2018年08月16日

俳句日記 (419)


雲の峰と雷電 (9)
 火事と喧嘩は江戸の華

 文化二年(1805)二月、芝神明社(港区芝大門一丁目の芝大神宮)で晴天十日間の春場所が開幕した。もちろん大スター雷電を見ようと連日満員の盛況。ところが江戸っ子の人気を分け合うもう片方、火消「め組」の鳶の者たちと若い力士が大げんかして、場所をめちゃくちゃにしてしてしまう大事件が起こった。世に言う「め組の喧嘩」である。今回はその顛末を記した個所を読もう。
 「丑春江戸相撲 二月九日初日ニテ天気あいよろしくして十六日迄七日相撲取り申し候所 め組之者九龍山ト申す相撲人ト 神明地内之内ニ芝居之有り候テ 芝居之内ニテ少々之事ニ付き候 外茶や之前ニテちゃ屋の火ばち九龍山へうち付 それけんくわありし候申して 火の見ニテはん庄うち 町は 早ひやうしきを打ち鳶之者大勢二三百人も忍来リ 相撲場木戸前へ忍よせ家根之瓦ヲとつてなげちらし とび口をもつて木戸前へ忍よせ申し候 その内 四ツ車壱人参り候所 此者ヲ鳶口ニてふつてかかり申し候 四ツ車腰物ヲ抜ききってかかり 壱人きりたヲし其外二三人ニモきづヲ付候に付 あいてもあとへ引候ゆへ 相撲之小屋之内へ四ツ車ヲ引入れ申し候」
 この後すぐに、恐らく力士側の代表者たる雷電も加わって親方・年寄たちが相談し、奉行所に訴え出た。力士の管轄は寺社奉行、町人である火消し鳶職は町奉行。町奉行所から早速大勢の与力同心・取方が出動、乱暴を働いた鳶の者30数名と九龍山を逮捕した。しかし、官許を示す「蒙御免」の看板は壊され、木戸も滅茶滅茶にされ、春場所はやむなく休業、二ヶ月たった四月下旬に再開し残り三日間を行った。こんな大騒動があったにも拘わらず、雷電は十戦全勝だった。
 この大喧嘩は「め組の喧嘩」として語り継がれ、明治に入って「神明恵和合取組」(かみのめぐみわごうのとりくみ)という歌舞伎狂言になって大当たりを取り、今日でも人気演目としてしばしば上演されている。しかし、喧嘩の発端は雷電も書いているように「少々之事」、つまりバカバカしくケチ臭い話だった。
 町火消「め組」は日本橋から芝浜松町辺を受持つ有力な組で、もちろん芝神明社も縄張内。火消・鳶の者は木戸御免だからめ組の辰五郎と長治郎は相撲の木戸を肩で風切って入ったが、一緒に連れていた地回りの富士松が木戸番に咎められた。辰五郎はオレの連れなんだから黙って通しなと言うが、木戸番は許さない。そこへ九龍山という幕下(十両)力士が通りかかり、規則通り木戸銭を払えと言って、その場は鳶職側は大人しく引き下がった。その夕方、場所がはねて、九龍山が境内に掛かっていた芝居小屋に入ったところ、そこに辰五郎一派がいた。互いに昼間のことがあるから、些細なことで言い合いになり、「表へ出ろ」ということに。鳶の者が芝居小屋の前の掛茶屋の火鉢をいきなり九龍山に投げ付け、ついに本当の喧嘩になってしまった。火消しの一人が火見櫓に上って半鐘を打ち鳴らしたから、たちまち2百人もの鳶職が集まり、鳶口や六尺棒などを振り上げて相撲小屋の木戸を打ち壊し始めた。そこへ応援に駆けつけたのが九龍山の兄弟子の四ツ車。幕内力士で武士の資格があるから帯刀している。打ちかかる富士松を腰の刀を一閃切り倒してしまった。さらに数人の鳶に負傷を負わせたところで、駆けつけた鳶の頭や相撲側の年寄連中が割って入り、捕方も出動して、ようやく大乱闘は鎮まった。
 さて騒動の決着だが、判決は一方的に鳶側に責めを負わせるものだった。そもそもの原因を作ったのが強引にタダで入場しようとした鳶側にあったこと、火事ではないのに早鐘を打ち鳴らして騒動を大きくした責任を取らされたのである。辰五郎は百叩きの上江戸払い、長治郎と早鐘を鳴らした長松が江戸払い、その他三十数名の鳶は説諭の上罰金。力士側は張本人の九龍山こそ江戸払いになったが、抜刀して数人を殺傷した四ツ車を始め全員お構いなし。伐られて死んだ富士松は数千円の入場料を惜しんだばかりに死に損ということになった。
 この判決で最も重い刑罰を受けたのは火の見櫓の半鐘で、遠島(島流し)になり、明治になってから芝大神宮に戻された。雷電は日記に「御上様ニても 相撲人をとなしきしかたニ候ニ付おほめになり 相撲人へはなんのおとがめも無之候」と書き、胸撫で下ろしている。ここから推測すると、江戸払いになった九龍山も実際には目こぼしになった感じである。
 鳶側がタネを蒔いた事件とは言え、こう一方的な判決では江戸っ子たちももやもやを抱えたのだろう、火消鳶への同情が集まったようだ。明治23年に上演された歌舞伎「め組の喧嘩」はそうした伝説をもとに、五代目菊五郎の辰五郎をやたらに恰好良く仕立て、鯔背な火消しをかなり持ち上げた話になっている。

  人気者同士の喧嘩江戸の春
posted by 水牛 at 19:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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