2018年06月18日

俳句にならない日記 (17)



誰が杞憂と笑えるのか

 18日朝の大阪市北部地震には怖気をふるった。その前日には群馬県渋川市を中心に震度5の地震。大阪・高槻辺や群馬・渋川辺は数百年間、大きな地震が無かったところだという。二つの地震は距離が遠く離れているし、今恐れられている南海トラフ地震とは関係無いと地震学者たちは言っている。しかし、地震学のレベルはまだまだ低く、精度の高い地震予知などはとても出来ないようだから、安心はできない。むしろ房総半島北東沖で頻発している地震などもあり、またここ数年の各地での地震発生の頻度や火山噴火などを見るにつけ、やはり、この数年のうちに日本列島のどこかに極めて強烈な地震が起きると覚悟した方がいいのではないか。
 今朝の高槻市を中心に発生した地震は震度6弱という、地震国ニッポンとしては「ちょっと大きな地震」というところだったので、死者4人、負傷者数百人という被害で済んだ。東日本大震災(2011年3月11日 M9.0 震度7)の死者1万8千人、阪神淡路大震災(1995年1月17日 M7.3 震度7)の死者6千4百人とは比べものにならない軽微な被害であった。しかし、大阪という大都市直下型の地震だっただけに、大混乱を来たした。そして、それは「東京直下型」に見舞われた時の東京圏がどうなるかを考える上で、貴重なデータを残してくれたものとなったのではないか。
 今回の大阪北部地震で倒壊した建物は古い社寺や銭湯の煙突、いい加減な作りのブロック塀(これによって傷ましくも9歳の少女が犠牲になった)くらいのもので、普通の住宅やビルはしゃんとしている。まあ地震の規模が違うとは言え、阪神大震災から20年で、建築物の耐震性はだいぶ向上しているようだ。しかし、水道、電気、ガスのライフラインが依然として弱いし、鉄道の安全性維持にも問題がある。こうしたライフラインがストップすると、大都会はたちまち大混乱に陥る。道路や鉄道線路など水平方向だけではなく、最近は超高層ビルが多くなって垂直方向の往来の安全性にも注意を払わねばならない。今回も日本一ののっぽビルなどと自慢していたアベノハルカス(高さ300メートル)のエレベーターがストップして一時かなり混乱したようだ。その他、今流行りの高層マンションもエレベーターが動かず、高層階住人は往生したという。
 とにかく今回の地震によって、密集都市が地震とどう折り合いをつけるかについて、予告無しの「真剣な実地演習」を行うことができた。これは実に得難い実験である。この貴重なデータを「東京大地震」に生かさない手はない。しかし、それができるかどうかは政治と行政の力なのだが、今日の中央政府や首都圏自治体の有り様を見れば、真に心もとない。
 二年後の八月には東京オリンピック。その時、東京直下型大地震に襲われたら、どう対処したら良いのか。アベ政権は「国際観光振興は国是」などと叫び、年間1千万人の外客誘致などと言っている。地震など経験したこともない欧米人が「震度7」にさらされた時のパニック状況を想像しただけでも、これは大変な事になると思わねばならない。われらがシンゾーさんが得意満面の笑顔で開会式に臨んで大鉄傘に押し潰されても、それはまあ以て瞑すべしかも知れない。しかし、無辜の民が悲惨なめに遭うのを、何とか最小限に食い止める工夫を今から凝らしておくことは、為政者の義務である。しかし、ソーリダイジン以下、政官界の大立者はみんなそのことには口をつぐんでいる。
 万が一、東京オリンピックの最中に直下型大地震が襲って、東京圏が阿鼻叫喚の巷と化しても、「天災だからしょうがない」と澄ましていられるとでも思っているのだろうか。それに対する「手当」を少しでも積み上げて、それを国民に示して、幾分なりとも安心感を醸成して行くことが政治を任された者の最低限の務めなのではないのか。
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2018年06月14日

俳句日記 (406)


