2018年08月13日

俳句日記 (417)


雲の峰と雷電 (7)
大酒吞み

 雷電は身長6尺5寸(1.97m)、体重45貫(168kg)という、当時としては並外れた体格と抜群の運動神経を備え、まさに力士になるのが運命づけられていたような逸材だった。成人男性は五尺(約1.5m)が普通、5尺5寸(1.65m)あると大男と言われていた時代である。力士も大方は5尺8寸から6尺せいぜい、つまり1.7〜1.8mだった。そこに2mの巨漢が現れたのだ。
 当時も2mを越す巨人力士が居ることはいた。大相撲史上最も背が高い力士は長崎県平戸市出身の生月鯨太左衛門(文政10年・1827〜嘉永3年・1850)で7尺6寸(2.28m)、次いで島根県安来市出身の釈迦ヶ岳雲右衛門(寛延2年・1749〜安永4年・1775)と肥後熊本出身の大空武左衛門(寛政8年・1796〜天保3年・1832)の7尺5寸(2.25m)。深川の富岡八幡宮には釈迦ヶ岳の十三回忌法要を機に、実弟でやはり大関だった稲妻(真鶴)咲右衛門が建てた「等身碑」と、昭和になって作られた背高力士12人の四股名と身長を示した「巨人力士碑」がある。
 ただ、これらの巨人力士は大関を張った釈迦ヶ岳を除けば、ほとんどは成績が上がらず、土俵入りをするだけで相撲を取ることの無い「看板大関」というのが多かった。いずれも病的な体付きで、大空武左衛門36歳、釈迦ヶ岳26歳、生月24歳と早世している。そうした中で、雷電は「大きくて、強くて、健康的で明るく、頭が良かった」から、断然の人気者になった。
 江戸、大坂の本場所はもちろんのことだが、地方巡業も雷電一行が加わると大入満員になった。興行を司る勧進元はもとより他の部屋の親方・力士たちも、雷電と一緒だと実入りが増えるから大歓迎した。行く先々の旦那方や歓楽の巷でも雷電はもてもてだった。しかもいくら吞んでも平気という大酒吞みで、酒にまつわるエピソードが沢山ある。
 雷電には「張り手、閂(かんぬき)、鯖折(さばおり)」を禁じ手とされたという伝説があるが、それほど相手から恐れられ、取組む前から圧倒していた。とにかく21年間の本場所の成績は254勝10敗2分14預5無勝負41休。「預かり」と「無勝負」は先に書いたように、抱え主である各藩のメンツをたてるために行司、検査役、さらには勧進元まで巻き込んでの政治的配慮。「休み」は当時、正当な理由があれば「無勝負」扱いだったから、結局、雷電の勝率は9割6分という空前絶後の成績である。とは云っても、雷電も兎に角10番は負けている。そのほとんどが、前の晩に大酒を吞んでの二日酔いが原因と云われている。いずれも、全く気を抜いたとしか思えない、一気の寄りや喉輪攻めや奇策によって、呆気なく負けたようである。
 10敗の中でも最大の番狂わせと言われたのが寛政12年(1800)十月場所の初日、幕下三枚目(現在の十両三枚目)鯱和三郎(しゃちほこ・わさぶろう)との取組だった。雷電のような人気力士でしかも一門の総帥を務めている身には、初日は兎角鬼門であった。前の日まで抱え主や贔屓筋、関係各所への挨拶やそれに伴う宴席で疲れがたまっている。巡業の日程のずれから、帰京して翌日が初日ということもある。しばしば初日を休んでいるのも、そういうことがあったためである。
 そんなこともあって、雷電に限らず大関の初日の取組は、座元が気を利かせて軽い相手を選んだ。何しろ雷電はそこまで新記録の四十四連勝中であった。誰もが雷電の勝ちを信じて疑わなかった。
 当時の仕切には制限時間が無いから、両者立ち合う気迫が漲り、呼吸が合うまで、何十回も仕切を繰り返す。どうせ勝ち負けは分かっている、退屈した客がぞろぞろ帰り始めた。当の雷電も「おい、いい加減にせい」という気分になっていたに違いない。ようやく息が合い、行司が軍配を引いて両者立ち上がった。鯱はぶちかますと見せかけて、さっと雷電の後ろに回り込み、あっと云う間に向こう正面に送り出した。雷電の完全な油断だった。
 鯱は幕内と十両を行ったり来たりの力士で、結局は最高位が前頭三枚目で終わったのだから、雷電の連勝を44で止めたという事だけで相撲史に名を刻んだ。鯱の所属する久留米藩は松江藩を凌ぐ相撲好きで、初代横綱小野川(この時期には引退し親方になっていた)以下、錚々たる顔ぶれが揃い、この場所の東方の幕内はほとんど久留米藩の抱え力士で占めていた。しかし、小野川以下、雷電には一辺も勝ったことがない。何としてでも雷電をやっつけたい。それには警戒されない鯱のような力士が油断を突くのが一番と秘策を練っていたようだ。
 とにかく、雷電はこの後また38連勝したのだから、なんともはや痛恨の1敗であった。たまたまこの取組を俳諧の大立者宗匠の大伴大江丸が見ており、「負けてこそ人にこそあれ相撲取」と詠んだ。大江丸も雷電フアンだったようだ。
  吞みすぎを誡めつつも新走り
posted by 水牛 at 13:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。