2017年06月17日

俳句日記 (344)

ステテコ

 若い頃からステテコを愛用している。夏はことにいい。パンツ一枚でズボンをはくと腿や膝が汗ばんでべたつき、足捌きが悪くなる。純綿のステテコが一枚噛むことで、ズボンが直に肌にくっつかず、足首から太腿まで煙突状の空間が生じる。これで空気が通いやすくなるから気持がいいのだと、勝手に解釈している。
 しかし猛暑に遠出したり畑仕事をやると、さしものステテコも汗でぐっしょり濡れ、膝や太腿のところで肌に張りつく。そういう時に、何かの拍子で身体を捻ると、ステテコがびりっと裂ける。汗掻いては洗濯を繰り返し、ステテコは酷使されっぱなしだから、劣化が意外に早いのだ。
 「あらもう切っちゃったの」
 「切っちゃったんじゃない、切れちゃったんだ」
 そんなのどっちだって同じでしょという顔をして、山の神は東急ストアに買いに行く。買って来てはくれたが、ちょっと憮然としている。
 「下着売場の女性店員にステテコ頂戴って言ったら、通じないのよ」
 「へぇー、おかしいねえ」
 「その子、そばの男性店員に聞いてこっちを振り向いて、ああ、長ズボン下ですね、なんて言うの。それでね、男の店員が昔はステテコって言ったんだよって教えているの。だから、そうよ私はオバアサンですからねって言ってやったの」
 そうか、ステテコはついに死語になってしまったのか。飄逸なステテコという名前は中々いいのに、どうして使われなくなってしまったのだろう。
 明治初年、落語家の初代三遊亭円遊がだぶだぶの下ばきで高座に上がり、滑稽な踊りで喝采を博した。初代円遊は大きな鼻の持主で「鼻の円遊」とも言われていたそうだ。そこで、踊りながら嫌なものを振り捨てるような仕草で、看板の鼻をもぎ捨てるふりをした。この所作がおかしくて大いに受けた。そこから「捨ててこ、捨ててこ」という言葉が生まれ、珍妙な長下ばきをステテコと言うようになったと言われている。とにかく、ステテコの語源は円遊にあることは確かなようで、それほど下品と言うわけではないし、差別用語でもない。わざわざ「長ズボン下」などとバカらしい言い換えをしなくても良さそうなものだ。
 ステテコは昭和に入る頃には日本男児の下ばきの定番になっていた。戦後も大いに流行り、「柴又の寅さん」がダボシャツとステテコ姿で人気を呼び、下町のオジサン、兄さん達の夏場の普段着でもあった。赤塚不二夫の人気ギャグ漫画「天才バガボン」のパパもこの恰好である。寅さんやバガボンのパパ、そして下町のオジサンたちのユニフォームともなったが故に、若者世代から「ダサイ」とそっぽを向かれたのであろう。一時、ステテコは全く売れなくなってしまった。
 それが近ごろは人気を取り戻し、若者向けに柄モノのステテコや、女性用まで出来ているという。それら“新種ステテコ”には「リラコ」とか「女子テコ」とかメーカーごとにいろいろな名前が付けられているらしい。若い女子店員が分からなくなってしまうのも無理からぬ状況になっているのだ。
 しかし、こうした小なりといえども日本文化の端っこを担っている「ステテコ」という名前は大事にしてほしいと思う。何しろ俳句では「すててこ」は立派に夏の季語として立てられているのだ。
  すててこが回覧板を持って来る
posted by 水牛 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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