モーレツ

 「あーたまらない、もー嫌だ−」
 隣家へ回覧板を届けに行った山の神が血相変えて飛び込んで来るなりわめいた。腕や足を掻きむしっている。薮蚊に襲われたのだ。
 我が家の庭は今や胡瓜、茄子、トマト、ゴーヤなどがぐんぐん大きくなり始め、足元には雑草が負けじとはびこる。新鮮野菜を生のまま食べたいので、農薬は掛けない。薮蚊にとっては楽園。六月に入るや猛烈に増え始めた。
 蚊が好む人とそうでない人がいる。我が家の蚊は山の神が大好きで、一歩庭に出るやたちまちわっと寄って来る。蚊除けミストスプレーを吹いてから出れば大分違うのだが、ちょっと出るだけだからと手を抜くと必ず猛襲に遭う。そのたびに悪いのは蚊ではなく、私ということになる。こういう害虫を野放しにしておくのが良くない、私を狂い死にさせる気かということになる。そのくせ、「取り立ての胡瓜や茄子はやっぱり美味しいわね」なんて言っている。
 庭の草むしりや手入れなどをやる時にはあらかじめ、フマキラーの「ヤブ蚊バリア」という殺虫剤を茂みや地面に噴霧しておくと、数時間は蚊がいなくなる。これは確かに効く。しかし480mlのスプレー缶が七百円近くする上に、あっという間に空になってしまう。まあ刺されていつまでも痒い思いをするよりはと、この出費は厭わずにせっせと吹いている。しかし、胡瓜や茄子をちょっともぎに出る時など、いちいちスプレーするのも面倒だ。それについつい忘れてしまう。そうすると必ず刺される。もともとは蚊に好かれない質だったはずなのに、近ごろは私も無闇に刺されるようになってしまった。「それはね、皮膚からお酒が年中噴き出しているからよ」と憎まれ口が聞こえて来る。
 薬屋に言って「かゆみ止め下さい」と言ったら、キンカンとムヒの液状とクリーム状、サリキッスローションという新顔などあれこれ並べた。「みんな二本ずつ下さい」。うらなりの茄子みたいなオヤジは「え」と言った。「あの、どれか一つを塗ればいいんですが・・」「うん、分かってる。いろいろ試してみたいし、家のあちこちに置いておくから」「そうですか、有難うございます。えーと、7千ウン百円となります」。後でアベカワモチみたいなカミサンと「きっと薮蚊だらけの草ぼーぼーの化物屋敷に住んでるんだよ」なんて言ってるだろう。まさにその通りなのである。
 とにかくこれで安心。早速、家に戻って菜園に入った。今日、始めてトマトが一個採れた。胡瓜と茄子はじゃんじゃん採れる。辛味大根も引き抜いて、すぐに卸して、茹でたうどんを冷やして、生卵、刻み葱、青シソ、茗荷、削り節、海苔と一緒に辛味大根卸しをたっぷり載せ、濃い目の汁をぶっかけて、昼食。
 美味いから夢中で掻っ込んでいたが、気が付くと腕がやみくもに痒い。やはりさっき刺されたのだ。サリキッスローションというのを試しに塗ってみる。間もなく効いてきた。よしよし、しかし「サリキッスとは妙な名前だなあ、英語ともドイツ語とも思えないし」。容器の裏側を見ると、聞いたこともない富山の薬屋である。なんどか妙な名前を黙読反芻しているうちに、「スッキリサ」を引っ繰り返したんじゃないかと思った。売薬には昔から人を食ったような名前がよくある。
  茄子もいでキンカン塗ってムヒ塗って
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2018年06月06日

俳句にならない日記 (16)


