2018年02月23日

俳句日記 (390)

耕す
 菜園を耕しながら小石や雑物を取り除くフルイ掛け作業をした。これが大変な時間と労力を要する大仕事。小石だけでなく、いろいろなモノが出て来る。錆びた釘や蝶番、ボルトナット、プラスチックの洗濯ばさみ、茶碗や皿のかけら、布切れ、窓ガラスの破片、薬瓶、子供のベーゴマやおはじき等々がめったやたらに現れる。この菜園は毎年冬と夏に耕し、石や雑物は見つけ次第捨てていたのだが、今回のように丁寧にフルイをかけることはしなかった。こうして悉皆クリーニングをやると、拾い残していた雑物がかくも多いのかと呆れ果てる。
 この菜園のある場所は大正の末から昭和の初めにかけて亡父が開いた横浜ガーデンの一角で、山林を切り拓いて整地した住宅地である。小石は山の中に埋もれていたものかも知れないが、錆釘や洗濯ばさみや皿小鉢や窓ガラスの破片が出て来るはずはないのである。それが何故出て来るのかと言えば、33年前の我が家の建て直しの時の土の入れ換えしか考えられない。
 昔あった木造家屋を壊して旭化成のヘーベルハウスに建て直したのだが、その時、地山の斜面の崩れを直したり、地盤補強のために敷地を掘り返し、その土をどこかの集積場に運び、敷地の杭打ちなどが終わった後に、集積場から再び土を運び込んだ。その土は恐らくどこかの家の建て直し現場から出た土で、それにいろいろな雑物が混じっていたのだろう。
 そうした建設残土は敷き込む時にフルイにかけるのが丁寧なやり方というものだが、そういう工事は下請けの下請けがやるので、どうしてもいい加減になってしまうのだろう。こうして33年間、此処掘れワンワンではないが、耕すたびにいろいろなモノが出て来て、今回の一念発起のフルイ掛けで、最後のプレゼントがどっと出て来たというわけだ。
 この作業は大変な時間がかかり、長さ3メートル少々、幅45センチの畝を仕上げるのに何と2時間もかかってしまう。それが5列ある。毎日は出来ないから、のそのそやって、結局半月かかってしまった。しかし、後にはフルイ通しされたふかふかの土がこんもりとしている。それを半ノラのキタコが眺めている。ジイサンが精出して私のトイレをこさえてくれたのねといった表情である。そばのレモンの大きな木や花咲く梅の枝には雀がやって来て、ジイサン早くどこかへ行ってくれないかな、美味そうな虫が見えると鳴き交わしている。
 明日天気なら、ここに春蒔大根の種を蒔いてやるつもりだ。
  婆猫とおしゃべり交し耕せり
posted by 水牛 at 23:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。