2017年06月01日

俳句日記 (343)


傘寿

 六月一日、満八〇歳になった。山の神と寝太郎が上等の鰻で祝ってくれた。新聞記者という稼業を始めて以来六〇代初めまで、無茶苦茶な暮らしを続けた。とは言え、仕事ばかりしてきたわけではない。そんな偉そうなことはとても言えない。大半の時間はぐたぐたと遊び惚けて飲んだくれての放蕩である。夜更かし朝寝坊が癖になってしまった。
 たまに真剣に働かねばならぬ場面にも遭遇する。もとよりここを先途と駆けずり回り、まあまあそれなりの働きを示す。すると覿面、鈍った身体が言う事を聞かず、心臓が早鐘のように鳴り、ぶっ倒れてしまったことも再三であった。
 それやこれやで、五〇歳になった時には心底、「七〇歳まで生きられるかなあ」と思った。それがなんと、いつの間にか、それを10年も超えてしまったのだ。我ながら驚いてしまう。
 そうなると図々しいというか、甘えと言うのか、急に死にたくなくなって、「あと10年は」なんて考え始める。これほど好きな物を好きなだけ食べて、大酒を吞んで「九〇歳まで」なんて言うのは欲ばり過ぎであろう。閻魔様が赤い顔をなおさら赤くして眼を剥いているような気がする。
 だから、これからはもう少し控え目に、一年ずつ生きていこうと思う。そう言いながら、今日は殊の外物思うことが多くて、いつの間にか四合吞んでしまった。
  八〇歳回り灯籠めくるめく
posted by 水牛 at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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