みんな怒っているのだ

 一昨日6月4日夜、このブログ「水牛のつぶやき」に「俳句にならない日記(15)私たちが蒔いたタネ」というタイトルで"酒呑洞怒りの一文"を発信した。
 これは同日、森友学園への国有地不当廉売に関する折衝経過について財務省が決裁文書を改ざんして国会に提出していたこを自ら認める調査報告書を発表したこと、にも拘わらず張本人の元理財局長・国税庁長官佐川某はクビにもならず単なる停職3ヵ月、直属上司であるミゾーユーの財務大臣麻生某はそのまま大臣の席に居座り、その親分のソーリダイジン安倍某は「二度と再びこうしたことが起こらないようにすることが政治家のつとめ」などと、まるで人ごとのように言ってしゃしゃあしていたことに、我慢がならなくなって、書きまくり、配信したわけである。
 元はと言えば首相夫人のアキエさんとかいう、失礼ながら脳味噌の配線がこんがらかっているようにしか思えない人が森友学園の名誉校長になったから始まったことなのではないか。「こんな素晴らしい学校は無い」とかなんとか褒め称えて、自分の秘書官を使って財務省に森友に対する土地払い下げに関する「問い合わせ」をするほどの肩の入れようだった。こんな"特殊関係"について国会で質問された首相は、「私も妻も全く関係無い。もし関係があったということが明らかになったらソーリダイジンも国会議員も辞める」と大見得を切った。それが導火線になって、財務省は"証拠隠滅"工作に狂奔し始めた。「国会が紛糾するのを避けようと」、土地払い下げに関する決裁文書を改ざんしたのだという。そしてその指揮を執ったのが当時の佐川理財局長だったというのである。
 改ざん文書によって国民と国会を欺いたというのに、こともあろうに大阪地検はその佐川某を罪があったとは認められないとして「不起訴処分」にしてしまったのである。行政が腐っても、立法が無力化しても、司法だけはしっかりしている筈だ、というのが国民一般が信じる「最後の頼みの綱」なのだが、今や司法までもがなあなあの世界に足を踏み入れてしまったのか。
 まあ何だかんだ言っても、ダメな議員を選んだのは私たち国民であり、そのバカ議員が選んだのが責任感欠如の首相であり、引いては司法上層部である。結局は私たち一人一人に責任があるのだと、理屈では分かっていても、どうにもこうにも我慢がならなくなっての一文であった。その挙げ句に、誰彼無しに「読んで、読んで」とメールしまくったのである。
 その反響たるや物凄かった。この「水牛のつぶやき」というブログは酒呑洞が思いつくままを勝手に書きまくっているもので、読んだって何の役にも立たない。読んで下さる方には申し訳ないが、全く時間の無駄である。だから、当然のことながら、このブログを覗いて下さる奇特な方はあまり多くない。多い日で30数人、少ないと一ケタ台である。40人台になったりすると、「うんうん、人気が出て来たようだ」なんて傍らの猫に報告したりしている。無論ニャアとも言わない。
 それがである。4日の夜9時少し前に発信したのだが、その晩12時近くにseesaaというブログ管理者の「アクセス解析欄」を見たら、「アクセス件数92、 訪問者49人」とある。そして翌5日は何と「アクセス件数152,訪問者78人、ブログ人気順位6758位」となっていた。
 「水牛のつぶやき」を始めたのが2008年1月6日だから、もう丸10年もこういうバカな文章を垂れ流しているわけで、お付き合い下さる毎日平均30数人のお方は大慈悲観世音菩薩だが、とにかくこれまで10年、こんなに訪問者が押し寄せたことは無い。「人気順位」だって大抵は2万位台、良くて1万1千台だった。「6千番台」というのはかなりの「人気ブログ」なのだという。
 中には「モモコ会長(筆者注:俳句会会長)に、『スイギュウのアタマに血が上っているようで、脳溢血でも起こすといけないから、ブログを見た感想と共になだめてやりなさい』と言われたので、拝見しました。御説ごもっともです」という俳句仲間のけしからんメールもあったが、皆さん大真面目で賛意を表するご意見を寄せて下さった。6日夕刻までになんと19人もの方々から、「総辞職が当然です」とのメールが届いたから驚いた。怒っているのが酒呑洞水牛だけではないことが分かって、意を強くした。
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2018年06月04日

俳句にならない日記 (15)


私たちが蒔いたタネ

 「ソーリ、政治的責任はッ・・」。(しばし空白。恐らく背中を見せて歩き出した安倍首相に追いすがった質問。無視しょうと歩き出したが、さすがにまずいと思ったのだろう)「えー、二度と再びこのようなことが起こらないようにすることが政治的責任であります」(6月4日午後7時、NHKラジオのニュース)。
 森友学園という胡散臭い組織に国有地をただ同然で払い下げた黒い霧事件。その問題が国会で紛糾するや、当事者の財務省は払い下げ決定の決裁文書を改ざんし、国会に提出していたことが明らかになり、その「調査報告書」が4日、発表された。当時、理財局長だった佐川宣寿前国税庁長官が財務相や財務次官にも一切報告せずに、直属の部下の理財局総務課長らを使って改ざんしたという内容である。「こうなったらしょうがない、佐川君と総務課長らに引っ被ってもらおう」という調査報告書である。
 「決裁文書を改ざんするなどあってはならない事であり、真に遺憾」と麻生財務大臣は記者会見で言い、安倍首相も同じことを言っている、然るに、その責任の取り方たるや、啞然たるものである。麻生財務大臣は「財務大臣としての給与1年分を返納する」だけである。そして真犯人と目された佐川元理財局長はわずか停職3ヵ月、安倍首相は全く責任を取らない。
 国権の最高機関であり、国民の権利を代弁して国の政治を司る国会に対して、改ざん文書を提出して虚偽答弁を繰り返してきたのである。中国やサウジアラビアなどだったらサガワさんは一も二も無く首を刎ねられる。アソウさんは無期懲役であろう。アベさんもむろん獄につながれる。
 まあこういうところは「法治国家」の名の下に、かなり緩やかな扱いがなされる日本ではあるが、こんないい加減な責任の取り方があっていいものなのだろうか。水牛としては内閣総辞職、それが出来ないのであれば最低限、麻生財務大臣辞任、佐川理財局長懲戒解雇だけはやらなければならないところだと思う。なにしろ佐川という人は安倍首相、麻生財務相が「理財局長として職責を全うした有能な人材」として国税庁長官に抜擢した人物なのである。国税庁長官と言えば、ウソをついて脱税した人間を摘発逮捕できる権限と義務を持った行政府の最高幹部である。そういう人が実は嘘つきの張本人でしたと言うのなら、アソウさん、アベさんは、これから国民にどうやって「正しい税務申告」を求めて行くつもりなのだろうか。
 今回の森友問題では、直接、森友側とのやりとりに関わった近畿財務局には、佐川の指示による文書改ざんや問題隠蔽工作に反対する声があったと言われている。それを佐川ら本省の抑え付けが厳しかったために、命令に従った担当者が苦悩の末に自殺している。ノーテンキというのか本当に脳味噌が薄いのか、麻生氏は「まことにいたましいことで」なんて言っているだけである。自分だけが似合っていると思っているのだろう、おそらくウン十万円する帽子をかぶってしゃあしゃあしているところは、まさにドサ回りの三下奴にも劣る。
 しかし、考えてみれば、こういう人をはじめ、この政権を選んでしまったのは、私たちなのである。嗚呼。
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2018年05月27日

