2020年07月19日

俳句日記 (609)


大相撲コロナ場所

 三月の春場所が無観客開催、5月の夏場所は中止。それがようやく今日7月19日、名古屋開催を両国国技館に変更して開催された。土俵下の砂被りには客を入れず、桟敷席(マス席)も4人分を1人にするという形で合計2500人と絞りはしたが、兎に角、観客を入れての開催となった。半年ぶりである。
 しかし、贔屓力士の四股名を大声で叫ぶ声援は御法度で、拍手だけというお行儀の良さで、もう一つ盛り上がらない。桟敷席での酒食も禁止というから、まだまだ本来の相撲見物の盛り上がりや熱気に欠ける。
 それでも久しぶりの本場所。初日の今日はテレビ中継が始まった午後3時から6時前の結びの一番までじっくり見た。その感想は、「何とも水っぽい勝負ばかり」であった。
 何しろ、立ち上がって先手を取った方が一方的に勝つ。相手の鋭鋒を躱し、防御の末に隙をついて反撃し逆転勝利をおさめるといった熱の籠もった取組がほとんど見られなかった。この原因は、場所前の稽古不足にあるようだ。
 ウイルス感染防止のために、相撲協会は場所前の出稽古を禁じてしまった。力士は自分の所属する部屋で稽古するだけ。それも実際に相撲を取っての実戦稽古は直前のほんの二週間ほどだった。皆々、四股を踏んだり、バーベル運動をやったりの独り稽古ばかり。ようやく相撲を取ることが許されても、各部屋合同の稽古は禁止、互いの部屋を訪問し合って、実力者同士が手合わせする出稽古もダメ。こうなると、関取の多い大部屋の力士は稽古相手が多いからまだいいが、十両以上の関取は自分一人だけという小部屋の力士は稽古相手が幕下以下の取的ばかりとなる。
 といった塩梅で本場所を迎えたから、各力士とも稽古不足の不安を抱えたまま、対戦相手の調子も分からない状態で土俵に上がる。出たとこ勝負、おっかなびっくりでハッケヨイとなる。軍配が引かれ立ち上がった瞬間、タイミングがぴたりと合った方がそのまま押し込んだり、まわしを掴んで有利な体勢を作ると、そのまま勝負を決する。そんな取組ばかりが続いた。
 横綱鶴竜が前頭筆頭遠藤に破れたが、何の事は無い、鶴竜が不用意に遠藤の足を蹴る「裾払い」を仕掛けたのが空を切り、自分から腰砕けになってしまったのだ。これなども事前の出稽古禁止などによる稽古不足が原因を為していることは間違い無い。常勝横綱白鵬だって、これまで22回対戦して1回しか負けていない隠岐の海を相手に勝ちはしたが、ぎごちない相撲を取っていた。
 そんな中で、大関から陥落して序二段にまで下がり、二年半かけてようやく幕内に戻って来た照ノ富士が、苦手の琴勇輝を落着いて押し出したのが、我が事のように嬉しかった。とんとんと大関に駆け上がった頃の照ノ富士は力任せの相撲で、しかも傲岸不遜、とても応援したくなるような力士ではなかったが、地獄から這い上がって来た彼は人が変わったようで、取り口も理詰めになっている。爆弾を抱えている両膝を痛めずに、大事に取れば今場所はかなりの好成績を上げそうだ。これだけが楽しみである。
  大マスク行き交ふ七月国技館   酒呑洞水牛
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2020年07月18日

俳句にならない日記 (30)


Go to hell ! (続き)

 案の定であった。「Go To トラベル」キャンペーンを「コロナ禍による打撃をはね返す起爆剤」としたアベ政権は、ウイルス感染者の急増という事態を受けて巻き起こった地方都市側の反対や懸念の声と世論の総スカンの前に、あえなく屈した。屈したのならいさぎよく「実施は感染収束が見えるまで延期」とすれば良いものを、16日夜になって「東京都だけを除外」し「予定通り7月22日から実施」という、実に中途半端で分かり難い決定を下した。
 これは大きな禍根を残した。もしかしたら、これによって政権の命運が尽きるかも知れない。
 「東京都民の旅行には補助金を出さない」のは同じ日本国民の間に差別を生むことになる。旅行補助金の原資は国民の税金である。都民も他県民も同じように税金を納めているのに、その再配分とも言うべき補助金に都民だけがあずかれない。そういうことを政府がやって良いものなのかどうか。これが問題の第一。
 コロナ感染者は東京都が連日200人台と圧倒的に多いが、大阪府も80人台、神奈川県も50人台と随分増えている。埼玉、千葉も増えている。人口比で言えば東京と大差無い感染率である。これら多発地域からの旅行者には補助金が出る。つまり、「さあ旅行費の半額上げますよ、どんどん旅行して下さい」と奨励しているのだ。東京都民だけを足止めして、これら地域から無症状のウイルス感染者がどんどん出かけて地方にウイルスを拡散する恐れは無いと言えるのか。これが問題の第二。
 第三は既に旅行の予約を済ませた都民が沢山いることだ。この人たちがキャンセルした場合のキャンセル料について国は面倒を見ないという。それはまあ仕方がないことかも知れない。キャンセル料は旅行会社や旅館などによって扱い方がばらばらだと言うし、またそうした個人的な取引に生じた損害を一々国が補填するには法律上や事務処理上の問題が多々生じるだろうからである。となると、早手回しに予約した人はかなり損害を蒙り、これは政権に対する「深い恨み」となって残る。一方、都民観光客を当て込んだ旅行会社、ホテル、旅館、各種観光施設は、都民が来ないとなって準備が水泡に帰す。これまた政権に対して恨みを抱く。
 これらをどのように捌いて行くのか。「やはり、Go To トラベル・キャンペーンは全国一斉で中止とすべきだった」と後から嘆いてももう遅い。(20.07.18.)
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2020年07月14日

俳句にならない日記 (29)


Go to hell !

 安倍政権のダメさ加減についてはこれまでさんざんつぶやいて来たが、新型コロナウイルスへの対応ぶりについては、それほど厳しいことは言わなかった。誰が指揮を執ろうと、相手は未知のウイルスであり、感染拡大を即座に止めることなど出来ようはずは無いからである。後追いの弥縫策が目立ち、ことに側近の入知恵によるアベノマスク配布など、これが一国のソーリのやることかと呆れもした。しかし、日本国内のコロナ禍による犠牲者がこの程度で済んでいるのだから、結果オーライで、トランプ政権に比べたら「まずまず」ではないかとさえ思っていた。
 しかし、緊急事態宣言解除後のやり方が最悪である。経済の立て直しなどと恰好のいいことを言って、コロナ警戒のタガを一挙にゆるめてしまった。これまでの用心に用心を重ねて、国民に不自由を強いてきたことが、全くムダになりかねないほどの、「ウイルス再度の蔓延」状態を招いてしまったのだ。
 最悪の施策が「Go Toキャンペーン事業」である。意味不明の横文字を使って、いかにも良さそうな感じを与えようとしているのだが、政府の説明によると、「国内の人の流れと街のにぎわいを創出し地域を再活性化するための需要喚起」のために、「旅行事業者経由で旅行費用の半額補助」等を行う“Go To Travel”キャンペーンを中心に、令和二年度補正予算で1兆6794億円を計上し、観光・旅行業界をうるおすためにばらまこうという施策だ。
 確かにコロナ禍により日本全国の観光地は閑古鳥で、観光産業は手痛い打撃を受けている。これを救うための旅行需要喚起策は必要だろう。しかし、あまりにも時期が悪い。東京中心に神奈川、千葉、埼玉の首都圏では緊急事態宣言下と同じようなコロナ感染者が出始めたのだ。しかも政府はこのキャンペーンを8月4日から実施としていたのを、7月22日からに繰り上げるという。
 新規感染者が続々発生している首都圏の住民に、「旅行費半額補助ですよー、どんどんお出掛け下さーい」と鳴り物入りで送り出そうというのである。コロナ禍が折角沈静化し始めた地方都市としては気が気ではないだろう。「(コロナ感染症は)人がウイルスを運んで来ることで拡大する。リスクの高い地域から人が来ることを推進すれば、確実に感染者が発生する。今までの我慢が水泡に帰す」(青森県むつ市宮下宗一郎市長)という発言はまさにその通り。地方自治体の首長からは同様の発言が相次いでいる。現実には観光収入ゼロにあえぐ地方都市はどこも観光客の来訪を心から願っているはずだ。それなのに「Go Toキャンペーンは待ってくれ」と言わざるを得ない彼らの心中を中央の政治家と役人は汲み取らねばならない。
 それなのに安倍首相もナントカ国土交通相も「予定通り」と突っぱねる。今、これを引っ込めるとなると、それこそアベ政権崩壊に繋がりかねない心配があるからだろう。しかし、これを強行すれば、旅行費補助に釣られて首都圏から地方への旅行客が増え、その結果、地方の観光地などで新規感染者が続出という事態になる危険性は十分にある。そうなったとき、アベさんはどうするのだろう。
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2020年07月06日

俳句日記 (608)


番町喜楽会第174回例会

 東京都は小池都知事が新型コロナウイルス蔓延防止の“緊急アラート”を解いて以来、各区の市民活動の公共施設の使用禁止を解き、6月から貸会議室の使用も再開した。これによって、水牛の関係する句会の中で番町喜楽会だけは開けるようになった。嬉しい限りで、7月6日(月)夜も、九段下の生涯学習館に勇んで出かけた。
 九州地方は荒梅雨による豪雨、川の氾濫で大被害、関東地方も6日夜から7日にかけては十分に警戒が必要との予報。この嫌な天気に加え、一旦沈静化したコロナ感染者がまたぞろ多くなって、東京都は直近5日連続で新規感染者が100人を越している。こんな気分の悪いニュースが朝から流されていた。それも影響してかこの夜の句会出席者は13人といつもよりは少なかったが、一同そこぶる元気。
 本日の兼題は「夜濯ぎ」と「ビール」の二題で、これと雑詠含め5句を幹事に事前投句、幹事が選句表を作成して参加者にメール送信する。出席者はあらかじめ選句して会場に赴き、句会は披講から始める。欠席者は選句と選評を幹事にメール送信し、句会で出席者の披講が終わった段階で、幹事が欠席選句をまとめて発表する。今回もいつもと同じような方式で句会が進んだ。選句の結果、高点句は以下の如し。
 《天・8点》青田風マスク外して深呼吸     金田 青水
 《地・6点》市松に座る映画や梅雨寒し     廣田 可升
 《人・5点》夜濯や教師の母の背のまるし    高井 百子
       夜濯ぎや背番号なきユニフォーム  玉田春陽子
       鰺寿司とビールの車窓伊豆の海   中村 迷哲
       桑の実の熟れて蚕の里廃る     高井 百子
       この頃は客人もなし螢草      高井 百子
       口下手は父親譲り山椒魚      谷川 水馬
 さて、水牛句は、
  夜濯ぎや背伸びで星がつかめそう   (1点)
  ビール祭五リットルジョッキ挙ぐ娘
  処方箋にビール書き足すチェコの医師 (3点)
  梅雨海峡義経一行蝦夷目指す     (1点)
  酒冷やす山椒鰊の漬かり頃      (1点)
と低空飛行だった。 (20.07.06.)

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2020年07月01日

俳句日記 (607)


本日は七十二候の半夏生

 世田谷に住んでいる句友のコウメイが、「散歩の途中に水牛の菩提寺の九品仏に寄ったら庭石の上に猫が昼寝していた」という随想を句会の月報に送ってきた。それで、ああそうだ九品仏の半夏は生えたかな、コロナ予防を口実にもう随分久しく墓詣りをさぼっているなということを思い出した。
 今日は暦の七十二候の「半夏生」である。半夏生などと言っても若い人には全然通じない。年寄りだって知らない人の方が多いに違いない。この言葉は半夏(はんげ=カラスビシャク)というサトイモ科の薬草が生える時期を示している。半夏は藪陰や道端、畑に生える地味な雑草で、高さ二〇センチ内外の茎の先にマムシグサや水芭蕉やカラーのような仏炎苞(手の平をすぼめたような、仏像の光背のような形の花)を咲かせる。この根茎を乾燥したものが半夏で、胸のつかえ、胸焼け、消化不良、二日酔などに効能があり、漢方薬の「半夏瀉心湯」や「小青竜湯」に配合されている。「半夏生」とは「半夏の生ずる頃」という暦の言葉なのである。今日のカレンダーで言えば7月1日か2日になる。
 昔の暦は新月の日を1日(朔日・ついたち)と定め、満月の15日を経てまた月の見えなくなる月末を29日あるいは30日(みそか)として、一ヵ月とした。それを十二回繰り返すとまた元の季節に還る。これが太陰暦というもので、中国古代王朝夏(紀元前二一〇〇年〜前一六〇〇年)の末にはもう流布されていたようだ。
 しかし月の運行と太陽の運行にはずれがある。太陽は約365日で一年だが、月の一年は約355日しか無い。春夏秋冬の移り変わり、季節の気象変化、温度変化は太陽の及ぼすものだから、月の動きに基づく太陰暦に従うと、暦の上の日付と季節変化が一年で十日程度ずれてしまう。このズレは3年でほぼ一ヵ月になり、18年放っておけば真夏に正月が来てしまう。
 暦というものは帝王が民に生活の基準、指針を示す予定表である。何月何日にはこれこれをすべし、と教える計画表だ。しかし月の運行に基づく太陰暦の6月5日に「稲を蒔きなさい(あるいは早苗を植えなさい)」と教えたとする。その年はそれで良かったが、翌年の6月5日の所に「稲を植えよ」と書くとどうなるか。前年に比べ周囲の気温がやや低くて、植えた苗がいじけているようだ。その翌年の6月5日に植えたらどうなるか。その翌年はどうか。もう植えた苗は低温で枯れてしまうだろう。太陽暦に比べて一年に10日ずつ季節を先取りしてしまうのだから無理も無い。
 この不都合を解消するために、古代帝王は暦学博士を糾合して研究させた。太陽の動きを計測して、真東から上がり真西に沈む日を春分、秋分と定め、日が最も短くなる日を冬至、最も長くなる日を夏至と名付けてこの四つを基準に、15日ずつに区切って季節の特徴を示す名前を付けた。これを「二十四節気」と定め、それをさらに五日ずつに細分化したものを「七十二候」と名付け、太陰暦の中にはめ込んだ。こうすると、稲など禾(ノギ)のある穀物を蒔いたり植えたりにふさわしい「芒種(ぼうしゅ)」という日は、ある年は6月5日になり、ある年は6月15日になっても、暦に「芒種」と明記しておけば農民は間違えずに済む。こうして出来たのが太陰太陽暦で、夏王朝の次の殷(商)王朝(前16世紀〜前1023年)には実用化されていた。この暦が7世紀中頃、天智天皇の時代に漏刻(水時計)と共に中国からもたらされ、以後、明治5年までこの太陰太陽暦が連綿として用いられてきた。
 その頃の日本で最も重大視されていたのが米作りである。中でも大切なのが「田植」。田植の時期を失すれば大変なことになる。旧暦5月初めの「芒種」に始まる田植は、「夏至」を過ぎて11日目の「半夏生」までに何としてでも終えねばならなかった。何らかの事情でこの日まで田植が出来ない家は、「半夏半作」と言われて馬鹿にされた。半分しか実らないというわけである。また、半夏生の頃は梅雨の真っ最中だが、この日の天気で以後の半年を占う風習もあり、この日がひどい雨だと「半夏雨」と称して、秋の台風水害への用心を心掛けた。
 半夏生の日から五日間は農事を一切休み、近畿地方の農家では蛸を食べて祝い、讃岐ではうどんを打ち、若狹では焼鯖で一杯やるといった、地方地方での祝い事が行われた。早春の田起こしに始まって、何度かの春耕、苗代づくり、田植と続く、米作りの第一段階を終えるのが、この「半夏生」なのである。
 縄文後期から三千年あまりも続いて来た米作り日本だが、今や米の有難味をあまり感じない世の中になってしまった。「半夏生」という季語もすっかりカビが生えてしまったようだ。
 コロナ禍に輪をかけるなよ半夏雨   酒呑洞
(2020.07.01.)
posted by 水牛 at 22:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする