2019年01月05日

俳句日記 (442)

仕事始め

 菜園の縁にヤマイモを植えてある。半世紀以上も前に、亡父が自然薯(じねんじょ)と呼ばれる山に自生する山芋を貰って来て、首の部分を植えて置いたものの子孫である。毎年晩秋に蔓が黄色くなると、堀採っては太く長い芋は食べて、首の部分や、小さい芋をそのまま埋めておくと、春になると芽生え、支柱に蔓をからませて伸び、秋にはまた立派な芋が採れる。葉の付け根に出来る零余子(むかご)という球根のようなものがばらばら落ちて、そこからも芽生えるから、山芋はいつの間にか増えて、近年は菜園の縁にずらりと3,40本並ぶほどになった。
 そのうちの10本ばかりは昨年秋に収穫し、食べ尽くした。しかし30本ちかくが掘る暇の無いまま越年してしまった。枯れ蔓のからまった長い支柱が沢山並び立っているのはどうにも見苦しい。
 好天気が続く亥年正月の仕事始めは山芋掘りにしようと決断した。しかし、山芋掘りは大変な重労働である。地表の蔓の生え際から下20センチばかりは細い首で、その下から太い塊根が伸びている。乱暴にシャベルを扱うと、首の所でポキンと折れてしまい、肝心の食用となる芋が土に埋もれて何処にあるのか分からなくなってしまう。そこで、蔓のからんだ支柱の回りを手で探りながらそっと掘る。山芋が見つかったら、地中深く伸びている所を用心深く堀り、その土を脇にどける。
 山芋掘りは塹壕掘りと同じで、土の掻い出し作業である。こうやってざっと二時間、幅40-50センチ、長さ2メートル、深さ1メートルほどの塹壕が出来、掘り上げた立派な山芋を新聞紙に並べて写真を撮った。新聞全紙は80センチだから、山芋の長さがほぼ分かる。途中でぽきぽき折れてしまったのも入れると、完全形に換算して15本くらいになろうか。19.01.04山芋2.jpg
 これでしばらくは大好物のとろろ汁、鮪の山かけ、とろろ蕎麦が楽しめる。八百屋で売っている長芋は水っぽいが、自家産の山芋は腰があって香りも良く、素晴らしい。しかし、二時間足らずの掘削作業で息も絶え絶え、腰も痛くなった。
 そうだ、明日は新春恒例の七福神吟行で池上に行かねばならぬ。一晩寝て、明日朝、身体が痛んで起きられなかったらどうしよう。急に心配になってきた。
  山芋を掘るが亥年の初仕事
posted by 水牛 at 00:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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