2019年08月11日

俳句日記 (515)


難解季語 (33)

いきみたま(生身魂・生御魂)

 「お盆」は仏教の盂蘭盆の略称で、その盂蘭盆というのも、元はサンスクリット語のullambana(ウランバーナ=倒懸)が語源だ。インドの古代宗教では、死者は生前の罪科を抹消するため冥界で逆さ吊りにされると信じられていたため、現世の子孫たちは先祖が受ける苦悩を慰めるために祭を行った。これが仏教に取入れられ、ウランバーナが漢訳されて「盂蘭盆」となり、やがて日本に伝わった。しかし日本にも古代から先祖を祭る風習はあり、それが仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)と結びついて、日本独特の盆行事が形造られるようになった。推古天皇十四年(六〇六年)に盂蘭盆会を行った記録が残っているというから、古い。
 現代日本にはお盆が年に三回ある。一つは明治五年の改暦によって施行された新暦(太陽暦)に昔の行事の日取りを機械的に移してしまうやり方である。首都東京はじめ関東各県はこの新暦方式に従った。一月一日は元日、七月七日は七夕という具合で、お盆もそのまま七月十五日とした。とてもすっきりとして分かり易い。しかし、元日は寒の最中でとても「賀春」の雰囲気ではないし、七夕やお盆は梅雨の真っ只中ということになってしまう。
 そこで、旧暦行事を単純に一ヵ月ずらして行う「月遅れ」という方法が取り入れられるようになり、地方ではお盆も「月遅れ盆」で行う所が多くなった。これだと季節のズレをある程度カバーできる。これが現今の会社社会の夏休みと重なり、八月十五日を中心とした帰省ラッシュを起こしている。このサラリーマン社会の夏期休暇制度とくっついて、「月遅れ盆」がもっとも盛んなようだ。
 ところが伝統行事は旧暦で行うという頑固な所も残っている。盆行事も旧暦七月十五日に行う「旧盆」である。しかし、旧暦では日取りが毎年ずれてしまう。例えば平成29年(2017年)の旧暦七月十五日はなんと九月五日にずれ込んだ。これは旧暦の季節調整手段として、この年の五月を普通の五月と閏五月の二回やったために生じた大幅なずれである。しかしこの調整のおかげで30年は八月二十五日が旧七月十五日となり、令和元年の今年は八月十五日が旧暦の七月十五日ということになった。「旧盆」と「月遅れ盆」が重なった珍しい年である。
 新暦・旧暦と由緒ある行事との季節調整の難しさは、俳句作法にもいろいろな問題をもたらしている。現代俳句界はこの暦と季節とのずれをどう克服するかの葛藤に疲れて、季語もいらぬ、575もいらぬとヤケを起こしたような人も出て来て、新傾向俳句とか無季自由律俳句などというものが生まれた。
 さてここでようやく、今回の表題である古色蒼然たる「いきみたま」という難解季語の話が始まる。しかし、さしたる事は無い。始まればすぐに終わる。
 生身魂とは「生きている魂」すなわち死に損ないのボケ老人のことを、やんわりと真綿にくるんで奉ったものである。お盆というものは元より代々のご先祖様、近年亡くなった身内の霊を慰めようとのお祀りなのだが、室町時代末期(十六世紀末)頃から、一族の最長老を「生身魂」として、お盆の最中に会食の首座に据えて御馳走したり贈り物を捧げたりして祝うことをするようになった。さらに親戚の最長老、仕事先の親方、仲人など、目上の人に贈り物をする習慣も生まれた。これが中元の贈答の始まりという説もある。
 「人生五〇年」とは昭和前半時代まで言われてきた言葉である。さらに還暦と言って十干十二支の自分の生まれ年と同じ卦、例えば甲子(きのえね)とか丁丑(ひのとうし)とかの同じものは六十年で巡って来る。すなわち六〇年生き長らえたことになり、平均寿命より十年も生き長らえて目出度きこと限り無しと、子どもたちや親戚が赤いちゃんちゃんこを着せて赤い頭巾をかぶらせて祝った。七十歳まで生き永らえれば「古来稀なり」ということになる。正岡子規に「生身魂七十と申し達者なり」という句がある。明治二、三十年代には七十歳台というのは本当に崇め奉るべき存在だったのだ。
 いまや様変わり。句会などは生身魂のオンパレードである。

  生身玉やがて我等も菰の上       小林 一茶
  古里にふたりそろひて生身魂      阿波野畝
  奥の間に声おとろへず生身魂      鷲谷七菜子

  生身魂とも見做されず吞んで居る    酒呑洞水牛
posted by 水牛 at 23:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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