俳句日記 (405)


地味な横綱優勝

 夏場所が終わった。水牛の予想がピタリと当たって気を良くしている。5月13日の初日取組が終わった時点で、このコラムで「優勝は地味な横綱鶴竜」と予想した。相撲好きの友人何人かと古手の相撲記者は「どうかな」という感じでにやにや笑いを浮かべていたが、見事、鶴竜は14勝1敗で二場所連続優勝を成し遂げた。「穴」と目した逸ノ城は中盤の不様な4連敗がどうしようもなくて、8勝7敗で辛うじて関脇を守るに留まった。
 相撲のプロをはじめ大方が「優勝一番手」の本命として上げた横綱白鵬については、もうはっきり力が衰えており、上手さと貫禄で恥ずかしくない成績は上げるだろうが、そこまでだろうと予想した。二番手の対抗馬に上げられていた関脇栃ノ心は、あの強引な取り口が禍して怪我をしてしまうからダメだろうと、問題外にした。案に相違して栃ノ心は快進撃を続け、13勝を上げる大活躍で見事大関昇進を果たした。左上手を取る組み手の速さに技能向上が認められ、30歳になっての才能の開花には敬服する。しかし、終盤に2連敗した取り口を見ると、やはり水牛の危惧は当たっていた。「力任せのがむしゃら相撲」の咎めがはっきり現れていた。これで大関になってほっとすると同時に、この三場所に見せた彼なりの「慎重さ」を失って、自信過剰の「力任せ」に頼る相撲を取ると、それこそ大怪我をして照ノ富士の二の舞になるだろう。
 さて逸ノ城はどうなるだろう。強い時は白鵬をぶん投げる強さを見せるのに、何と言う事も無い相手にずるずる寄り切られたりする。この青年は「食べたい」と思うと際限なく食ってしまうらしい。その結果、自分で自分を持て余すほどの体重になってしまう。これは、飲みたいとなれば一升酒も呷ってしまう酔牛と同じで、どうしようもない「人間の弱さ」であり哀れさである。だからこそ水牛としては贔屓の引き倒しといった肩入れをしたくなる。
 とにかく、逸ノ城は体重を生かして、相手の回しを掴んだらテコでも動かない、相手が苦しがって動き出すのを何分かかろうが「待つ」という戦法を採ったらどうだろう。あるいは、機を見て一寸ずつでもいい、自分からじわじわと寄っていく。こういう逸ノ城流の「型」を身につければ横綱も狙えると思うのだが、当人にはそんな覚悟はないようだ。適当に取ってやっていければいいや、という現代っ子の典型みたいなところがあるのかも知れない。こんなところが実に歯がゆいが、またそこが愛すべき所でもある。
 さてこれで名古屋の七月場所になだれ込むことになる。水牛は七月場所は本場所にすべきではないと思っている。昔のように「準本場所」という位置づけにするのがいい。夏場所から秋場所までの丸三ヶ月のインターバルを取り、巡業しながら力士が英気を養う期間とし、その中間期である七月に一堂に会する「名古屋場所」という「花相撲」を開くようにする。ここでの成績(星取り)は番付には影響しないことにする。そうなれば力士は大らかに相撲を取れる。しかし、それではだれてしまう恐れがあるから、巨額の優勝賞金や勝星の数に応じて与える報奨金というものを設けるなどして活性化をはかるのだ。11月の九州場所もそうした方がいい。
 まあ傍からそんなことを言っても、主催者側はみすみす儲けの源泉を削るような本場所削減など露だにも考えないだろう。しかし、力士の怪我の多発を見るにつけ、そうしたこともちょっと考えた方がいいのではないかと思うのである。
 さてその7月の名古屋場所。丸一年棒に振った横綱稀勢の里が登場する。弟弟子で今場所全休した高安、今場所不様な相撲を取って途中休場した豪栄道の両大関が鼎の軽重を問われる場所になる。そして新大関の栃ノ心の相撲が目玉になる。
 水牛の予想は、はずれて欲しいのだが、「稀勢の里の連敗による引退」と「新大関栃ノ心の大怪我による休場」である。
  蒲焼に相撲談義のはずむこと

