とにかく、この国境侵犯による「誘拐事件」と、その被害者の帰還、損害賠償を解決することが安倍政権にとって最重要課題であることを明記しておこう。(20.06.05.)
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2020年06月04日

俳句日記 (604)


難解季語 (68)

芒種(ぼうしゅ)

 二十四節気の一つで旧暦五月(仲夏)の節(「節」とは月の始めの十五日間を指し、その時期の季節の特徴を示す)を「芒種」と名付けている。今日のカレンダーでは六月五日頃になる。
 芒種とは芒(のぎ)のある穀物、すなわち稲や麦のことで、この時期に黄河地方(中原)では麦が実り始め、揚子江一帯では稲を蒔く頃に当たる。古代中国は黄河流域のいわゆる中原が政治経済の中心地で、そこから南部の揚子江一帯にかけてが代々の帝国の基盤であった。古代中国人は狩猟も行ったが基本的には農耕民族で、黄河流域は麦、揚子江一帯は稲を主要作物としていた。人々の命の糧であるこの二大作物をはじめ、各種の耕作物の蒔き時、収穫期を知ることが生きて行く上で最も大事であった。そこで一年を二十四に割り、十五日ずつを特徴的なシンボルで示して、その時期に応じてやるべき事を人民に教える、つまり行動指針を与えたのが二十四節気である。
 なぜこんなややこしいことをしたのかと言えば、月の満ち欠けを基とした古代の暦(太陰暦)で生じる季節のずれを補うためである。太陽の運行による一年(太陽暦)と比べると、太陰暦の一年は三百五十四日しか無くて十一日も少ない。従って、新月から満月を経て新月に至る三十日(時に二十九日)を一ヵ月とする太陰暦だと、三年たつと太陽年とは一ヵ月ずれてしまう。ところが季節の変化は太陽の運行に従っているから、太陰暦に依存していては農作業の時期に狂いが生じる。
 古代の帝王には、人民に正しい時を知らせるのが天から命ぜられた使命であった。そこで太陽の位置を測り、一年を三百六十日としてそれを二十四分割して、それぞれに名前を付けて、太陰暦にはめ込んだ。こうすると太陰暦のカレンダーでは季節が毎年ずれ込んで行くものの、麦の実入り・稲の田植えを知らせる「芒種」という名前を暦に刷り込むことによって、農民は正しくその時期を知ることが出来る。
 しかし、これでもまだ実際の太陽年より五日ばかり足りない。こうした不具合を二、三年に一回余分な月を加えて一年十三ヵ月の年を拵えたり、二十四節気の配置をずらすなどあれこれ工夫をして、昔の人はカレンダーと季節の調節をはかってきた。
 しかし暦が生まれて四千年、近ごろは「地球温暖化現象」という新たな要因が加わってきた。太陽の運行を正しく測り、「令和二年の芒種は六月五日」と決めても、もう日本全国ほとんどの田圃は田植えが済んでしまっているのだ。晩稲(おくて)の田植えが細々と行われているくらいのものである。
 さもさらばあれ、早苗の植わった田には水が引かれ、田水の植えにしょぼしょぼ首をもたげた黄緑の苗がそよぎ、そこに白鷺なんぞが降り立つところはまさに一幅の絵である。
 もう十日も経てば、田の虫たちや蛙が騒ぎ立て、雑草が生え始め「一番草」が伸び始める。八十八の手数がかかるという米作りがスタートを切って第一コーナーを回るところである。

  伊賀山や芒種の雲のただならず   岡本 圭岳
  ささやくは芒種の庭の番鳩     石原 八束
  芒種なり水盤に粟蒔くとせむ    草間 時彦
  芒種はや人の肌さす山の草     鷹羽 狩行
  水門の朽ちしを守りて芒種の日   原田 啓子
  巣づくりにいそしむ鴉芒種の日   酒 呑 洞
                                  (20.06.04.)
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2020年06月01日

俳句日記 (603)


黒南風

 九州、四国は既に梅雨入りしており、関東地方もそろそろという雲行きである。6月1日は朝から雨が降ったり止んだり、空一面黒いベールに覆われ、南風が次々に湿った空気を運んで来る。梅雨の使者「黒南風(くろはえ)」である。
 静穏と言えば格好がいいが、何とも冴えない天気だ。コロナ禍の「緊急事態宣言」が解除されて商店街は堂々と店を開けてもいいことになっているのだが、まだ開いていない店もある。商品の仕入れが滞っているのか、在宅勤務を強いられていた従業員が、さあ出てお出でと言われても即応出来ず、アルバイトは首を切ってしまった、等々の理由で営業再開に手間取っている所もあるらしい。
 この不景気そのものの令和2年6月1日、水牛は満83歳の誕生日を迎えた。山の神が「お祝いにどこか美味しい店に出かけましょうか」と言った。しかし、すぐその後から、「でもまだそうした所に出かける気分じゃないわねえ」と言い継いで、この計画は検討もされぬまま取りやめとなった。
 まあコロナ騒ぎなど無くても、6月という月はあまりぱっとしない。欧州や英国では6月は若葉青葉が一斉に生い茂り、薔薇が咲き競い、空は晴れ上がる、またとない日和が続く。ジューンブライドという言葉もあるように、結婚シーズンでもある。それに引き替え日本の6月はどうだ。黒雲を伴う南風が吹き、湿っぽい空気に覆われたと思う間もなくジトジト降り始め、一ヵ月の雨期「梅雨」が始まる。梅雨があるからこそ、日本は稲を始め豊かな農産物が穫れ、魚介類に恵まれ、狭い島国のわずか3割の狭小の平地に1億3千万人近い人間が暮らして行けるのだ。しかし、みんな「このむしむしの長雨、なんとかならないかなあ」とぼやく。6月はこの梅雨と重なるので、印象を悪くしている。
 そんなことが影響しているわけではあるまいが、6月には「国民の祝日」が無い。土日も祝日も全く関係が無くなって久しいが、昔はこれが悔しかった。学校時代も勤め人になってからも、祝日が無くて、何だか損したような気分だった。
 6月10日は大正時代の昔から「時の記念日」とされている。天智10年(671年)4月25日(現代暦では6月10日)に「漏剋(刻)を新しき台に置く。始めて候時を打ち鐘鼓を動かす」と日本書紀にちゃんと書いてある。「海の日があるんだから山の日も作ろう」などといい加減な理由で出来た祝日に比べたら、ずっと由緒正しく、これはもう立派に国民の祝日になる資格が備わっていると思うのだが、どういうわけか成らない。しかしまあ、今更休日が増えても嬉しくも何ともないから黙っている。
 ともあれ、滅茶苦茶な暮らしをしていた二十代から三十代には、「どうせ七〇になるか成らぬかでお陀仏だろう」と決め込んでいたのが、80歳を三つも過ぎて、まだ大酒を吞んでいる。
 今朝も、まだ寝坊を決め込んでいた早朝から「お誕生日お目出度う」というメールがいくつも飛び込んできた。さすがに言ってもムダだと分かっている人たちばかりだから、酒をつつしめなどと無粋なことは書いて来ない。
 神様仏様と両親と友人諸氏に感謝しながら、今夜は「加賀鳶」の極寒純米辛口で行こうか、「天狗舞」純米旨醇にしようかと考えている。
  黒南風の八十三歳告げにくる
  八十三年いろいろありて明易し
                       (2020.06.01.)
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