2019年11月02日

俳句日記 (539)


秋の種蒔き

 令和元年という年は何が原因か定かでは無いが天の神様が大いに機嫌を損ねた年であるらしい。そのせいで天候が大荒れ。冷夏、猛暑、長雨、台風のもたらした豪雨と、気象庁やお天気姐さんは、まともな予報などとても出来ずに、後から「どうしてこうなったのか」を説明するのが精一杯。こんなわけだから作物はひどい不作で、漁もひどい有様。大昔であればたった一年で改元というところである。
 わが菜園もひどい目に遭った。今年は梅雨が異常に長く、7月一杯続いた。その後はいきなり猛暑、と思うと二、三日急に冷え込む。こんな塩梅だから、毎年もう沢山と山の神が怒るほど生る胡瓜がさっぱりで、茄子も末生りばかり。菜っ葉類は害虫にやられてさんざん。
 というわけで、8月、9月は呆れ果ててほったらかしにしておいた菜園だが、やはり雑草の茂るままにしておくわけにもいかない。勇を鼓して10月下旬から雑草除去、耕しを始めた。そして本日11月2日、ようやく耕し終り、肥料を鋤き込んだわずか6坪に、冬野菜の苗を植え、種を蒔いた。本来、秋蒔きは10月中旬までの仕事なのだから、もう半月以上遅れている。さらに、菜園はまだこの4倍はあるのだが、全部始末がつくのはいつのことやらである。
 とにかく、今日のところは、サラダ菜、パセリ、子持高菜という珍しい野菜の苗を植え、正月用の「かつお菜」や水菜、大根の種を蒔いた。
 蒔いた跡を角材でとんとんと打って均して、そこに万遍なく水を撒いた。これは「無事に芽を生やし、育ちますように」との祈りと同時に、居付き猫のキタコが引っかき回さないようにとのオマジナイである。キタコは綺麗に均した畑が大好きで、すぐさま引っ掻いては嬉しそうに用を足すのである。水をかけて湿らせておくと何もしない。やはり猫もびしょびしょ濡れた所に尻を据えるのは気分が良くないのであろう。
  種蒔いて畝叩きをる秋の暮れ  水牛
posted by 水牛 at 23:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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