 
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2018年05月24日

俳句にならない日記 (14)


うんざりなんて言ってはいられない

 森友学園への国有地払い下げ問題に関する財務省と学園側との交渉記録960ページが5月23日、国会に提出された。財務省側が「無い」「廃棄した」と言っていた文書である。担当者のパソコンに「心覚え」として残されていたのが「発見された」というのである。日本国を取り仕切っている役所とも言うべき財務省の文書管理がかくもお粗末とは寒気を覚えるが、実際は厳重に管理されていて、ただ「無い」と言い張ってきたのが、どうにもこうにも隠しきれない情勢になったから提出することになったのであろう。まあそのいきさつはさておき、とにかくこれで真相解明の手がかりがまた一つ加わった。
 野党もマスコミも未だ全文解明は出来ていないようだが、焦点である安倍首相夫人の昭恵さんの「関与」があったかどうかについて、明らかに「あった」と思わせる記録が出てきた。首相夫人付きの谷秘書官が財務省に問題の土地の学園への払い下げ条件などについて、値引き交渉とも受け取れる「問い合わせ」をしたことが記録されていた。このやりとりがあって間もなく、9億数千万円の土地が1億少々で売り渡されることになり、学園の籠池理事長が国会で「神風が吹いた」と答弁したように、トントン拍子で事が運んだ。
 安倍首相は2017年2月、この問題が国会で取り上げられた時、「私や妻が(国有地払い下げに)関係していたということになれば、首相も国会議員も辞めます」と大見得を切った。
 さて、「関係していた」ことが極めて濃厚に疑われる首相夫人秘書官の財務省に対する「値引き交渉」ととれる問い合わせについて、首相は23日の国会で「(谷秘書官は払い下げに関する)制度上の問題について問い合わせただけ」というような、全く説得力に欠ける答弁をした。
 愛媛県今治市での加計学園の獣医学部新設問題に関しては、"お友だち"の加計理事長の新設計画について「事前説明を受けた事も無いし、相談したこともない」という答弁については、愛媛県知事が記録を元に疑義を表明し、国会に記録文書を提出している。
 それでもなお安倍首相はモリ・カケ問題の疑義全てに「潔白」を主張し続けている。
 同じ23日夜。日大常務理事でアメリカンフットボール部の監督である内田正人氏と井上奨コーチが日本記者倶楽部で記者会見を開いた。前日、関西学院チームの選手に反則タックルをして問題になった選手が記者会見して「監督、コーチの指示でやった」と述べたことに対する釈明会見である。井上コーチはいかにも総身に知恵が回りかねるといったような人で、2時間以上にわたる会見の中で随所に綻びの見える答弁をして、結局は相手を壊してしまえという指示をしたことを認める仕儀に相成った。しかし内田という常務理事はしたたかで、「私は(相手を潰して来いなどということは)言っていません」としゃあしゃあとしていた。そして「ルールを重んじて、ルールの範囲内で」などと格好のいい事を言い、「(問題を起こした選手は優秀なのだが)十の力を持っているのに五くらいしか出さずにやっているところが・・」などとして、選手にハッパをかけるのは当然ではないかというような素振りもみせていた。
 日大アメフトチームの問題と、日本国の総理および総理夫人の関わる問題を同列に論じるのはおかしいのだが、両者には共通するものがある。自らを利することにはすこぶる熱心で、他を省みることなく強引に推し進める。うまく行くとさらに輪を掛けてあざとい真似をする。そうしているうちに綻びが生じ、どうにもうまく行かなくなると、開き直る。
 こういう事例が大小様々、ひっきりなしに起こる。いい加減うんざりする。しかし、うんざりして「見ざる聞かざる言わざる」になってはいけない。こうした鉄面皮な連中は、善良なる国民はしばらくすれば大人しくなるものだ、とタカを括っているのだから。
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2018年05月22日

俳句にならない日記 (13)


暴力団の論理

 日大アメリカンフットボールの選手が関西学院大学との試合中に、関学チームの有力選手がボールをパスし終えて息を抜いてリラックスした後ろから猛烈にタックルしてぶっ倒し、大怪我を負わせた。もちろん重大な反則行為で、この選手は退場処分になった。格闘技では試合の流れの中で、ボールを手放した者へのタックル攻撃はよくあることのようだが、今回のはあまりにも不自然で、故意の攻撃の疑いが濃厚だと、関学側からも、第三者からも疑義が出され、日大チームの中から「あれは監督の指示」という情報が漏れ出て大騒ぎになった。
 日大の内田正人監督はそんな指示を出したことはないと記者団に語った。関学からの質問に対して日大側が「監督と選手との間で指示の受け取り方などについて齟齬があった」というようなあいまいな答弁をしたため、関学側が怒った。
 それやこれやで問題が大きくなったため、直接の加害者である日大アメフトチームの宮川泰輔選手(日大三年、20歳)が、5月22日午後、東京内幸町の日本記者倶楽部で会見を行い、内田監督に「今後の試合に出たいのなら、相手のクオーターバック(QB)を壊して来い」と言われてやったのだと明らかにした。また、試合直前にコーチから「やるんだろうな」と念を押されたともいう。監督や大学側の事後の対応を見て、これでは宮川個人の行為として片付けられてしまうとの危惧の念からの「真相暴露」だったのであろう。
 まるで暴力団○○組対××組の抗争のようである。組の存亡がかかるという時に、相手の有力者を一人一殺で殺す。その際討手に選ばれるのは、ひしめき合う幹部候補生、手柄を立てれば組の幹部に取り立てられる。「やって来い」と言われて尻込みすればもう二度と再び晴れ舞台の出番は巡って来ない。三下奴で終わることになる。こうなれば、「やります、やらせて下さい」と言わざるを得なくなるだろう。
 汚いのは内田という監督と、名前は明らかになっていないが、その腰巾着のコーチだ。ことに、問題は内田監督(監督を辞任したが)が日大の人事担当の常務理事であることだ。大学法人で理事と言えば、一般企業で言う取締役である。常務理事は常務取締役。つまり経営幹部である。こういうお偉方にとっては、日大という大学の経営が大事で、選手の一人や二人はどうということは無いのだろう。相手チームを潰して日大チームが勝ち進んで行くことが最重要となる。こんな人物が経営幹部に座る日本大学という大学もお粗末極まりない。このまま内田常務理事を解任せずに置いておくのだろうか。
 同じ日。愛媛県知事が、「加計晃太郎加計学園理事長が平成27年2月25日、総理官邸に出向き安倍首相に愛媛県今治市の国家戦略特区に獣医学部を新設する構想を説明、安倍首相は『いいね』と応じた」という文書を国会に提出したことを明らかにした。安倍首相と加計理事長は長年の呑み友達でありゴルフ仲間であり、その加計さんが首相肝煎りの国家戦略特区に、長年新設が禁止されていた獣医学部を新設する構想を相談しない訳はない、と大方は見て居た。しかし、安倍さんは「加計理事長とその問題について話し合ったことは無い」「首を賭けてもいい」と言ってきた。これを根底から覆す文書が明らかにされたのだ。
 しかし、愛媛県知事が国会に提出した文書を安倍首相とその取り巻きは"インチキ文書"と言ってのけた。首相は22日、「私は会っていません。念のために官邸の入邸記録も調査したが確認されなかった」と述べた。しかし、同日の記者会見で菅官房長官は「官邸入邸記録は廃棄されており、確認出来ない」とちぐはぐなことを述べている。
 二階自民党幹事長は「安倍首相を信じている」と述べた。要するに、安倍首相はじめ周囲の人間は、この問題について「何ら問題は無かった」ということで押し通す姿勢である。しかし老練な二階幹事長の発言は、アベを最も強く支持しているように見せて、サイコロの目が変われば、「信じていたんだが・・」と言う余地を残したもののように感じられる。その二階氏が政治家スタート間もない頃の親分だった小沢一郎自由党代表は「愛媛県知事がわざわざウソを言う必要は全く無いのだから・・」と言っている。
 自分たちに都合の悪い証言や証拠が出て来ると、「でっち上げ」と言ったり、知らぬ存ぜぬとシラを切るのは、これまた○○組の常套手段。はてさて、安倍首相はこの問題について、国会でどのように答えて行くつもりなのか。事は一国の総理大臣の首のかかった問題。ケチな大学の常務理事とかアメフト監督の不祥事とレベルの違う重要問題である。
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2018年05月13日

俳句日記 (404)


夏場所が始まった

 大相撲はやっぱり両国の夏場所がいい。俳句では相撲は秋の季語で、同じく両国で9月に行われる秋場所がある。これまた爽やかな季節を迎えて気持のいいものだが、何と言ってもこの5月の隅田川の川風に乗って櫓太鼓の響く夏場所こそが極め付けである。3月の大阪場所はやたらに騒がしく、7月の名古屋場所は暑くて死にそう、11月の福岡はまるで巡業相撲の雰囲気だ。
 その夏場所が今日13日始まった。「キセノサト、そんな横綱がいましたねえ」と、大向こうの声援を受けて颯爽と綱を張った日本人横綱はすっかり忘れられた感じである。横綱稀勢の里と弟弟子の大関高安が休場で、大看板が二枚減ってしまったのだが、初日から中々の好取組、熱戦が繰り広げられ、相撲人気は衰えを見せていない。
 ただ、スターがいないことが問題だ。三場所ぶりに出て来た横綱白鵬は、初日、同じモンゴルのなかなかの力士玉鷲を押し出したが、結構手こずり、もはや昔日の面影は失せた印象である。もう一人の横綱鶴竜はいかにも地味だ。新小結で固くなっていた遠藤が自分で転んでしまっての勝利。たった一人の大関豪栄道は、先場所たまたま調子が良かっただけのウドの大木魁星をなんなく料理したものの、お天気相撲だから全くあてにならない。
 というわけで、盤石の力士がいないのだ。栃錦・若ノ花時代、大鵬・柏戸時代は申すに及ばず、千代の富士、貴乃花、朝青龍と時代を画すスターが大相撲を盛り上げて来た。今やそういう存在が皆無、にもかかわらず「満員御礼」が続く妙な時代になっている。アベシンゾーにはうんざりだが、他に変わるべき者がいないからと、長期政権が続いている国情を写したような感じである。
 さて、この夏場所、優勝するのは誰か。初日の勝負だけで判断するのは無茶苦茶乱暴な話だが、無難な予想を立てれば横綱鶴竜。穴を狙えば逸ノ城ではないか。白鵬にはハリが無い。大方が大活躍を予想する栃ノ心は強引な相撲が祟って怪我をするのではないか。豪栄道は終盤になってきっと転がる。その点、逸ノ城は怪我も治って、しっかりしてきた。ちょっと精神的に弱いところがあるように見えるが、落ち着いて取れば、今の白鵬、鶴竜よりずっと強いように思える。
  焼鳥の香を乗せてくる五月場所
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2018年05月11日

俳句日記 (403)


休みぐせ

 横綱稀勢の里が13日から両国国技館で始まる夏場所(五月場所)を休場するという。横綱の7場所連続休場は、貴乃花が平成13年(2001年)七月場所から翌年の七月場所まで休んだワースト記録に並ぶ情けない記録である。横綱だから休んでも地位は安泰だが、もし大関以下の力士が7場所連続休場したら、十両、幕下はおろか、序二段まで下がって、廃業を余儀なくされるところだ。
 8場所連続休場は恐らく許されないから、7月の名古屋場所には出場するだろうが、果たして再起は成るだろうか。ただ一人の日本人横綱だけに何とか再起してもらいたいが、どうも難しいような気がする。テレビで稽古の模様などを見たが、全く勢いが無い。相撲解説者などの見方では「相撲勘」の鈍りが心配ということだが、それより何より、「休みぐせ」がついてしまったことから来る気魄の欠如である。長い間休んだために、臆病になっているのだ。
 その点、貴乃花は親方になってからもそうだが、現役時代から独自の哲学を振り回し「千万人といえども吾往かん」といったところがあった。だからこそ傍が何と言おうと平気の平左で7場所も休み、横綱審議委員会の異例の出場勧告で出て来るや、12勝3敗で武蔵丸と優勝決定戦を争う(惜しくも敗戦)頑張りを見せた。
 稀勢の里にも7月にこれと同じ離れ業を見せてほしいのだが、貴乃花と違ってノミの心臓の横綱には無理なような気がする。休み癖から来る怖じ気で、立ち合っても先手を取ることが難しく、すぐに押し込まれ土俵際での突き落としや小手投げに頼るような相撲を取りそうだ。それでも何とかして10勝してくれれば体面は保てる。次の場所にもつながる。夏場所を全休して、しっかり身体をつくり、精神を鍛えて、名古屋では多くを望まず、長期休養明け横綱の体面を保てる「十番」勝つ戦略戦術を練り上げることだ。
 それにしても「休みぐせ」は怖い。何も相撲に限らない。小中学生の不登校、大学新入生や新人サラリーマンの五月病。いずれも風邪を引いて二、三日休んだのが引き金などと、その始まりは他愛無いものである。しかし、そこで気を取り直すことが出来ないと、ずるずると尾を引く。物事全てに嫌気が差し、何をする気にもならなくなってしまう。回りから励まされたり叱咤激励されたりすると、ますます怖じ気づいてしまう。「休みぐせ」は、自分では分からないうちに、いつの間にかついてしまう。その兆しが見えた時に、誰かが気づいて領導してくれるといいのだが、物事そうはうまく行かない。
  新緑はまぶしすぎるよ狡休み
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2018年05月10日

俳句日記 (402)

18.05.09.夏大根.png


夏大根

 4月には連日のように夏日が続き、これはどうなっちゃうのかと思ったら、5月に入って大型連休が明ける頃から急に寒くなってきた。7,8,9日と雨風が続き、気温も日中で15℃になるかならないかという冷え込みだった。なまじ25℃から30℃近い暑さをくぐり抜けただけに、冬に舞い戻ったような感じになる。足温器をつけたり、暖房を入れたりしている。チビは正直で、私が書斎のエアコンを入れて足温器をつけた途端、ミャアと鳴いて足元に丸くなった。
 9日午後3時頃、ようやく雨が上がったので、菜園に出て大根を1本引き抜いた。この二、三日雨の窓から菜園を眺めて、肩をぐんぐんせり出して伸びる大根が気になっていた。これは3月4日に蒔いた春蒔き夏大根で、陽気が良くなるにつれてぐんぐん伸び始めた。うろ抜きを兼ねて3本、4本と収穫しては自家消費だけではとてもこなせないから、心当たりに押し付けた。そして最後の2本が残っている。葉の茂り様も凄い。植物は手をかければすぐに反応する。今年は思い切って菜園を深く掘り、掘り上げた土をフルイでふるって、小石やいろんな雑物を取り除き、土をふかふかにしてやった。それが覿面に効いて、いつもは曲がったり二股になったりするのが、真っ直ぐに伸びた。抜き取ったのは我ながら惚れ惚れする姿の良さだ。
 「おーい、大根採れたぞー、いい大根だぞー」
 洗濯を始めたのか、風呂場掃除だかの山の神を呼ぶ。
 「うるさいわねえ、こないだのがまだあるのよ」
 「記念に写真撮って」
 断れば無闇に不機嫌になるのが分かっているから、お義理でシャッターを押し、そそくさと消えた。いい大根だ。すらりと伸びて、40センチはある。適当な膨らみがあってジューシーな感じだ。これは美味いに違いない。
 早速、輪切りにして茹でた。芽生え始めた山椒の葉を摘んで細かく叩き、酒と味醂と砂糖と出汁で伸ばした味噌をふつふつ炊いたのに混ぜ合わせた木の芽味噌を、茹で上がった大根に塗る。これと鰈の煮付け、豆腐と茸の味噌汁、メカブの酢の物、塩ゆで空豆が今晩のメニューである。「なんだか夜中にお腹が空いて目が覚めちゃいそうねえ」と山の神が言う。痩せてちっこいくせに肉食なのだ。水牛は図体はでかいがどちらかというと魚食草食である。
 夏の風呂吹大根、味はすこぶる良かったが、皮の辺りが少々固く筋っぽい。もちろん食べられる程度の固さなのだが、なんとなく気になる。やはり大根は冬の物なのだなあと思う。年々改良が重ねられて、今ではこうした立派な夏大根がシロウトにも作れるようになった。しかし、姿形は立派でも中身はもう一つ。物には「旬」というものがあることをつくづく知らされた。
  夏大根雨後の夕日にかがやけり
posted by 水牛 at 00:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする